【1‐4】これはまだ始まり

【スキル〈催眠〉が、超スキル〈洗脳〉に進化しました】



 私の視界に、突然この表示が現れる。




 人はそれぞれ一つのスキルを持っている。


 私のスキル〈催眠〉はハズレスキルだ。

 自分と目を合わせた相手を、少しの間だけぼーっとさせるだけの効果である。あくまで目を合わせなければ発動しないし、相手が警戒していれば催眠にかかることもない。たとえ催眠にかかったとしても、ちょっとした衝撃で効果は切れるし、効果時間も数秒と短い。故にハズレスキルなのである。




 私は思わず、その表示をガン見する。その表示はすぐに消えてしまった。スキルが進化することがあるのは知っているが、〈洗脳〉というスキルは聞いたことがない。それも超スキルとは?



 しかし、迷っている暇はない。ジュリエッタが拷問を始めるまで、秒読みだ。


 俯けていた顔を上げる。たったこれだけの行為なのに、今の私には一苦労だ。私が顔を上げると、今まさに拷問を始めようとしていたジュリエッタと目が合う。



《スキル発動》


「なんだその生意気な目は――!?」


 ジュリエッタは私と目を合わせた姿勢のまま固まった。その体は小刻みに揺れる。私によって、彼女の自我は完全に乗っ取られようとしているのだ。



 すごい! これは凄いスキルだ。彼女が私のモノになっているのが、手に取るようにわかる。



 今、私はジュリエッタを自害させることもできるし、周りにいる兵士たちを殺せと命令することできる。彼女の人格を自由に書き換えることもできるのだ。



 なんて素晴らしいスキルだ! これならアイツらを、もっと苦しめることもできる!



 私がジュリエッタを完全に掌握すると、彼女は操り人形の糸が切れたようにガクッと膝をつき首を垂れた。時間にして、数秒の出来事である。



「マクスベル様!」

「貴様、団長に何をした!」


 ジュリエッタの後ろに控えていた兵士たちが武器を構え、私に迫ろうとする。

 しかし、彼らは異変に気づくのが遅すぎた。



「ジュリエッタ。殺せ」


 私がそう言った後の、ジュリエッタの動きは素晴らしいものだった。



 跪いた姿勢から素早く剣を抜くと、近寄ってきた衛兵たちの喉元を斬りつけたのだ。彼らは目を驚愕に大きく見開きながら、血を噴き出して倒れる。ジュリエッタはダメ押しに容赦なく、倒れた二人の心臓の部分に剣を突き刺し、完全に息の根を止めた。



 血に濡れた剣を持ったまま、ジュリエッタは私の拘束具を外し、再び私の前に跪いた。



「よくやった」

「私には勿体ない御言葉です、ご主人様」


 高笑いをしそうになるが咳き込んでしまい、不発に終わった。私のその様子を見ると、慌ててジュリエッタは自分が持っていた水筒を差し出す。


「喉が渇いた。………ジュリエッタ」

「申し訳ありません! 急いでお持ちします!!」


 ジュリエッタは地下室を飛び出していった。





  ◇◇◇





 ジュリエッタは実に忠実なしもべになった。私がそうなるように、設定したから。



 私は地下室を出た。今は元は騎士団長室だった部屋を、自分の部屋にしている。


 まずはジュリエッタを使って、ジュリエッタの側近だった兵士たちを自分の配下にした。この街は大きいので、それに応じて衛所の規模も大きい。だいたい200人ほどの兵士が常駐しているそうだ。

 異変を悟らせることなく、全てを支配するには時間をかけなければならない。





 暇になった私は、ジュリエッタで遊んでいた。



「ねえ、ジュリエッタ。あなたは私の何?」

「私はご主人様のペットです。私はご主人様を拷問したクソ野郎なので、人以下の存在です。ご主人様のお側にいられるだけで、私は幸せなのです」


 ジュリエッタは私を愛しくてたまらないという目で見て、猫なで声で私に返事する。



 今まで人に見下される人生だった。しかし今は、私が見下す立場だ。上に立つ人間の悦びがわかった。たしかに人を見下すということは、自分に大きな快感を与えてくれる。



 私はジュリエッタに仰向けに寝転がるように指示すると、ジュリエッタはなんの疑問も持たず素直に横になる。無防備になったお腹に、思い切り足を下ろす。


「ぐえっ」


 ジュリエッタの顔が、快感に歪む。私から与えられるものには、全て快感がおこるようにした。この行為は、彼女にとってご褒美なのだ。


 蕩けるような彼女の顔に、愉しくなった。優越感が湧き起こる。


「ありがとうございます、ご主人様ぁ~」

「ホントに良いペットだね、ジュリエッタは」


 私のモノになったジュリエッタを見下ろしながら、アイツらのことを考える。


「ご主人様、ご主人様っ♪ どうされたのですか。私になんでもおっしゃってください! ご主人様を苦しめる奴は、私が切り刻んでやります♡」


 ジュリエッタは私の顔を見るとなんの躊躇もなく言い切った。



 ああ、なんて良い子をペットにしたのだろう。


 頭が壊れてしまったのか、ジュリエッタが愛しくて仕方なかった。

 こんな私をエレンさんが見たら悲しむかな。でも、エレンさんは、アイツらのせいで死んじゃった。もう、この世界にはいない。



「いずれ、ジュリエッタの出番がくるよ。それまで大人しく待っててくれる?」

「はいっ、もちろんです。私はご主人様のペットですからぁ」


 私がもとは騎士団長の椅子だった、無駄に豪奢な安楽椅子に座る。足にジュリエッタがしなだれがかった。甘えるように私の足に抱き着く。



 クックックッ。笑いが抑えられない。私の復讐は、これからだ。せいぜい束の間の幸せを味わっておけ。


 アイツらは絶対に地獄に落としてやる




 その時の私は、とても人に見せられないような顔で嗤っていたと思う。

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