【1‐3】彼らは嘲笑い、私は地に伏す
私と彼ら以外、誰もいない地下牢。
「惨めだなぁ」
「……ウル、サイ」
「誰に向かって口聞いてんだよ!」
「ゔぅぅっ」
それを言い終わる前に、私のお腹に鋭い一撃が入る。うめき声を出す私に、元パーティメンバーは満足気になる。
私が牢に入れられて、1日ほど過ぎた頃だろうか。彼らがやって来た。
「ずっと気に入らなかったんだよ。お前みたい素性もわからない浮浪者が、俺のパーティメンバーを語ってんのが」
「ええ、そうですわね。私たちは街一番の冒険者パーティ。貴女のような人がいたのは汚点でした」
「エレンがお前を連れてきた時は、正気を疑ったよ」
目の前が真っ赤になる。私を馬鹿にするのは我慢できる。でもエレンさんのことも。咄嗟に自身のスキルを発動しようとするが、頭を地面に叩きつけられた。頭が真っ白になる。次に強烈な痛みが襲ってきた。
「しかも役にも立たない木偶の坊だしよ。魔法も剣も碌に使えず、ハズレスキル持ち。目さえ合わせなければ、効果もでねぇ。なあ、荷物持ち?」
悔しい。確かに彼らの言う通り、私は役に立たなかった。パーティにいれたのも、エレンさんが私を庇ってくれたお陰だった。
私のスキル〈催眠〉は、いわゆるハズレスキルと呼ばれるものである。
自分と目を合わせた相手を、少しの間だけぼーっとさせるスキルだ。目を合わせなければ発動しない。
「俺たちがここに来たのは、お前が本当に生きていたのか確認するためだ。だが、心配しなくてもなさそうだな」
サムはわざとらしく地下牢を見回すと言った。
「お前の死ぬ場所が、森から牢に変わっただけだ。俺たちのために、ここで野垂れ死んでくれ」
歯を食いしばる。血が口に入るが気にならなかった。
言うだけ言うと彼らは牢を出て行った。もちろん一人ずつ私を蹴ってから。
◇◇◇
ゴホッゴフッ
苦しい。息ができない。空気を求めて口を開いても、逆に水が気道に入ってきてしまう。口からも鼻からも水が入る。
現在私は台の上で仰向けに寝かせられていた。顔には布がかけられており、その上から絶え間なく水を流し込まれる。
意識が飛びそうになる寸前で、水が止まり布をどけられる。そして少し休むと、また布をかぶせられて水を流し込まれた。
何時間も前から、ずっとこの繰り返しだ。布を取った後の青を通り越して白くなり、苦しみに歪んだ顔を見るオリビアは、たいそうご満悦な表情をしていた。
「死なないでね。貴女にはもっと私を楽しませていただかないと♡ 汚い犯罪者にはそれぐらいしないと、死ぬ許可もあたえないわよ」
ジュリエッタが私に囁き、また拷問を再開する。
滞ることなく続く苦しさは、私の精神を摩耗させる。いつしか、私のなかで燃え盛っていた炎は、ジュリエッタにかけられる水に鎮火されそうになっていた。
エレンさんの顔を思い浮かべたくても、酸素が不足した頭はただ目の前のことしか訴えてこない。
息ができない。思考がかすむ。肺が凄く痛い。
◇◇◇
意識が朦朧とする。もう自分でも、これが夢なのか現実なのかわからない。
「今日も遊びに来たぞー。喜べ!」
よく飽きないなぁ。
ジュリエッタは今日も、嬉々として拷問器具を手に地下牢に入ってきた。目も霞んできているので、声で誰が入ってきたか確認する。
どうやら今日の拷問は、私が座った姿勢でなければいけないようだ。オリビアは部下たちに命じて、床に転がっていた私を起こさせている。地下牢の壁を背にして座り、両腕は吊り上げられて拘束される。
もう痛みが、わからなくなってしまった。暴行を受ければ、呻き声をあげるし、涙が出て胃液を吐き出す。でも体は反応するが、頭が痛みを訴えることはなかった。
なんとなく自分の死が近いのを自覚した。私は死を拒むことはなかった。今も半分死んでいるようなものだ。孤児で元浮浪者の盗人には、こんな結末が妥当だと思った。
ふと、エレンさんの顔が浮かんだ。
私の最後の被害者。あの時、私は彼女の財布をスッたのだ。すぐに気づいた彼女に追いかけられて捕まり、説教された。
最初は彼女のことを、他の人間と同じ自己満足の説教屋だと思った。今思い返しても不思議だが、私は彼女に叫んだのだ。
お前に何がわかる、と。
生きるためには仕方ない。スラムに住む孤児には、まともな仕事なんてないのだ、と。
きっとその時、私の心は限界にきていたのだ。両親をなくし、頼ることのできる大人もいない。盗みで日銭を稼いで、寝るときは路地裏で麻袋を被って寒さに震える。
癇癪を起こした子供のように、泣きながら喚く私を、エレンさんは優しく抱きしめてくれた。あの頃の私は、数年間碌に風呂にも入れないので泥やアカで薄汚れ、シラミの宝庫であったので、とても抱きしめたいと思えるような見た目をしていなかった。そんな私を暖かく、強く抱きしめてくれたのだ。
そうだ。
死にたくない。私はまだ、エレンさんの仇を討ててない。アイツらにエレンさん以上の仕打ちをうけさせていない。そうしなければ死んでも死にきれないのだ。
私はここで死ぬわけにはいかない
私の中に、炎が再び燃え盛った。
【スキル〈催眠〉が、超スキル〈洗脳〉に進化しました】
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