【1‐11】”もしも”は訪れない


 レイラは、自分の目の前にいる男を、ただ観察していた。


 事前にメイ様に聞いた話では、彼はマシューという平民らしい。ここ、ポート=リンチ騎士団の副騎士団長をしているという。



 こちらを信じられないと言いたげに見てくる男の顔に、レイラは不快気に顔を顰めた。


「なぜ、だ。………、いったい、どういう……!?」


 わからない、と混乱するマシュー。


 レイラには認識できない。

 彼女の前にいる男こそが、彼女の最愛の相手だ、と。

 認知を書き換えられたから。

 “最愛”が置き換えられたから。


 マシューは絶望した。

 誰よりも知る彼女だからこそ、彼は理解できなかった。

 確かに自分の知る最愛のはずなのに、自分へ向ける視線は知らないものだった。

 “最愛”は変わらず、目の前にいるのに。



「あれ、マシュー。レイラのことを知っているのかな?」


 白々しく言うメイ。

 メイはマシューを煽る。彼の意識の壁を崩すため。


 再び、マシューの瞳を覗き込むメイ。


「グッ………ガッ………………おれ、は、とり、もどすん………だ!」


 しかし、逃れるマシュー。


 先ほどまで、迷いのあった彼はいなかった。

 そこには、必死の決意を固める姿がある。絶対にレイラを取り戻すという、強い願いを抱いた。


 レイラは知らない。

 その姿こそ、彼女が惚れた彼の姿ということを。

 だけど、今の彼女には苛立ちしか感じない――――――――はずだった。


「――――マシュー?」


 どこか虚ろだったレイラは、自分の奥底から迫りくる感情に戸惑っていた。


「レイラっ!!」


 激しい頭痛に突如襲われたレイラは、頭を抱える。奥底から、知らないはずの誰かが叫んでいた。

 確かに奥底が叫んでいるはずなのに、何かに阻まれて上手く聞こえない。まるで水底で聞いているように、くぐもって、内容がわからない。


 自分にとって大事なことだと直感するのに、思い出せない。何かに阻まれている。




「まだ、不十分だったのかな」


 レイラの意識の外で、メイが誰に言うでもなくつぶやく。


 メイは、レイラを力いっぱい抱き寄せると、その唇を奪う。

 見上げる形になったレイラは、驚きに目を見開く。マシューもまた驚愕する。


 固く閉ざされた唇が緩んだところで、強引に舌をねじ込む。メイは自分の唾液を、レイラに流し込んでいく。

 メイの魔力をふんだんに含んだ体液が、レイラの中に溜まっていった。レイラの抵抗が弱まる。


「…あっ……んん…っ…ひっ………あぁっ!」


 強引に注がれる魔力に、レイラは喘ぐ。思考がぼやけ、気持ちよくなる。




 メイが唇を離した時、レイラの眼はトロンとしていた。


「もう頭、痛くない?」

「はい、メイ様。ありがとうございます」


 頭痛がする様子は、既にレイラになかった。


「………おまえは、レイラにいったい何をしたんだ」

「う~ん、あなたが知る必要がないこと。私を受け入れてくれればわかるよ」

「それはない」


 メイを鋭く睨みながら、マシューは言う。


「諦めてくれないかなぁ」


 目の前で接吻を見せつけても、強い意志で拒否するマシューの姿に、内心敬服するメイ。きっとこんな彼だからこそ、レイラを筆頭とする騎士団の多くや町人たちは彼を慕うのだろう。



 もしもメイが騎士団の詰所に駆け込んだ時、マシューが応対してくれたのなら、現在は違っていたのかもしれない。

 もしもメイの両親の事件も、騎士団に彼のような人がいれば、メイはこのようにならなかったかもしれない。

 もしも、もしも――――


 結局、すべて仮定にすぎないが。



 らしくなく物思いにふけってしまった、とメイは首を振る。



「じゃあ、再開しようか」



 メイは雑念を振り切って、思考を巡らせた。

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