【1‐6】財布を手に入れよう!


 ここで、ダグラス=ディミトリという人物について紹介しよう。


 彼はダグラス子爵家の当主であり、身分的にはオリビアと同等の位置にいる。ダグラス子爵家は領地を持たない貴族であり、代々商売をして財を成してきた。


 しかし、ダグラスの代で変化が起こる。ダグラスはポート=リンチの騎士団に入り、役人になったことだ。

 今までつちかってきた商人とのコネを利用して、上層部の管理職につき、あっという間に自分を頂点にする派閥を作り上げた。

 そして異例の速さで戦術顧問兼指導教官という、名誉職におさまった。


 その手腕によって、騎士団の財政はダグラスが掌握している。

 金は全ての源だ。騎士団長であろうともダグラスの意向は無視できず、何をするにも彼の許可が必要になる。



 つまり、ポート=リンチ騎士団の最高指揮官のジュリエッタと、騎士団の財布であるダグラスをメイの手中に収めれば、ポート=リンチの軍事関連はメイの思いのままにできるのである。






  ◇◇◇






 その日、ダグラスは演習場に来ていた。



 普段彼は自身の屋敷を出ることは滅多にない。何かしらの用事があれば、用件のある方がダグラスの元に来るのが道理だと、心底信じているからである。


 さらに、ダグラスはなにかと恨みを買いやすい。警護の意味でも自宅に籠っていた方がなにかと便利なのだ。



 ダグラス自身に身を守る手段があれば良いのだが、彼は頭脳派である。頭脳派の仕事はあくまで考えることであり、むやみやたらに剣を振り回すことではない。今までの人生のなかで剣を振るったことは、片手に数えることしかない。



 しかし、そんな彼もこの期間だけは絶対に衛所に来ていた。


 新人研修期間


 である。



 これは、毎年行われる。名前の通り、1年に一度新たに入ってきた新兵たちの教育期間である。


 この期間の間に新兵たちの品定めをして、見込みがあれば唾をかけておく。この人選は自身の派閥の運営にも大きく左右されるため、ダグラス自ら行っているのだ。



 それと、いちおう肩書の中に指導教官があるため、姿を見せることくらいはしておかないと面目が立たない。



「今年は目ぼしいものがおらんな」

「はい。今年は平民の労働者階級が多数を占めております」

「使えん」


 新兵たちが訓練をしているなか、ダグラスは高見の見物を決めていた。彼らを見下ろし、鬱陶しそうにタメ息を吐く。

 ダグラスの目当ては、貴族階級か、平民の中でも富裕層出身の者である。それ以外は全く使えない有象無象。せいぜいダグラスたちの盾になるくらいしか役に立たない連中だ。


「女はどうだ。美しいものはいたか」

「閣下の御眼鏡にかなう者が一人おりました」

「ほう」


 でっぷりとした二重顎をなでながら、ダグラスは満足そうに笑う。


「その者を今夜、俺の部屋へ連れてまいれ」

「承知しました」



 視察もそこそこに、ダグラスは自身の部屋に戻る。

 既にダグラスの頭には、今夜の事しかない。どうせ女は男と違い、騎士団の役には立たないのだから、自分が多少遊ぼうと問題なかろう、と今まで何度もしてきた回想をした。






 一方、ダグラスが部屋に戻った頃、騎士団長執務室。



「ご指示の通り、ディミトリ閣下にご報告しました」

「ありがとう。下がっていいわ」


 言葉の通り、かつてダグラスの配下であった衛兵は部屋を出ていく。扉が完全に閉まると、ジュリエッタがご主人を仰ぎ見た。


「本当にするのですか、ご主人様?」

「なに、ペットが主人に口応え?」

「めっ滅相もありません。………ただ、心配なのです」


 不安げなジュリエッタの様子に、口調を和らげる。


「私は大丈夫よ。ほら、ジュリエッタにも仕事があるでしょ。もう、戻りなさい」

「………わかりました。何かありました、遠慮なくお呼びください」


 一人になった部屋で、少女は静かに思考をめぐらす。


 作戦はうまくいっている。


 ディミトリは、全く騎士団の変化に気づいていないようだった。普段から詰所にいないのがあだになった。


 すでに彼の配下の一部は、主を変えていた。先ほど、この部屋に来ていた衛兵も、現在は少女の手下となっている。



 せめてもっと前に騎士団に来ていれば、このような事態も避けられたかもしれないのに。


 いや。そうでもないか。もし詰所にいたら、洗脳されるのが少し早くなるだけだろう。



 少女は椅子から立ち上がると、部屋の隅に置いてあるクローゼットから服を出す。その服は、衛兵の制服だった。それを着ると、その上から大きい黒い外套を羽織る。フードをかぶると、少女の顔は見えなくなった。

 唯一見えている口元には、きれいに弧を描いた笑みが張り付いていた。




 少女は扉を開け、外に出る。扉は静かに閉まった。

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