第5話 不調でダンジョンにGO

 

 とりあえずはやるべきことがはっきりしてきた。モヤモヤしていたものがなくなって、冬真としては少し気が楽になる。


「さて、と。とりあえずは、晩ごはんを作ろうかな」


 安心したのか、お腹が空いてきた。夏なので、まだ日は出ているがもうそろそろ午後の六時になろうかという時間。大した料理の腕を持っているわけではないが、それでも頑張って調理を始めよう。

 冬真は服の袖をまくりながら、気合を入れた。


「まずは、米を研がないとなあ」


 米の釜を取りに行こうとして、ふと彼女に視線を向けた。すると、彼女はテーブルの上に腕を伸ばして、力なく伸びている。

 夏バテにでもなったのかもしれない。エアコンの温度をやや下げながら近寄って、表情を見た。息を少し乱して、表情もやや強張っているように見える。


「大丈夫ですか? 横になりますか⁉」


 顔はあまり赤らんだりはしていないが、体調は良くはなさそうだ。


「えっと、何からやればいいんだろ。水を飲ませないといけないし、冷却シートも必要かな。あと、ベッドを用意して……」


 病人の介護なんてことをしたことがないので、パニックになりながらもするべきことを確認していく。

 まずは水を飲ませようと、踵を返そうとして手を掴まれた。


「え――っっ?」


 掴んでいるのはもちろん、彼女だった。立ち上がって、冬真の目と視線が交差する。その目は何かを伝えたいような、そんな意思のこもった瞳をしていた。


「わからないですけど、いいですよ。ボクはなんでもしますから」


 落ち着かせるように、なだめるように言葉を発した。

 おもむろに彼女は腕を伸ばした。そして、手のひらを冬真の胸に当てた瞬間――


「う――っっ‼」


 何かを吸い取られている。何かはわからない。けれど冬真の体内にあったものがごっそりと吸われているのをはっきりと感じた。

 吸い初めこそ胸にくるものがあったが、それからは苦しみを感じない。


 ――生命力。生気。寿命?


