26.雪に挑む!走れ蒸気機関車

 聖誕祭を盛大に祝い、私達はこの地で過ごす初めての新年を迎えました。

 寒い中、皆で外郭「三の丸ですよ」外郭!!の!!

 聖堂に集まり、新年の聖母祭に授かりました。


「人も増えてきたし、そろそろ千人規模で集まれる宴会場でも作るかなあ」

「そんな予算ありませんし、そんな負担を貴方一人にお掛けする訳に行きません!」

「でも皆お嬢様を慕って集まってるんだ。無碍にも出来んでしょう。

 いっそ、本丸の石垣の上にド~ンと張り出した千畳敷御殿でも建てるかあ!」

 もうヤル気満々ですわね。ちょっと見てみたい様な。


******


 祭礼の後、私達は三日間の休みを取りました。


 肌を刺す寒さの中、暖かく緩やかな中郭の館で私達は過ごしました。


 ザイト様は、聖典の文章を短く、平易な言葉にして、頭文字を大きく書き、その聖典の一節の絵を描いた札を作り、対になる文章の札を読み上げて、絵札を早い者勝ちで採らせる遊びを子供達に教えました。


 これにはガンダー司祭もブラシス助祭も目を廻しました。

「まさか、こんな子供達を夢中にさせるとは…」

「これは、大陸派が恐れている…印刷聖典と同じ類の物なのでは?」


 それを聞いたザイト様。

「あ~。それは福音宣教の本筋から離れた、『知の独占』という欲望の産物ですよ。

 宣教とは教えを広める事。

 印刷はそのためには必要不可欠な筈。

 芝居。聖堂の巨大な壁画。聖歌。そしてこの小さい絵札。

 大事なのは、何を伝えるか、でしょ?

 大陸派は教えを広める役目を独占したいのですよ。

 自分達の利益を奪われない様に、ね」


 子供をどう指導するか、どう冬を楽しむか。

 その話題の筈が、にわかに変わりました。


「しかし、聖書を伝える権限は印刷などではなく…」


 この時の、ザイト様の、憎悪の顔は忘れられません。

「権限を独占したいってだけじゃないですか?

 神の言葉を独り占めにして、高い金払わせて。

 その金で酒買って飲んで、女や小さい男の子を攫わせて犯して殺して無かったことにして。

 何が聖書の権限だ。ゴリア大司教など、下衆外道の唾棄すべき罪人だ!」


 ガンダー司教の顔色が、急激に真っ青になりました。

「そ…そうなのかブラシス?

 大司教様だぞ?

 こ、この国の、神の代理人なんだぞ?!」

 あの屈強そうな大男が、崩れ落ちそうに若い司祭に詰め寄りました。


「私も…何度も目撃しました」

「う…うげええ!」

 ガンダー司祭が嘔吐した!

「き、貴様!うげえええ!

 それを見逃していたのか!!

 神の名を、汚す外道共を!!」


「だから私はあの地から逃げてきたんだ!

 私一人の力であの貴族と結びついた腐った連中と戦えません!

 奴等は、きっとこの地で魔女裁判をやるでしょう!」


 工夫達の告白の次は、聖職者の告発ですか…


「ハア…参った。ブラシス。お前、死ぬ覚悟はできているのか?」

「そのつもりでここに来た!思いがけず、ここは楽園だったのですが」


 そしてザイト様は私にゆっくりと言いました。

「お嬢様、どうやら私達は。

 この国の半分の武力と財力と戦い、四半の民を庇い、

 この国の倍はいる大陸の兵と戦う。

 そういう、絶望的な状況に立ってますな」


「何でー!!」

 ちょっと待って!今私は女王陛下の命でこの地にいるんでしょうに!

 女王陛下は私達を守って下さいませんの?


