第4話 検証とこれから



 あの後、スーパーに居たお客さんの前をわざと通ってみたりして試してみたところ、彼女のことに気づいた人は誰もいなかった。隣で歩いていた冬真からしたら彼女が歩いている音や熱を感じてもいたが、それらのことに誰も気づかない。

 それにあろうことか、彼女にぶつかりそうになったお客もいたのだ。冬真は慌てて彼女を移動させようとしたが、時すでに遅かった。見えないものにぶつかるという事態になるかと思いきや――


「すり抜けるんだもんなあ」


 身体を貫通して歩いていったのを見たときは驚いて腰を抜かすところだった。

 だからと言って、彼女には実体がないというわけではない。冬真は手に触れることができたし、


「コップ、持ってるしなあ」


 目の間にはコップを両手で握りしめている彼女の姿がある。その前にはコップに注がれている水を一口飲んでいた。とりあえず幽霊的なものではないことに喜べばいいのかなんというか。


「このすり抜けっていうのは自分の意思なのか、そうでないのかがわかんないなあ」


 自動的にすり抜けてしまうのか。それとも彼女が意識的にすり抜けたいと思ってそうしているのかでだいぶ違う。

 自動的ならどうしようもないが、自分の意思の問題ならばそれをやめてもらうように説得すればいいだけだからだ。


「あ、それでも目には見えないままなのか。……いや、見えないのも本人がそうしているだけっていう可能性もあるなあ。うーん、会話できたらすぐに訊けるんだけど」


 試しにジェスチャーで試みたがうまく伝わっていないようで、首を傾げられてしまった。かわいい。

 やはり、言語がまったく通じないというのは不便なものだ。彼女がこれから日本で生活していくなら、日本語を覚えてもらわなければいけないだろう。

 とりあえずは、現状で少し気になったことがいくつも生まれたので検証してみることにした。何時間もかかるならやらないが、短時間で終わるのなら調べないわけにはいかない。


 それに必要なものは、


「携帯……は壊れたんだった。なら、ビデオカメラがあったっけな」


 冬真の携帯電話は落下のときの衝撃でぐしゃぐしゃになってしまった。なので、押し入れの中をがさがさと漁ったところ昔に使っていたビデオカメラを引っ張り出す。ついでに、近くにたたまれていた三脚も取り出した。

 まずは冬真自身がビデオカメラを持って、彼女のことを撮影してみることにした。

 身体全体が映るようにして、撮ってみる。コップを持って椅子に座っているのだが、ピクリとも動かない。まるでそこだけ時間が止まっているのではないかと思うほどだ。画面の右上の数字が動いているのを確認して、撮影を終了させる。

 すぐに録画したものを確認した。


「……映ってない、な」


 画面に映っていたのは自宅の椅子だけだった。彼女がいなかったらその映像どおりのものが冬真の目にも見えるだろう。


「……カメラ越しだとボクでも見えないわけか」


 いくつかの可能性が浮かび上がるが、まだはっきりとしたことはわからない。画面を見ながらうーんと唸っているとあることに気づいた。


「あれ? そういえばコップも消えてるな」


 彼女が見えないのはまだわかる――意味はわからないがダンジョンにいた人間なので何でもありだ――がコップは家にあるごく普通のものだ。それが見えないというのはどういうことなのだろう。

 次の検証に移った。


 三脚にビデオカメラをセットして撮影を開始させた。

 冬真は新しくコップを持ってきて、彼女に渡す。ちゃんと受け取ってくれて、両手にコップを持った状態になった。これはビデオカメラにはどう映っているのか。

 さっそく、撮影を終わらせて画面に目を向ける。


「さて、と。どうなっていることやら」


 冬真がコップを持って誰もいない場所に渡す仕草――実際にはちゃんと渡しているのだが画面にはそうとしか見えない――をして、少ししたときだった。


 コップが消えたのだ。


 巻き戻して確認するも元々なかったかのようにコップがふっと冬真の手から消えてなくなっている。


「彼女が触れたものは目に見えなくなる……のか? コップも彼女と同じ透明になる性質を帯びたっていうこと? なら、逆ならどう映るんだろう」


 もう一度撮影を始めて、今度は彼女が持っているコップを渡してもらう。

 それを確認してみると、冬真は手品のようにコップを出現させている映像が撮影できていた。


「これだけ見るとボクがコップを消したり出したりしてるように見えるなあ。まあいっか。次だ次」


 三脚にビデオカメラをセットして、撮影を始めさせた。次に確かめたいのは彼女に触った人間がどのように見えているのかということ。コップと同じように消えて見えなくなってしまうのか、それともそのまま見えるのか。

 冬真は彼女の隣に立って、触れようとして気づいた。


 ――これってセクハラ、か?