 ゲーム的な知識からそんな言葉が脳裏をよぎる。ただ、現状特に身体に異常が現れていないというのもあり、とりあえずは好きにやらせてみることにした。

 それから一分ほど経ってから、彼女は手のひらを冬真の胸から放した。


「いったい、どうしたんですか?」


 言葉は通じないが、思わずそんな言葉が口をついてしまった。

 彼女は何かを伝えたいようで、口をぱくぱくと動かしては閉じてを繰り返している。伝えてくれるのを辛抱強く待っていると、彼女は冬真の裾を掴んだ。


 ――瞬間。


 光の粒が吹き荒れた。


「これって――っ!」


 ダンジョンの地下から地上に戻ったときもこんなふうだった。と言おうとした瞬間、冬真は光に呑み込まれた。



「……ここは?」


 左右には石で出来た壁があり、前後は道がある。理由はない。けれど、直感的にここがどこなのかが冬真にはわかった。


「ダンジョン、か」


 魔法を使ってでもこんなところに連れてきて、彼女は何がしたかったのだろうか。その本人に視線を向けようとして、先ほどよりも辛そうな表情で地面に座りこんでいた。

 慌てて近寄りながら、膝をつきながら思考を回す。

 体調が悪くなったのはどうしてなのか。答えは簡単だった。


「魔法を使うと、体調が悪くなる?」


 それならば、家からこんなところまで魔法を使ってまでこなければ良かっただけの話だ。おそらく、話はそう単純なことじゃないのだろう。


「普通に生きてるだけで、エネルギー的なものを消費するってことなのか?」


 付け加えて、彼女は冬真に回復の魔法と移動の魔法を使っていた。それで、さっきのタイミングで身体が不調を訴えるほどに体調が悪化したのかもしれない。

 ならば、どうしてダンジョンに来たのかという謎が残る。

 それを明らかにするのに手っ取り早い方法は――

 冬真は彼女の腕をとって、手のひらを自分の胸に当てさせた。

 すると、少量だが体のなかの何かが吸われているような感覚がやってくる。家のなかで経験したのと同じものだ。けれど、家での時と比べると酷く少ない量しか吸われていない。

 しかし吸えるだけの量が冬真のなかに増えたとも言えなくもない。


「これって、ダンジョンにいると、このエネルギーが回復するってことなのかな」


 冬真は頭を悩ませながら、考え込む。

 彼女は手のひらを離してしまった。まだ体調が万全とは言い難い表情をしている。


「もっと吸ってもいいですよ?」


 身振り手振りでそれを伝えるも、彼女は首を振った。どうしてなのだろう。ダンジョンに連れてきたということは彼女はある程度はダンジョンの仕組みを理解しているということだ。それにもかかわらず、これ以上のエネルギーをもらうことを認めない。


「自然回復じゃない? 何かを代償にエネルギーを生み出してるのか?」


 冬真は便宜上、この吸われているエネルギーの名称を「MP」と呼称することにした。名前が決まっていないと考えるときにややこしくなりそうだったからだ。ちなみに名前はゲームのあのMP――マジックポイント――からもらうことにした。

 彼女は冬真からMPを吸ってこの現実世界に存在していると予想できる。問題はこのMPの回復方法だ。ゲーム的な考えでいくと自然回復しそうなものだがそうではないらしい。それならば、こんなダンジョンに来る必要はない。また、ダンジョンにいることでダンジョンにある謎の力で回復しているというわけでもなさそうだ。

 なら、あとはどうやってMPが回復しているのか。


「そもそも、彼女はどうやって現れた? そこから考えないといけなかった」


 ダンジョンの最下層で彼女とは出会った。もっと正確に言えば、冬真がドロップ品に触れたから出会えたのだろう。ドロップ品の効果が彼女を生み出すのか召喚するのかはわからない。けれどそんなふうな現象を通して彼女がこの世界に現れたと推測できる。

 その後に彼女は魔法を使っている。逆説的に、彼女は冬真からMPを吸収しているということになる。タイミングとしては気を失っているときにだろう。


「問題は、最初にMPを手に入れた方法だ」


 冬真は普通の高校生だ。人に隠れてダンジョンに入ったこともないし、怪しい薬を飲んだこともない。なら、どうやってMPを得たのか。


「……いや、そもそもどうしてダンジョンに落下して生きていたのか」


 あの高さからの落下で生きていた理由。


「……落下したときにモンスターを倒した」


 これが最も納得のいく答えだった。どんなモンスターだったのかはわからない。けれど、おそらく上空からの衝撃を吸収してくれるような柔らかなモンスターだったのだろう。結果としてモンスターがクッション代わりになってくれ冬真の命を助けた。そんなところだろう。もう今となっては想像することしかできない。


「そのモンスターを倒して、ゲーム的に言う経験値を手に入れたってことなのか?」


 こう考えると全てに納得がいくような気がする。

 モンスターを倒して経験値を手に入れる。その経験値を使って、冬真は彼女を召喚した。彼女は召喚されたはいいものの身体の維持ができなかったから、冬真の身体から経験値をMPに変換して吸収した。


「こんな感じ、か? でもそうなるとな」


 一つだけ納得できないことができてしまう。

 モンスターを倒すなんてことはダンジョンが現れてから人類が何度も繰り返して来ていることだ。それにもかかわらず、モンスターから何かを吸収しているなんて話は聞いたことがない。


「ただ、経験値が目には見えないものなだけなのか?」


 身体に蓄積されるだけではっきりとはしないモノという可能性もあるが。


「うーん、そこまではわかんないか」


 まだ情報が足りない。いったん、そこで思考を止めたときに彼女に肩を揺すられた。


 どうかしたの? と訊こうとしてそれよりも前に気づいた。


「……モンスター、だ」


 イノシシのような見た目の生物が二足歩行で、歩いてくるのが見えたのだった。



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