「メリエンヌ3世では大陸の侵略にも大陸派の諸侯にも何もできません。

 何かしたらこの国は崩壊し、大陸派貴族がシャクレーヌ王国から軍を入国させるでしょう。

 女王はそれを理解して、今一歩が踏み出せない。


 しかし敵は一切お構いなし、えげつない事をなりふり構わすやりつくす。

 守りに徹して戦いを避けようとすると、自ずとそうなるんだ。

 神が何もしてくれないこの世では、恥ずかしながら悪が勝つ!」


「魔導士殿!」

「貴方が子供達に指導した、あの素晴らしい礼拝は!嘘だったと言うのか?」

 二人の司祭がザイト様を攻める様に、いえ、縋る様に言います。


 しかしザイト様は静かに答えました。

「人間が捧げる礼拝は、神への決意表明だ。

 しかし神は、絶対に、何があっても!

 人間に対し、何もしない。


 これは聖職者に言っておく。

 神は、絶対にこの世では人間を救わない!何もしない!」


 二人の司祭は何も言わず。漸く話したのは。

「では、祈りは無意味、なのか?

「残念だが神は何もしないが、人間が神を信じれば、驚くべき力を振るう。

 何千人をも守れ、何万人をも殺せる」


「あたなは、この世に神の救いは無い、そう思っているのか?」

「ふ…

 東の戦いで、神が西を救う。その信仰の下に東の女子供に赤子が何万人も殺された。

 神が東を救うという教えの下に、西の女子供に赤子が何万人も殺された。

 神は血に飢えているとも言えよう。悪魔と何の差があるか」

「貴様!神は!」

「残念だがな!

 西の神も東の神も、全く同じ神なんだよ!

 それを西の者と東の者が、敵として宣伝しただけなんだ!

 結局は、人間がどう神を利用し担いで、女子供と赤子を殺しつくす様に担ぎ上げるか、それだけさ」


 新年を祝う空気が消え去り、私達は神とは何か、信仰とは何か、その重い問いを突き付けられました。


「お二人にお願いしたい。

 神の名を争いに使わないで欲しい。

 神の名は、それだけで尊い。それ以上でも、それ以下であってもいけない。

 所詮、私達は人間なんだ」


 後日、ブラシス司祭が私に言いました。

「あの魔導士殿は、極めて神を疑っています。

 しかし、それでも。王都の大司教達より、神の御前で正直です。

 あの男。何を見て、感じてきたのか…」

「本人に聞けば宜しいのでは?

 あの人は、割と何でも話してくれますよ?」

「それが、聞くのが恐ろしい…」

 解る様な。解らない様な。


******


 新年の休みを終え、晴れ間を縫う様に私達は仕事を始めました。


 鉄道公社の監督様が悩みます。

「もう少しなのだが…何せ斜面が厳しい。

 設計図では相当な距離の山を切り崩すのだが土魔導士達が困難を訴えている」


 その訴えを聞いた魔導士殿。

「いっそ私がチョイヤーって」

「正直お願いしたいが、それはザイト殿の本意ではないでしょう。

 貴方が仰る通り、この便利な鉄道はゴリア全土を結ぶ。

 その時、貴方頼みでは。我々に経験が残らねば、先が無い」


 監督、フランジ男爵様でしたか。この方も誠実な方ですね。


「では、こうしますか。

 通過する時間はかかりますが、ちょっとした名所になるかも知れませんね」


 そう言うと、ザイト様は問題の山道の西側に、大きな円を描きました。

 更に、白い紙に山を描き、そこから大きな円を描く様に、三階建ての輪の様な線路を描き、西側の道に繋げる線路を描きました…


「鉄橋よりは楽だと思います。使う鉄の量は何倍にも膨らみますが。

 高低差を円を描く様にゆっくり回って上り下りする。

 出来ますか?」


 監督様描かれた絵を注視し、

「早速土魔導士達に指示します!」

 と去って行きました。


 その日の内に、土魔導士達が現場に向かいました。

 そして雪の舞う中、巨大な石の塔を円を描く様に立ち上げたのです。


「もう少しだ!ここを完成させれば、王国の東西が繋がるぞ!!」

「おう!」「やろう!」

「雪解け前に全部の道を繋げよう。

 西側では食料が底を突きつつある。麦も肉も持ってってやろう!」


 その知らせは鍛冶場にも伝わり、鍛冶親方のメイスン様が

「直ちに詳細な図面を描け!全部カーブの鉄骨だ!計算を誤るなよ?!