 女性の体に無闇矢鱈に触るのはどうなのか。もちろんそういった意図はまったくないが、彼女が不快に感じてしまうかどうかが肝要なのだ。


「でも、確かめないわけにはいかないしな……」


 折衷案として彼女の服の袖をつまむことにした。もちろん少し触るという合図をしてからだ。

 結論から言って、冬真の体は見えなくなるということはなかった。


「見えなくなるのはモノだけということか」


 そもそも彼女に触れられるのは冬真だけなので、これはそう大きな発見ではない。


 頬に手を当てながら考え込んだ。

 今までの情報を整理する。第一に彼女の姿は見えない。冬真は例外だが他の人からはそこに誰かいるということを察知するのは無理だろう。第二に彼女が持ったものも同じく見えなくなる。けれど消えてなくなったりするわけではない。


「なんかこれだけでも悪いことがいくつもできそうだな……物を盗むとか、人に危害を加えるとか。あれ、でもそうか。人にぶつかりそうになったときに透けてたっけ。なら、平気なのか? でも、ボクが渡した水を飲んでるし……既に持ってるものと人間となら当たり判定があるみたいなこともある、か」


 物を盗ませる、人に危害を加える。冬真はもちろんそんなことをさせようなんてことは思っていない。彼女は自分の命の恩人である。そんな無礼なことをさせるくらいなら、自分がどうどうとやったほうがましだ。

 けれど、それはそういった事情がある自分だからそう思えるのだ。


 他の人間からしたらこんなふうなものかもしれない。


 ――誰にも感知することができないロボットが自分の手元にあります。それで何をしますか?


 この答えに対して、悪行をしないと断言できる人間はどのくらいいるのかわからない。冬真も何も知らなかったのなら悪いことの一つや二つしてしまうかもしれない。

 ここで、浮き彫りになる問題があった。


「これって、ダンジョン省にすべて報告するのまずいか……?」


 報告した場合、そこの人間がやってきてどこかに連れて行かれるだろう。そこで冬真に起こった出来事をすべて話すことになる。しばらくの間はそれで平気かもしれないが、いつかは様々な実験が行われることになるだろう。彼女がどういった存在であるのかとか、彼女に何ができるのとか。

 そこで政府の人間に人に見えないということを利用して悪いことをさせられないとも限らない。暗殺なんてことをしろなんてことは言われないとは思うが、機密文書を盗んでこいとか、誰某の秘密を調査しろとか。そういったことなら、やらされるかもしれない。

 いろいろと面倒なことが予想できてしまった。まあ、いざとなったら彼女の魔法で――


「ああ‼ というか魔法のこと忘れてた」


 冬真は思わず跳び上がった。

 目の前の小事に夢中で魔法のことをすっかり忘れてしまっていた。彼女は魔法を使えるのだった。


「なら、見えないことを利用しての犯罪なんてことはさせないか? もっと魔法を使ったことをさせる可能性が高いか」


 魔法を使ってできそうなこと。すぐに思いつくのは冬真がしてもらった怪我の治癒だ。死ぬ一歩手前だったのが痛みのかけらもないほどに回復したのだ。その回復能力は計り知れないほど高い。


「もしこのことが知れ渡ったら日本中、いや世界中から人が殺到してきそうだな」


 事故で手足を失ったものや、元々の障がいを持っている人も癒やすことができるかもしれない。それに病気にも効果があるのだとしたらもっとだ。

 休む暇もないほどにそれだけのことをやらされるかもしれない。他の人間からは彼女のことが見えないのだ。そんな扱いになる可能性を否定しきれない。


「まあ、ボクがそんなことをさせなければいいだけの話だけど」


 彼女と意思疎通ができるのは現在のところ自分だけだ。怪我の治療にしても何にしても、冬真が彼女にお願いしてその行為をしてもらうという形になるだろう。

 なので、彼女のことを道具でも利用するかのように人々が扱ったのなら、冬真は何がなんでも抗議するだろう。

 周りからどう言われようとも。


「人を救う気のない悪魔とか言われそうだなあ」


 マスコミにそんなことを言われそうなのがありありと想像できて、思わず笑ってしまった。


「でも彼女としてはそっちのほうがいいのか? 休む暇はないかもしれないし、もっとまずいことをやらされるかもしれない。けど、好きな物を食べ放題だし、物だって何でも買える。世界中の人から感謝されて神様みたいな扱いになるかもしれない」


 ぼんやりしている彼女の姿を見ながら、そんな未来を想像した。


 幸せそうに笑っている彼女の姿が――



「想像もできない‼」


 満面の笑みなんてものをしそうになさすぎて、そんな未来を予想できない。


「ぐだぐだと考えてるのが、バカらしくなってきたな」


 ちびちびと水を飲み始めた彼女のことを見ながら冬真は決意した。


「あー、もういいか! ダンジョン省に電話するかどうかは彼女に決めてもらう‼」


 そもそもダンジョンを秘匿するのを防止するためにこの法律は定められたのだ。冬真はダンジョンを秘匿しているわけではないし、そもそもダンジョンの場所自体わからない。ならば、すぐに報告してもしなくてもそう変わりはない――ということにしておく。

 彼女が言葉を覚えてから、この世界のことを教える。それから彼女がやりたいということを支持する。


 冬真はそれが最善だと思った。



――――――


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