【1‐8】幼馴染みの彼女と彼
フィッツ家は准男爵家である。
わたしの祖父の代から爵位をいただいた家なので、ほぼ平民と変わらない。
でも、わたしが子供のコミュニティから孤立するには充分だった。
平民上がりの最下級貴族で、当然貴族の子弟たちとは身分、価値観すべてが違った。
だからといって、平民の子供たちと遊べるわけではない。わたしは腐っても貴族令嬢だ。みんなわたしを遠巻きにする。
もともと人見知りだったわたしは、家の外よりも中で一人遊びをするようになった。
一人だったわたしに手を差し伸べてくれたのは、マシューだった。
彼にとっては、どうってことないことだったのだろう。人一倍正義感の強い彼は、集団の輪から外れたわたしを誘うことは普通のことだった。最近遠くから越してきたということもその一因だったと思う。
マシューは他の友人たちや家族に注意されても、わたしから離れることはなかった。怒られた次の日には、わたしの家の垣根を越えて遊びに誘ってくれた。
わたしは、そんな彼が大好きだった。わたしにとってマシューは、決してわたしを独りにしない大切な恩人であったし、大人しく家ばかりにいたわたしを外に連れ出してくれる頼れる友人でもあった。
出会ってから数年がたち、わたしが貴族の学校に通い始めてもその友人関係が切れることはなかった。
お互いの休みがかぶれば、相変わらず一緒に遊んだ。周囲の関係や環境が変われど、わたしにとってマシューは変えられない大切な人だったのだ。
そんな彼に、いわゆる恋愛感情を抱くのもおかしいことではないと思う。
わたしが彼への気持ちを自覚したのは、貴族学校に通い始めてすぐの頃だった。
例によって、休みの日が重なり一緒に街へ遊びに行った。風が強い日で気を付けてはいたのだが、被っていた帽子が飛ばされてしまい、彼が追いかけてわたしの帽子を拾ってくれた。
ただ、それだけだ。
そんなこと、いつものことだった。
彼が苦笑いしながら、わたしに帽子を渡したその時
(ああ、好きだな)
自覚した。とても自然な流れで、頭に浮かんだのだ。
少女から大人の女性になった今でも、わたしはこの瞬間を忘れていない。そして、この想いも。
◇◇◇
「レイラ、行こう」
「了解です、隊長」
2週間におよぶ任務を終え、やっと帰還の目処が立った。二人で当分の宿にしていた場所に戻る。
「今は俺たちだけだし、その隊長ってのはやめてくれないか。俺とおまえの仲だろ」
「職務中なので。それにはわたしたちの仲はただの幼馴染みですし、今は上官といち部下です」
マシューは困ったようにこちらをうかがう。実は彼のこの表情が好きなのも、「隊長」呼びを止めない理由の一つだったりする。
ああ、好きだ。
他愛もない話をしながら肩を並べて歩くこの時間が、出会った頃から変わらない大切なもの。彼の後を追って騎士になるくらい大切なところ。
「騎士団長に報告したら、飲みに行きましょうよ」
「そうだな。どこに行く?」
「先日よさそうな店を見つけたので、そこにしましょう。あなたの好きなローストビーフが美味しいらしいです」
「そこにしよう。流石テレサだな」
今日も五体満足に任務を完遂できた。
仕事柄、一生残る怪我を負って退職していく同僚たちを何人も見て来た。明日は我が身。
自慢ではないが、マシューとわたしは騎士団内でもかなり強い部類に入ると思う。それだけではないが、だからこそマシューは副騎士団長に選ばれたし、わたしはその右腕として働ける。
願わくば、これからもそうでありたい。
(あなたの隣にずっといられますように)
心中でこっそりと呟いた。
◇◇◇
一緒に歩きながら、隣を盗み見る。
キレイだ。
思わず浮かんだその一言に、動揺しないように気をつけた。
白状しよう。俺――マシュー――は幼馴染みで現部下のレイラが好きだ。正直、いつからこの気持ちを抱いていたのかは憶えていない。気づいたらそうだった、としか言えない。
俺から声をかけたのが、レイラとの出会いだ。一目見た時から、この子と友達になりたい、仲良くなりたい、と感じた。
おそらく俺が引っ越してきたばかりの新参者だったから、そういうことができたのだろう。子供らしい無知のおかげで、俺は物怖じすることなく自然とレイラに話しかけることができた。
一緒にいるうちに様々な面を知った。最初はお淑やかな深窓のお嬢様という印象だった。でも、それは良い意味で裏切られたのだ。
ご先祖様譲りの肝の座りぐあいで、俺たちが尻込みするようなことを平然とこなしたり。俺と一緒になってくだらない悪戯を仕掛けたり。
知れば知るほど、その内面に惹かれていった。気づいた時にはどっぷり。これは不味いと思って、騎士になり距離をとろうとしたが、なんと彼女は俺と同僚になった。こんな嬉しいことはないだろう。今では、仕事もプライベートも、一緒にいない時間の方が少ないくらいだ。
レイラがこれから行く店について教えてくれる。
「あなたの好きなローストビーフが美味しいらしいです」
彼女の話に、年甲斐もなく胸が躍る。好物のローストビーフがあって、そしてレイラがいてくれるのなら、これ以上良いものはないだろう。
「そこにしよう。流石レイラだな」
それにしても、彼女も衛士の仕事で忙しいのに、いつそのような情報を仕入れてくるのだろうか。その情報網には毎回感服する。なぜレイラではなく俺が副騎士団長に選ばれたのか不思議だ。
俺は浮かれていた。この日常が明日も続くのだと当たり前に考えていた。
このまま本部に報告をすませて、いつも通り二人で打ち上げに行き、一緒に笑い合えるのだろうと漠然と信じていたのだ。
日常は簡単に壊れるということを、この職に就いてから嫌というほど実感したというのに。
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