 アイツを呼んで作業場を広げさせろ!どうせ朝飯前だろう!

 アイツと俺達の手で世界で最初の環状鉄橋を作ってやるぞ!」

「「「応!!!」」」

 この寒さの中でも、ただでさえ暑苦しい製鉄所に、一層の熱気が燃え上がりました。


「この世界で唯一の橋を、お嬢様の名を冠してツンデール・ループ橋と名付けたいんだが、いいかな?」

「え?」

「皆!お許しが出たぞ!」

「「「おおー!」」」「「「ツンデール様に神の祝福を!!!」」」

「ヤメテー!ハズカシー!!」

「「「ツンデール様は神に祝福され給う!!!」」」

 これは止めても無駄な流れですわ、トホホ。


******


 月の神の月(2月)、中郭の外に、甲高い笛の音が響きました。

 何事?そう思って館を出ると、長屋からもみんなが城門の外に出ていました。

 鉄道が中郭の城門の外まで伸び、そこには…

 煙突の上の箱から白い煙を吐く、黒い円筒を横倒しにして、その下に鉄の棒で結ばれた大きな鉄の車輪を付けた、巨大な…馬車?


「オー!お嬢様!見てくれー!」

 いや言われなくても見てますけど?何ですのこれ?

「ザイトの考えで作った、石炭で湯を沸かしてな、湯気がピューっと噴き出す力を使ってこの車輪を回す、馬の要らない馬車を作ったんだ!」

 馬の要らない馬車?それ、馬車ですの?


「湯気で動く動力。蒸気機関車だ!馬10頭分の力があるぞ!しかも疲れ知らずだ!

 全く!ちゃんと走るまで何台湯気で爆発したか解ったもんじゃなかったぞ!」


 湯気…馬10頭…爆発?!

 全く訳が分からない中、横からマッコーが。

「あの…それだと、王都まで、それにサンズーノまでも1日でついてしまうんじゃないですか?」

「そうだとも騎士様!この鉄の機関車が王国を1日で行き来出来るんだぞ!

 これから雪をかき分けて進む実験をやるぞー!!」


 集まった皆は、ただひたすらにポカ~ンとしているだけでした。


「わ、私も行きます!!」

「おう!もう爆発しねえぞ!」

 何?怖?!


******


 私とマッコーは急ぎ冬の旅を支度し、機関車へ向かうと…貴族の使う馬車を長く設えた様な荷車…「客車と言います」客車に案内されました。

 中は、暖かい!

「機関車から出る熱を引いています」

 色々考えているのですねえ。

 汽車は再び笛を「汽笛と言います」そうですか。汽笛を鳴らして、激しく湯気を空きだしながらゆっくり進み始めました。

「「「おお~!!!」」」

 外の皆の驚く声が聞こえ…あっという間に皆が遠ざかってしましました!

 瞬く間に駅へ。道の真ん中に、石畳に挟み込んだ様な線路が敷かれていました。

 駅前を曲がるとナラックに向かう線路に入りました。

 ちょっと左右に揺れますね。しかし馬車よりはずっと乗り心地がいいです。


 そして、いずれ王都へ向かう鉄道に入るとおおおお!

 速!速ー!!

 いつもの鉄道馬車も早いですが、その比じゃありませんわー!あ!もうナラックの駅がー!飛んでくる様に近づいてー!

「只今~、本列車は一時あたり10歩(20km/h)の速度で進んでいま~す」

 客車の天井にある鉄の管から、ザイト様の声が…え?10歩?

 そして、ナラック駅では、別の貨車が前に繋がれた様です。


 再び機関車が走り出すと、そこは雪の舞う森。

 先程までではないにしろ、機関車は…人の背丈ほどの雪の積もる中を進んで?

 窓の外では、鉄道の左側に物凄い勢いで雪が吹き飛ばされているではありません事?

「只今~本列車の先頭に~、雪を掻き込んで鉄道の外に吹き飛ばす除雪車を接続していま~す」

 客車から見える道は、確かに窓よりも高く降り積もっていますが、不思議と後ろの鉄道は、雪が取り除かれています…何故?


「本日は~鉄橋を通過し~トンネルを通過する地点まで~試運転を行う予定です~」

 聖誕祭の前に拡張したトンネルですね?

 と思っている間に、ジゾエンマと王都を隔てる峡谷、そこを繋ぐ鉄橋が!

「あ!足元が!速い!高い!こ、怖いー!!」

「只今~東ジゾエンマ鉄橋を通過しました~」

 そしてトンネル。

 え?こんな直ぐ来れる距離でした?

 そのトンネルもあっという間に抜けると、そこも雪景色でした。

 機関車はなおも進みます。


「ほほー!こりゃ王都まで行けちまうんじゃねえのか?」

「前触れ無しに王都に乗り込んだら、思いっきり警戒されるよ。

 悔しいけど予定通り信号所で折り返そう。それにしても思ったより快適だ!」

「オマエの考えたバネ、あれのお陰だ。苦労したぞ?!」

「素晴らしい出来だ!帰ったら祝杯だな!」「おう!」

 ザイト様とメイスン様が楽しそうに話しているのが管から聞こえます。


 信号所と言われた、雪に埋もれた場所。

 機関車が除雪車と呼ばれた不思議な荷車を押しながらすれ違い、今度はジゾエンマ側に繋がりました。

 今来た道を返るのでしょうか?あああ?あー!

 来た時より速いー!!


 あわあわしている間に、私は元の中郭城門前に向かっていました。

 周りには、城の仲間達だけでなく、鍛冶場の男達も集まっていました。

 彼らは手を振って私達の乗る機関車を歓迎しました。


「やったぜザイト!試運転は大成功だ!」

「まだ走行後の各部点検が残ってるが、これで大雪の中でも汽車を走らせられる目途が付いたな!!」

「よし!風呂入って乾杯だー!」

「お嬢様、鍛冶師連中も館に招いて宜しいでしょうか?」

「え~。子供達が驚きます。内郭の館ならよいでしょう」

「では。お嬢様もお越し下さい。初の乗客としてご感想をお聞かせ下さい」

「は、はい。解りました」

「よし野郎共!祝杯だ!」

「「「応ー!!!」」」


 そのまま、なし崩し的に大宴会になってしまいました。


******


 機関車というのは物凄い速さで進むもので、今度はサンズーノに向かう路線を走りました。

 そして、その日は支援物資を積んで雪の中を進み…

「ま、丸い、橋?」

「只今~、本列車は~、世界初のループ橋~、ツンデール・ループ橋を通過し~」

「ヤメテー!!」

「三段の円型の鉄橋を走破し~約~半歩の距離で~高さ四半歩(500m)の断崖を~緩やかに上り下り致しま~す」

 そんな凄い橋ですの。確かに、雪の舞う中、円形の橋が大きく聳えています。そこを私達はグルグルと眼下に朧気に見える平地に向かっていきました。


 前と同じに雪を吹き飛ばして進むと、左手にはサンズーノ側が。そして、私達が夢を込めて開拓した三角州が!


 私の故郷が。

 かつて何日か掛けて辿り着いた新天地ジゾエンマから、こんな簡単に、あっという間に、座っているだけで来れてしまうなんて!

 そこから機関車は川沿いを離れ、実家のある領都へ向かいました。


******


 雪に埋もれた景色の中、「あーあれが駅ねー」と一目でわかるオリエンタルな建物が見えてきました。

 そこは雪が掻き出され、人の姿が…クローネが!


「ツンヅール様~!」

 何だか優し気な北の訛りが。

 速さを緩めた機関車が駅のホームにゆっくりと到着します。

「クローネ!」「ツンヅール様ー!!」

 久々の再会に思わず手を取り合いました。


 今、ジゾエンマとサンズーノは鉄道で繋がり、僅か三時(6時間)で往来が可能になったのです。


 心無しか、この地での雪も弱まった感じがしました。

 次第に暖かくなる中、蒸気機関車は2つ、3つと出来上がります。

 試運転も進み、鉄橋やトンネル、猛獣の出没地点での安全強化も進みます。


 春も、もうすぐです。

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