25.聖なる夜に祈りと罪と償いを!
聖誕祭まであと数日。
女達が、そして王都から来た男達が働きに出る中。
子供達と育児組は、聖歌を練習していました。
「グロ~オオオオ~リア~インネクシャルシスデ~オ~」
「エトインテッラパクスホニブ~ス」
それも、大陸古語で。
これもうアカデミア並みなんじゃないかな?
しかも、歌声が綺麗。
なお、指揮しているのは、魔導士殿。
子供達に細かい指示をしているのはナゴミー。
******
ジゾエンマの西。炭鉱線と分岐してサンズーノ方面への鉄道が…出来てましたとも。立派な駅舎さえも。
「もう最初に提示した報酬なんてとっくに超えてますけど、貴方まだ私に仕えるんですの?」
「貴女の許を去る時は、神が貴女をお迎えになった時か、貴女が神の心を見失った時です」
「随分敬虔な事ね」
「このジゾエンマ西端の駅…西側にあった数百年前の開拓地、アビ。
そこにサンズーノやマモレーヌ、そして出来る事ならトレイタの人々を救う物資を集めて、雪解けと共に西へ向かわせてはと思います」
鉄道が完成すれば。
でも、先ず何より、西岸の飢餓救済です。
「お願いします。駅と倉庫、ここを頼ってきた人を癒す宿を、お願いします」
ザイト殿が跪礼で返します。
と、その時。
「な?何だー!」
素っ頓狂な叫び声が聞こえました。
「なんでこんな立派な屋敷がー!」
屋敷じゃなくて駅ですのよ?
まあ、サンズーノ男爵邸なんかより立派ですけど。
それよりも。この、熊みたいな大男。
「旅人でしょうか?
私はこの領地、ジゾエンマを女王陛下に替わって統治する代官、ツンデールです。
Youは何しにこの地獄へ?」
すると、大男はサっと見事な跪礼を私に向けて
「私はマモレーヌ領管区司教、ガンダー。
マモレーヌ伯爵よりサンズーノ領の窮状を調査すべく派遣されました。
そしてサンズーノ代官クローネ嬢より、ジゾエンマ領の聖誕祭の司祭となる様懇願されて来ました」
ガンダー司祭が、マモレーヌ伯爵とクローネの書簡を私に差し出しました。
「クローネ!ああ…有難う!私の遠い姉妹!」
私は思わず顔を覆い、ザイト殿も、マッコーも、そして大男ガンダー司祭も。
私に暖かい微笑みを向けてくれました。
皆、ありがとう!
「厳しい道中をよくぞ超えて来て頂きました、ガンダー司教様。
歓迎します。
そして我が領で旅の疲れを癒して下さい」
******
「うを!ほおお!なんだこれは!」
体が大きいだけあって声も大きいガンダー司教。ちょっとうるさいですね。
「途中の道にも驚きましたが、ジゾエンマ側の道にも驚きました!
なるほど、この鉄の道と鉄の馬車が王都まで数日で結ぶのですか!」
理解が早くて何よりです。
等とデカい声に応えている間にサイノッカへ。
「な!ななな…」
そうでしょうそうでしょう。そのお気持ち、解りま…
「「な!!ななななな!!」」
外郭門の内側に、巨大な聖堂がー!!
いつの間にパート数えきれない程!
駅の左手、城から見て右手に、石造りの、千人は入れそうな巨大な聖堂が、向かって左手に尖塔を伴って聳えていましたー!
「だってホラ聖誕祭近いじゃないですか」
「いやそうじゃなくて!そうじゃくてー!」
「素晴らしい…」
ほぇ?
「こんな、地獄と言われた荒野に!
こんな大聖堂に、あの先に聳える家々、そして城。
クローネ嬢の言っていたことは本当だった!
凄いぞ!サイノッカは本当にあったんだ!」
あ~。
参りました、こりゃ。
「あの~お嬢様」
わ!ナゴミー!どうしてここへ?
「王都から司祭様がぁ」
へ?あ!やっと来てくれたのですね?!
「もう聖堂の中にいらっしゃってぇ~」
******
聖堂は…素晴らしい薔薇窓(ステンドグラスの円型の窓)が堂内を照らしています。
祭壇には、いつか領都で見た、金の冠に金銀宝石を着飾った救い主ではなく、鞭打たれ茨の冠に血潮を流し、全身に傷を負い、私達人間の罪を一身に負って苦悶の中死した救い主の姿。
祭壇の前には、最貧の中で生まれた赤子の救い主。
そして、その前で祈りを捧げる、司祭の姿の男。
「貴方が、王都から来て頂いた司祭様でしょうか?」
「いえ、違います」
祭壇に跪づき、祈りを続ける、若い司祭様。
「私は王都のカテドラルを捨ててこの地に来た、一介の聖職者です」
「大司教館を捨てた?」
「大司教は、このジゾエンマを敵視しています。
いえ、この国を、大陸の属国にせんと企み、旧教以外の解釈を行う者を皆殺しにせんと企む、悪魔の手先です!」
また来ましたわ厄介事が!今度は私の信仰がガケっぷちみたいですわ~!!
