20.新たな仲間は事情色々 次なる令嬢現る

「これから大事になるなあ」

 商工組合に向かいつつ、商人娘トリッキが呟いた。

 彼女の言う通り、薪炭組合やその背後にいる既存の石炭鉱山を持つ貴族との価格交渉は難航した。

 貴族向け、大手鍛冶場に向けては高額に設定し、王都商工組合が認めた者だけジゾエンマへの買い付けが許されたと聞いて、一同が激高した。


「信用を価値と見りゃええんやで?信用をな」

 トリッキは包みを取り出してニヤリと笑った。

 悪臭と、赤く染まった堤の布から、心当たりある商人や貴族は顔を顰めた。


「こないだウチらが止まっとった矢先に、ち~と鼠が迷い込んでなあ。

 えかったなあ。これで信用の絆は出来たで?


 いつ鼠を送り込んでくるか判らん連中だって信用がなあ!」

 トリッキが包みを開けると、やっぱり中身は馘だー!


 一部抵抗する商人達もいたが。

 かなりの手練れを送り込み、それなりに出費した計画が失敗に終わった事を悟った大商人や貴族は言葉を発さなかった。


「ま、今後の態度次第、やろなあ。

 それにしても既得権益は侵さん、平民にしか売らん言うとんや。

 この冬は様子でも見とる事やな」


 結局、薪の需要はジゾエンマ炭が売れた分だけ下がった。

 余った薪は木炭にされ鍛冶職人に売れ、その分薪の相場も下がった。

 この冬の、既存の業界への不利益はその程度で済んだ。


 無論、この傾向が雪解け後にはさらに拡大する事は日を見るより明らかであった。

 そのため商工組合は、鍛冶用・貴族用の利益を既存の業者への補填と考えたのだが、具体的にどうするかは思いつかなかった。

 後で植林支援金とか選炭技術の公開とかのアイデアを教えてあげよう。


******


 王都の城壁の外に、職業斡旋場が建った。

 他領から定期的に来る失業者だけでなく、トレイタ伯爵領の治安崩壊によって山を越え、王都に辿り着いた元農夫、そして夫を亡くした女達で斡旋場は溢れかえった。


 元々真面目に働いていた者達でも「炭鉱夫」と聞いて敬遠した。

 しかしジゾエンマから求人用に絵入りで発行された説明書を見て、何人かが決意を固めた。

 噂を聞いて王都内のトレイタ難民までも斡旋場に殺到し、志願者は200を超えた。


 中には、ツンデールを攻撃したクソイケメンの領地、コモーノ伯爵領の併合によって失業した文官や、一連の不始末を起こしたトレイタ伯爵を批判して馘になった文官もいた。

 彼らは流石文官だけあってある程度情報を確保し、商工組合のお墨付きを得て、「この説明に嘘があったら賠償する」という条文を付けてジゾエンマ行を契約した。


 とは言え、そこはあの堅実そうなトレーダさん。

 ちゃんと人となりは見てくれて石潰しや他人の上に胡坐をかこうとする外道は弾いてくれた様だ。


******


「お嬢様!王都商工組合から…」

「団地建設チェースト!」

 外がやかましい様ですわね。

「あ~。働き手の話ですのね?」


 私の領は鉄鉱石に続いてリン鉱石も見つかりました。

 それぞれに向けて鉄道が、例によってあの。

「浄水層掘削、チェースト!」

 ホント外がやかましい様ですわね。

 あの要領でそれぞれの鉱山を結ぶ鉄道が出来てしまいました。


 そこで、往来する馬車にトリッキに

「もし王都で、意欲を持ちながら働く場に恵まれない人が居たら私が雇います」

 と、人となりの条件を仲間達と考えて頼んだのでした。

 無論、他人を平気で傷つける者なんて頼まれても追い返します。


 そして候補として面接を通過したのが、男50人、女120人、子供30人の200人。

 今の領民の倍ですが、日々掘り起こされる石炭が思いの外売れたお陰で、冬を越せる食料は確保できています。

 後は皆と仲良く暮らしていけるかですわね。

 男が圧倒的に少ないのが、心配のタネですが。


「中には元娼婦で、性病持ちの女もいるみたいです」

「それは、それでも構わないって言った魔導士殿に任せましょう」


 あの人の事です、パパっと直してしまえるのでしょう。

 何とも畏るべき力でしょうか。

 かつて強姦され、なすすべもなく体中が腐って死んでしまった村の女達。

 あの悲惨な梅毒を治せるなんて、神の御業ですわ。


「これからも増える見込みです。

 むしろ受け入れられる上限を決めないと」

「200人もいれば大丈夫でしょう。

 それに男性だけ、女性だけなどと決めてしまうのも…

 薄情ですわ」


 その人達を連れてきた使者の方に、募集終了を伝えましょう。


******


 雪の舞うその日の夕方。


「「「ほげえ~!!!」」」

 やっぱりそうなりましたか。

 移住者を迎えたマッコーが「全員ほげえ~って言ってました」と報告してくれました。


 そして鉄道馬車で「「「あぶぶぶぶ」」」と目を廻し、

サイノッカに着くと「「「ほんげええ~!!!」」」と再び目を廻した様です。

「今日は遅いので彼らには三の丸の兵舎で軽食を取って貰い、明日面接します」

 この辺も事前の取り決め通りです。

「子供を連れた母親で、体調の優れない者はいませんか?」

「既に魔導士殿が治療に当たっています。性病患者も同様です」

 動きが早い事。


******


 外郭「三の丸です」はあ。

 三の丸の商工会館。ナラックより王都風の石造りの館で、私以下と面接が始まりました。

「夫を戦にとられ」

「その夫が殺そうとしたのは私なのですが」

「農夫には徴発に逆らう事など出来ません」

「しかし我が領の女を犯して殺そうとしたのですが」

「その罪を償わせて欲しかったのです。

 しかし寧ろ村や王都にいた時より手厚く迎え、食事まで頂けました。

 この地に住むのを許されないのも当たり前です。

 しかし、私には動かせる手足があります!

 何卒、この手足で、償わせて下さい!」


 誠実そうな人だ。商会の判断とも相違なさそうだ。

「あなた、病気は大丈夫?」

「昨夜魔導士ザイトと名乗られる方に治した、と言って頂けましたが。

 もし体が腐り始めたその時は、私もこの子もこの地を去ります」

 この母親は、悲痛な決意を込めて話してくれました。


 魔導士殿の方を向くと

「この人と、お子さんの中に潜む、梅毒を引き起こす目に見えない病気の元は焼き尽くしました。

 信じられないと言うのであれば、3年経ってから考えて欲しい」


 性病には長く大丈夫な時期があって、数年後に鼻が腐り落ちるそうです。

「この人はね、この街を作った偉大な魔導士です。

 貴女はもう病気も飢える事も心配する事無く、働いて、子供を育てて。

 働いている間は私達が子供を世話します」


 この人は子供を抱えて泣きながら私達に感謝した。

「但し、自分も、一緒に働く人も怪我しない様、安全の教えを必ず守って下さい」

 私の言うべき事はこの位だった。


******


「私はトレイタ伯爵の家臣、エバリオ男爵である!

 男爵令嬢、我が家は用意してあるのかね?」

 これまた妙に芝居臭い言い回しですわね。


「王都にお戻り下さい。ここにはそんなものありません」

 商会の調書とは真逆の人物でした!!こんな人物御免被ります!


「宜しい。ではどこに寝泊りすれば…」

「王都の貧民窟か怠け者の家(失業者の寄宿舎)でも、害獣の腹の中でも勝手にどうぞ」

「素晴らしい。私を爵位ではなく人柄を見て采配しようとは」

「采配もしませんのでお引き取り下さい」

「は…いや、試すような振りをして悪かった」

 何を今更、ムカツイタのでここは引きません!

「どうでもいいですのでお帰り下さい」

「いや私が悪かったー!」


 この男爵はまるで農夫の様に私に頭を下げました。

 私、まだ男爵の爵位も持たない、唯の子女ですのよ?


「あの様な富を惜しげもなく、平民にのみ安価で供するというツンデール令嬢の、お人柄を知りたく芝居をしたのでしたー!」


「貴族なら頭をそう易々と下位の者に下げるべきではないのでは?」

「いえ!

 私は尊敬すべき人に仕えたく存じます!

 聞けば石炭のお話も、この開拓者募集の話も、全て世に苦しむ人を救わんとして始められたとの事!

 我が領主にその様な気持ちが少しでもあれば、私にそれを留める力が少しでもあれば!」

 この言葉、本当かしら?


「我が一族、爵位を返上してこの地に住む人々のために働く事を誓います!

 返上した爵位は、ジゾエンマ男爵の采配にお任せしたく存じます!」

 え?ジゾエンマ男爵?

「これほど王国に尽くされた功。陞爵されるのは当然かと。

 それも春には」

 魔導士殿もそれに頷きました。


 それはさておき。

「ではエバリオさん。石炭の採掘をお願いします」

「はっ!我が妻と子はどの様に」

「お子さんはまだ10歳。城で教育を授けます。

 奥さんは面接の後決めます」

 というかこの方、文官ですわよね?炭鉱夫でいいの?

 魔導士殿は更に頷きました。


 結局面接では奥様も炭鉱夫に志願されました。

 肌の白い、いかにもお嬢様と言った感じの方ですが宜しいのでしょうか?


 その後何人が、元下級貴族で文官だった方々が、下働きでも、と苦しい労働を志願しました。


「彼らは、この領を下から見たいんじゃないですか?」

 魔導士殿がヘンな事を言います。いえこの人いつでも変ですけど。


「普通に文官を志願してしまっては、現地を見る機会の無いまま地をどうすべきか机上で計算するよりありません。

 現地に学ぶべき、領民の多くを占める平民女性の意見を聞くべき。

 そう考えたんでしょうね」


 貴族たる者が、そこまで考えてくれているとは…


「その内彼らなりの意見を纏めて、この領を発展させるアイデアを持ってくるでしょう。

 それが楽しみです」


 結局この人には全部お見通しだった、という訳ですね。

「いえいえ。あの時お嬢様がきっぱりお断りしていなければ、彼らは妻子を連れてこの地を去ったでしょう」

「そうですの?」

「おそらく、奥方様とも相談し合って決めた芝居なのではないでしょうか。

 それに。夫婦揃って決して華奢ではなかった。


 多分、貴族としていざという時は戦える様、鍛錬は欠かしていなかったのでしょう。

 かなり有望な人材が来てくれた、私はそう思いますよ?」


 そうですか…まずは、あの人達の働きぶりを見ましょう。


 そして後の人達には、問題のありそうな人はいませんでした。


「いえ。元娼婦の何人かは、隔離しましょう」

 え?

「病気は治したのではないですか?」

「心が、依存症になっています。売春婦の心の病です。

 彼女達は、今後身持ちを固めた夫を奪う様に振舞うでしょう」


 そんな事が?

「娼婦の中には、男の歓心を買う事に依存し、男の愛情が無いと生きていけなくなる人といます。

 勿論体も、そして心も。

 そういう思いに囚われてしまう、心の病に侵されます。

 勿論、娼婦である事を割り切り、仕事として妙に遜る事の無い者には、むしろ問題ないかと思います」

 そういう物でしょうか…


「でも、あの人達もあの忌々しい戦いの前までは普通の農夫だったのでは…」

「王都に来て、そうなってしまったんでしょう」

「ではどうすれば…」

「追い返せません。そうすれば皆が不安になります。

 心を治すしかありません。

 これは商工組合にツケを払ってもらうしかありません」


 一体どうするつもりなのでしょうか?


******


テレレ↑令嬢紋⇔王紋レー↓ヒェッ↑


 一方、王城では!


「200名。それだけでも救われた、という事ですか。

 で、1000人近い、ゴロツキ共はどうしましょうや?」

 相変わらず美貌のメリエンヌ3世は、深刻な表情で報告を聞いていた。


「商工組合の斡旋場から叩き出されたそうです」

「王都からも叩き出したいですが…むしろトレイタの地を再開拓させるできかと」

「これから雪で道が閉ざされます。いっそ凍死するのを待つべきかと」

 宰相たちが無責任な希望的観測で物を言う。


 すると俊足の側近、フリランナ男爵が挙手して行った。

「いえ。むしろ凍死するのは、奴等ならず者に家を奪われるであろう善良な王都民でしょう」


 想像以上の治安の悪化を前に、宰相達は頭を抱えた。

「いっそ強制的に別の、死刑囚が送られる鉱山開発に叩き込んでしまえば」

「無法者の男はそれでいいでしょう。

 但し、相手は千人近い兵士経験者達です。これを抑え込もうとすれば。

 軍の動員を5千人要請します。例え雪が降ろうとも」

 どうにも現実的ではない様だ。


「後、王都商工組合から嘆願書が来ています」

「何ですか。アイツら今頃ウハウハ言ってるのでは?」


「いえ。ジゾエンマに斡旋した女性労働者の内、王都で娼婦に堕ちざるを得なかった旧トレイタ伯爵領出身者20名が、心を病んでおるとの事です」

「そんな事言ったら王都の娼婦だってそうでしょうが!!」

「修道院を開設したいので資金援助と信頼できる聖職者の派遣を求めています」

「それには応えましょう…いや待って!」

「は?」

「私も行きましょう!」


 何だってー?!

「だだだ駄目ですよ女王陛下!」

「もう雪のシーズンですよ?!」

「もし馬車が破損でもしたり盗賊に襲われでもしたら」

「では密かに変装して行きます!商工組合のトレーダに連絡なさい!」


 キター!


******


テレレ↑王紋⇔令嬢紋レー↓ヒェッ↑


 その頃、当主を失ったサンズーノ男爵家では!


 サンズーノ男爵館、ツンデールの実家に、一人の少女が館に入った。

 いや、少女というより、既に成人である16を超えた、美しき、しかし逞しさも伴った淑女である。


「スンズーヌ男爵家、領主代行クローヌ。本日よりこの地ぃ治めるじゃ!」

 だが、訛ってた?


「それにすても、村人死んだ様なまなぐ(目)すてあったばって、冬越せるのがな?」

 やっぱスゲー訛ってた!


「その算段も立たない故、お嬢様にお越し頂いたのです」

「まんずどうすべがな~」


 サンズーノ城攻防戦は、サンズーノ家とコモーノ家がにらみ合って冬を待てば決着つかずでドローになってた程度の瑣事で終わる筈だった。


 しかし。

「お前んトコ借金まみれだろ?盗賊も多いだろ?

 娘んとこ婿入りさせればウチが面倒みてやんよ」

 とコモーノに唆された愚かなサンズーノ男爵が婿入りや敵侵入を許したため、こんな事になったのだ。


 なおツンデールの兄、嫡男となるべきだった男子は王都で放蕩三昧。甘やかせてきたツケが回って来た。

 逆に駄目親の影響を受けず、農民や騎士の娘達と地道に働いてきたため、ツンデールは正しい心を育てる事ができたのだ。皮肉な事だ。


 寄り親のマモレーヌ伯爵が領地救済のため、先行きの怪しい嫡男を排除し、北方の地で真面目に領主を補佐しつつ鍛えていたサンズーノ家の遠縁にあたる令嬢クローネ

…ちょっと訛ってたけど、クローネを代官として派遣したのだ。


「こった飢えだ地ぃ、何どがすたっきゃ男爵だどしゃべらぃでも(言われても)なあ…」

 ちょっと、じゃなかった。


 雪の降り始めた、元は肥沃だった大地を見て、クローネは溜息を吐きた。

「そういやツンヅール様、どーすてらんがな?

 どーせすぐ何もでぎねば、一遍挨拶さ行って見るべかな?」

 この身軽さもクローネの魅力だ。


「でもなー。どの面下げでって気もすんなー。

 ま、文だけでも送るべがあ」

 てかそろそろ雪が激しくなるんだが。

「雪の合間見て行ぐっかあ」

 北で暮らしていただけあって、天候が読める人みたいだ。


「先ずは、貴族ど騎士のえー(家)から麦集めて、飢えそうなえ(家)さ配るべが」

 そしてやるべき事も出来る娘であった。


「我々には麦を使う予定があるのです!」

「お嬢様!貴族には矜持と言う物が!」

「それが出来てねはんでこったごどになってらんだべな。

 村人が飢えて死んだっきゃ来年は領地召す上げ、我もおめも晴れて爵位召す上げで平民さ」

 ここに来て、あの愚かな老人を諫められなかった愚臣も、それがどういう結果になる事なのかを悟った。


「自業自得さ。それが嫌だば、みんなで冬越さねば」

 この田舎っぺ令嬢。出来る。

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