******
「ハア…」「オオ…」
西と東から来た、方や熊みたいな大男、方や若くて線の細い美男。
対照的な司祭様が、同じように対面所に驚いています。
「この、東洋の様な木の館と言い…」
「さっきの温泉。北の方にあったと聞くが、こんな館の中に…」
お二人とも、温泉で寛いで頂いた様で何よりですわ。
「お二人とも、歓迎致します。
当ジゾエンマ領では聖誕祭の司祭がおらず、礼拝が出来ず困っておりました」
「代官様の信仰に応えるべく、司祭を務めさせて頂きます!」
「同じく。経験のありそうなガンダー司祭が司祭、私ブラシスが助祭を務めさせて頂き度…」
「いや、王都大司教配下であったブラシス司祭こそ!」
「お止しなさい。領主からお願いします。ガンダー様に司祭を」
こういうのキリがないんですわよね。
「そしてお二人にお願いします。
旅のお疲れを癒して頂けましたら、王立鉄道に従事した工夫。
この王国に救いを齎した英雄達の告解の秘跡を、お願いしたいのです」
「「??」」
「今、王都とこのジゾエンマ、そしてサンズーノを結ぶ、従来の馬車の何倍もの糧を運ぶ、鉄の道を築いています。
既にジゾエンマと王都の道は開かれました。
しかしその道を、土を均し山を刳り貫き、手足も凍る雪の中道を通した者達は…
かつて私達を殺そうとした敵だったのです」
「何と!」「敵!なのですか…」
私は、サンズーノの戦いと、女王による移封、そしてサンズーノとコモーノの荒廃、そして王都の治安悪化を説明しました。
「かつて故郷の村から糧を奪い、女を犯して殺した、そんな罪人が王都に溢れました。
その内の一部、悔い改める心の持ち主が、今や王国で飢え死んで行く人々の救いとなる道を拓いた英雄となったのです。
どうか、どうかあの人達の罪をお聞き下さい。
そして、許しを与え、償う道をお示し下さい!」
私は、二人の司祭に跪づき、祈りました。
「神の御心の儘に。そして、代官様の祈りがすべての人に届きます様に」
若いブラシス司祭が恭しく答えました。
「何人位ですかね」
大男のガンダー司祭が具体的に聴いて来ました。
「約200名程」
「間に合わないぞ!ブラシス司祭!今から裁ける限り告解の秘跡を与えるぞ!」
「は、はい!」
「あの!今はお休み頂き…」
「私達は神の代理人です。使命に忠実であるべきです」
二人は決意も堅く言いました。しかし。
「「駄目です!」だ!」
あ、ザイト様と声が揃っちゃいました?
どうぞ、とばかりにザイト様。では。
「必ず休んで下さい。
この地では、体に過酷な負担を掛けて何かを行う事は、生死を掛けて戦う時でもない限り許しません!
全ての人が健康で、危険を避け安息を採り、神から賜った生を全う出来る様最大限の注意を互いに配る。
それを守ると!
どうか、お約束下さい」
私の言葉を聞いて、二人の司祭は私に向けて合掌しました。
解って頂けた様です。
******
今や大広間では収容しきれない大所帯になったジゾエンマ。
先ずはサンズーノ以来の仲間、王都から来た働き手と中郭大広間で夕食を。
「この地で、聖誕祭の礼拝に預かる事が出来ます!」
「「「きゃーっ!!!」」」
「よかったよー!」「この荒野で礼拝に与れるなんて!」
「主は私達哀れな女を見捨てていなかったんだ!」
口々に、皆が喜びの声を上げました。
そして鉄道工夫の男達にも、新たに建てた鉄道公社の寮で。
「告解は?」「俺たちは、許しを頂けるのか?」
「こちらの司祭、ガンダー司祭とブラシス司祭が皆さんの告解を受け入れて下さいます」
先に自らの罪を告発した男達が司祭に祈りを捧げた。
******
そして、聖誕祭。
救い主の御生まれなさった日は、実は1月早い、9の月(11月)との説もあるそうですが、大陸北部の冬至の祭り、冬ごもりの始まりと併せて10の月(12月)になったとか、違うとか。
外郭南門前のジゾエンマ大聖堂まで、駅まで通された鉄道馬車が皆を乗せて走ります。
鉄道公社の工夫達は既に大聖堂に集まり、同郷で同じ罪…強姦、強盗、殺人を犯した者が数人一組で告解し、皆が神の前での許しを受けて聖堂に集まっていました。
二人の司祭が十字架の杖を掲げ、聖堂の奥から入場しました。
そして、オルガンの音が聖堂を包みました。
「初の聖夜、羊飼いは天の歌声を聞いた」
私達と一緒に働いていた子供達の、正に天の歌声の様な綺麗な歌声が響きました。
「喜び讃えよ、主は産まれぬ」
ガンダー司祭と侍者の子供達が、聖堂の中央の道を祭壇に進み、祭壇の奥に並びました。
その間、会衆は声を合わせて歌いました。
ブラシス助祭は、最後の告解を、聖堂の脇の告解室で聞き入れています。
司祭の歌うような。言っちゃなんですけどあの大男とは思えない済んだ声で礼拝の開始を祈る祈りが聖堂を包みます。
「キリエー、レイソン」
司祭に続いて子供達の合掌が続き、
「グロリア、インネクシェルシスデオ」
司祭の歌唱。そして、尖塔の鐘が激しくなりました。
そして、堰を切った様な、喜びの叫びの様なオルガンの演奏!
誰もが尖塔の方を、驚きと喜びを以て眺めます!
一瞬聖堂が静まり、
「「グローリア、
インネクシェルシスデーオー」
「エーティンテーラーパックスホニーブス、ヴォネヴォールンターティス」
「「ヴォーネーヴォールンターティース」」
そこから祈祷と合掌と演奏が一体となり、栄光の賛歌が歌われました。
聖典の朗読、福音の朗読が続き、司祭の説教が行われました。
「家づくりが捨てた石が、隅の親石になる。
小さな種が地に落ちて死ねば、大きな実を結ぶ。
この地にいる皆が、故郷を追われました。
しかし今、王国で苦しむ人々を救う希望になっているのです。
私は、それは神の奇跡ではなく、貴方方がこの死の荒野と言われた地で起こした、人の手による業であり、神の教えをこの地上に証明した、偉大な功績だと、そう感じます」
ま、それ殆どやっちまったの、あのオッサンなですけどね。
でもあの人、かつて「女の命を軽んじる神など擦り潰せ」とか言ってませんでした?
そんな筈はない、って言いたかったんでしょうけどね。
私達は聖体を頂き、
「感謝の祭儀を終わります、行きましょう、主の平和の内に」
「「「神に感謝」」」
そして、
「アデステ、フィデレス。レティ、トリウムパンティス」
閉祭の合唱が、天使のような子供達の歌声で歌われました。
広大で壮麗な大聖堂、華麗な合掌、堂内を包むオルガン。
この様な礼拝は、生まれて初めてでした!
******
「で、どーでした?演奏ヘンじゃなかった?」
「アンタでしたのーーー??!!」
感動を返せって言ってやりたいわー!!
******
今夜は内郭に皆が集まり…
「「「ふおお~!!!」」」
初めて入った内郭の館。
例によってオリエンタルですが、壁は金で塗られ、諸国の伝説上の賢帝の絵、そして下段の部屋の壁には様々な神獣、更に下段は世界中の珍しい草花と猛獣が描かれています!
「うふふふ!これだけじゃありませんよ~」
ナゴミーが料理組を広間に招き入れると…
香ばしい煮物、焼かれた肉、それも胡椒の香り高い肉!
大人にはエール、いやもっと済んだピルス!そしてワイン!子供には果汁が!
今までで一番多くの人が集まっているこの日に?
「こんな贅沢して、冬を越せますの?」
すると魔導士殿は例によって人を馬鹿にした様に、手玉に取る様に。
「既に食料も酒も、そして凍らされた肉も、クローネ嬢の所に届けられる程確保しています。
王都の治安を乱していた者も、ここでしばし喜びに包まれるでしょう」
確かに、かつでのならず者達も、この邸で飲み、喜び、罪を償った者が司祭に感謝を述べています。
「お嬢様あ、お嬢様あ。
礼拝で頑張った子供達にぃ、贈り物をお願いしますよぉ!」
そうでした。
「侍者と、聖歌隊。そして、礼拝の間に小さい子供を見てくれた年上の子供達に、送り物があります。皆、前に集まって」
すると、今度は邸のキッチンから甘い匂いがしてきました!
何これ?私、聞いていた以上に美味しそうなんですけど?
え?私に何か言え?えー?!
「パンに砂糖を練って焼き、その上にミルクを練って果物を添えた焼き菓子です!
みんな、礼拝のお手伝い…とても素敵でした!分け合って食べて下さいね!」
「「「わー!!!」」」「「「キャー!!!」」」
「一人一個までだぜー!」
******
その後子供達は風呂に入って、母に抱かれて中郭の家々に戻って寝入りました。
独身の育児組は温泉でサッパリして、結構な勢いでワインをズビズビと。
男達は、監督殿の号令で引き揚げました。
皆が、私に向かって
「ツンデール様!有難う!」
「ツンデール様は、俺たちの女神だよ!聖母だよ!」
「俺は、罪を償って、また働くよ!」
「俺が裁かれて死んだら、せめてこの地で葬って欲しい」
「「ツンデール様!」」
「最後まで希望を捨てないで!
貴方達の罪は…」
許すかどうかは、被害者の女子供しか下せません。
殺されてしまった者にはそれすら出来ません。
例え裁きが軽く済もうとも、この人達は自分の罪から逃げられない。
せめて遺族のために。
暴力を振るった地を、再び幸せにするために、力を尽くしてくれる様に祈るばかりです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます