18.ビックリ!死の荒野紀行
「ヤッホー!また来たでー!」
あの感動的な別れから1週間後、またトリッキが来ましたわ!
「待ってましたわー!」
私達は、市の外郭門の前で再会し、抱き合いました!
「いやちょっと待ってな男爵令嬢!ウチは一介の市民やで!」
「あなたは大切な仲間ですわ!また会えてうれしいですの!」
「はは、そない言われると、こっちも嬉しいわ!」
「にしても、随分とまー、ごっつくなったなー」
市の門には内側の門の上に渡り廊下が巡らされ、外郭の四隅に三階の塔、門と塔の間には二階の塔が並び、住む人の無い街を守っています。
「しかも害獣瞬殺やな」
外堀には市に侵入できず溺死した熊や狼の死体。
騎士娘達が手際よく死体を回収して皮を剥いで、肉を血抜きし始めました。
「あれが今夜の晩飯かいな?」
久々に会った仲間は、呆れた様に言いました。
「それにしても、今回はお供が多いのですね」
トリッキさんのお供が前回の倍以上、馬車も大層な列が出来ています。
前回お越し頂いた方以外、市を見て茫然としてますわ。
「あ!いやいや、これは失礼致しました!
私は王都の商工組合長、トレーダと申します!
ジゾエンマ王領代官、ツンデール様に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
商人の正装を整えた、何か怖そうな逞しそうな男性が恭しく跪礼を捧げて下さいました。
「この度は遥々お越し頂き感謝します。双方、良い取引が出来ます事を望みますわ」
「にしても、この市…城?市、ナラック、かいな」
「ええ。かつて期待されながら失敗した開拓村の名前を採りました。
先人の無念を晴らすためにも」
ナラックの商工取引所へ一行を案内し…
「どえ~!街が!街が出来とる~!!」
王都の様式で建てられた駅舎から北に、中央に舗装され、燭台の様な柱が立ち並んだ道が伸び、その両側には二階建て…一回は木の板で囲まれ、二階は白塗りの壁に格子窓が並ぶ。瓦を葺いた、城の様な建物が並んでいました。
その先、十字路には屋根の上に望楼が乗せられていて、正に城の塔みたいでした!
これ、この人の趣味というか地元のスタイル丸出しですわね?!
「趣味で正解です」そうですの。
「こちらは出店を希望する商会に貸し出す予定です。
一階が商品展示場と取引場、二階が事務所、奥に応接室に会議室、更に店長の自宅があります」
「の、後程見学させてもらって宜しいかな?」
「ご案内します」
「先ずは石炭の取引の話を先に希望したいが…」
「では、正面の商工取引所へ案内します」
魔導士殿は待機させていた馬車に一行を乗せ、取引所へ。
余りの乗り心地の良さにトリッキが。
「うわ~、こりゃ土魔法やのうで、木魔法?風魔法?」
「マニア砲です」「なんやそれ」
私もわかりませんのよ?
後で聞いたら「衝撃吸収軸です」…やはりわかりませんわ。
「駅は王都風で、こっちはオリエント風かあ…」
組合長のトレーダさんが取引所を見上げて言います。
「檜が香ばしい…柱も素晴らしい。
これを魔法で仕上げるとは…うわ!」
中は更に技巧を尽くした装飾!金まで使われていますわ!
「ここは金まで採れるのか…」
「あれは真鍮ですよ。ここでは銅も亜鉛も採れません。私の私財です」
そうですか、それにしても…
「そうか。しかしこの加工技術…」
「商会長、この者の魔法、あまりお気になさらない方が疲れずに済みましてよ?」
私は自分を戒める様に言いました。
「いやいや!この漆の様な天井の格子と言い、中に描かれた金粉を使った鳥や花の絵と言い、描かれた鳥獣の知識と描写力と言い…」
「それも含めて、気にしたら負け、ですわ」
「そうなのか…」
「オッチャン、あんましガッ突くと金の卵に足生えて逃げるで~」
「そうなのか…」
******
そしてこれまた豪華な会議室へ。
「気にしない方がおかしい…」
「まあ気にせずに。まずは改めましてご来訪を歓迎しますわ」
再度自己紹介を済ませます。どうやら商工組合だけではなく、商機を掴もうと挑んな商会の方々も5名程いらっしゃる様です。
「私共はトリッキ商会と独占的な契約を行っています。
なので商工組合であっても、他の商会の皆さんであっても、直接の取引は致しません。
トリッキ商会の承認の元で条件を固めるのであれば、その限りではありません。
トリッキさん。如何でしょう?」
トリッキさんが話し増した。
「私は、この領の商品を、利益のために売買する意思はありません」
例え巨利を見込めようと、貧民救済。国土保全。
あくまで慈善活動として取り組むつもりです」
あらいつもの訛りではないのですね?
そして驚く皆様。組合長様は…難しいお顔をなさっています。
「あのトリッキが慈善活動?」
「この金の生る木を目の前に?」
「いや、それは口先だ!絶対裏があるだろ!」
散々な言われ様です事。
「聞こえてんで自分ら!」
あ、訛りが戻りました。
トレーダさんが発言しました。
「商工組合としては、良質な商品があまりに低い価格で流通するのは見過ごせません。
既存の商品の価値を破壊し、流通関係者、生産者の生活を破壊する危険があります。
それに、貴女方ジゾエンマ領としても資金を得てこの荒野を…
失礼、魔導士殿がいらっしゃるのでしたな。
しかし、自らの富に加えても恥じ入る事は無いでしょうか?」
「あのなオッサン!こないだも言うたやろ?!」
「トリッキさん。その点は私から」
「お、おう」
彼女の言葉の続きを引き取りました。
「確かに既存の業者様へご迷惑をお掛けするのは本意ではありません。
しかし、この地で王都に、この国に住む人達が冬を越すための命綱である燃料を提供するのは、私共が生き延びるためだけではありません。
薪は森を潰し、街に煤を広めます。
それはこの国に住む皆に帰って来てしまいます。
私達であればそれを抑えられる。
煤で息苦しくなり、病に倒れる人を少なくできます。
その炭が薪より高ければその願いも消えます。
もし貴族の館や鍛冶場が大量に火と熱を求めるのであれば、森を守り煤を抑える仕組みを作らせるべきです。
私は、勿論この地に住む皆を、私の仲間が食べていける様に振舞うべきです。
しかし過分な富を求め王都を煤まみれにすることは良しとしません。
どうか、街に暮らす普通の人達が今まで通り暖をとれる範囲での商売を、お願いします」
私は頭を下げました。
「あー、ツンデール代官様、貴族令嬢である貴女は平民の私達に頭を…」
「下げて通る頭でしたらいくらでも下げます!
苦しむ人達を救うため、細りつつある国を救うためにも、何卒ご理解を!」
皆さまの反応は様々でした。
商会長さんは天を仰いで困り顔。
他の商人さん達は、涙ぐんでいる方、下を向いて様々な勘定をされている方、記録を取られている方等。
「どうするか?」
「でもこの商材だ、4~5倍でも買い手がつくぞ?」
「俺たちの利益に口をはさむ権利が生産者にあるのか?」
「普通なら無いが…ここは普通じゃないし」
「黙れ!」ドン!
わ!トリッキさんが机を叩きましたわ!
「あんさんらも聞いとったやろ?このお嬢様の言葉を!
そんで商人ならキッチリ調べとるやろ?この領の噂を!
肝心なのはな、このお嬢様が何のためにこんな地獄の一丁目で商い始めたかって事や!」
トリッキさん、そんなに怒らないで!
「この御仁らは、盗賊に襲われ親や夫を失った女達の集まりや!
貴族のお嬢様ならそんな平民なんぞ見殺しにするのが当たり前やろ?
でもこのお嬢様はな!そんな女を救うために、自ら鍬を取ってな!
川が溢れれば沈んでしまう中洲に土と石を積んで!
誰も見向きせんかった地に麦を実らせ!
それを横取りする奴等と戦ったんや!勝ったんや!
あんたらにそんなマネできるか?
君はァ~!人のために死んねるかァあ~?」
「ちょっとトリッキさんそこまで」
「言わしておくんなツンデール!
ここは言わなアカン事や!」
私は内心嬉しく思いました。
「ウチの内心バラしたる。
ここは黙ってても、宝の山になる。
でもそれは、この地獄で!女手で!生き残る覚悟を決めた人らがおるからや!
損得勘定を越えた想いがあるからや!」
ありがとう、トリッキ!
私の想いを私の代わりに叫んでくれた、私の、仲間。
「商人はな、損得だけなら三流や!
人の想いと想いを繋いで、そっから手間賃を頂いてやっと二流や!」
あれ?それは一流じゃないの?
「そんで、世の中が上手く回る様にまで考えて、それでこそ一流になれんのや!」
なんという徳の高さ!
それは既に王とかなんとかではありませんの?
「このお嬢様は一流や!
ウチは、このお嬢様の夢を叶えるため、ウチの夢を叶えるためにここに来た!
あんさんらはどうや?
二流で終わりたいんか?一流を!この国皆を幸せにして、ほんで利益を得る。
そんな一流になりとうねえんか?」
******
トリッキさんの激情の劇場に気圧されて、組合長さんや商会長さん達は黙り込みました。
しかし…
「石炭。それに宿。水に飯。東西交通。それだけじゃ終わらないって事か。
他に何があるんだ?」
「それは覚悟を決めてからや。なあツンデール様?」
「様は要りませんよ、トリッキ」
あ、また組合長さんが驚きました!
「そうだな。先ずは、目の前の商売を軌道に乗せよう。
生産量と輸送量。輸送可能な期間、つまり王都への道が雪に閉ざされるまでの日数。
そちらが必要とする対価、食料、飼料」
「そんだけじゃあらへん」
「勿論末端価格の調整、既得権益つまり薪炭組合との棲み分け、既存の石炭貴族との調整も王都デリーの商工組合が約束致します」
「感謝します」
「この地を、唯の市場や鉱山では終わらせない様、このトレーダ、神に誓います」
「トレーダ様。神に誓うのはお止めなさい!」
今まで口を出さなかった魔導士様が言いました。何故?
「人間の行いは完全じゃない。神に誓う事なんか出来ないと思うべきだろう」
聖典の言葉を用いていますね?
「そうだった。改めます。わが命を賭けます。商人の誇りを懸けます」
そこからの商談は具体的で仔細に詰められ、先週のトリッキに続いて二度目の契約が交わされました。
参加した各商会にも割り当てが行われ、王都の少なくない世帯に石炭が行き渡る事となります。
来週には、この冬を越す心配は無くなるだけの物資が届きます。
よかった!みんな飢える事がなくなりました!
私達があの地、追い出されてしまった大地で夢見た夢が一つ叶ったのです!
「でもなあ。もう一つ」
「それは私が」
「流石ザイトはんやな。サスザイ、ってとこか?」
「いやそれやめて」
あれ?トリッキと魔導士殿がなんか重要そうな事をサラっと片付けてしまいました。
******
取引所を出た一行は、内郭のテンシュを眺めて「ほえ~」って顔してました。気持ちは良く解りますわ。
そして駅に向かい、途中の商店の建屋を見物します。
一階の板壁は全て外れ、天井のシャンデリアが光り、中は明るい商品展示場…
何か既に鉄製品が置かれていましたー!
「これは農具?」
「剣とか武具もある」
「「「て…鉄砲!!!」」」
いつの間にこんなものをー!!そのもう幾つか目!!
「ここはイメージとして物を置いていますが、王都から鍛冶士を呼べばこの地で採れる鉄鉱石と石炭で鍛冶場が作れます。
そうすればこの地で鉄製品がこの様に店頭を飾り、道行く人々の目に触れるでしょう」
魔導士殿が確定事項の様にトレーダさん達に説明します。
商人の皆さんも店の造りや、一度外に出ての店と商品の見え具合を確かめるのに必死です。
内部は、あの取引所程ではありませんがサンズーノ城の屋敷同様木の香りに包まれた落ち着いた商談場や勘定場、二階には取引所の様な金の絵で飾られた応接室。
道に面した建屋の反対側には緑豊かな庭に泉。
その奥には従業員の暮らす長屋、その二階が店長の屋敷。
十字路に面した隅に立つ塔は、小さな応接間になっている様です。
「これは…死の荒野にこんな心落ち着く店が持てるとはなあ…」
「同感ですわ」
得意そうにニヤニヤしてる魔導士殿、久々に小憎らしく思えました!
******
「「「ほえ~」」」
駅に戻り、鉄道馬車に乗った御一行。
お持ちいただいた荷物と共にスイスイ~っと領都サイノッカへ進みます。
「これ、馬大丈夫なのか?」
「はい、鉄道の上で鉄の車輪であれば同じ重さでも滑る様に引っ張れるのです」
「あー!それウチが説明したろ思っとったのにー!」
賑やかですので。
「いやこれどんだけ鉄使ってるんだ?
伯爵家の剣も鎧も作れる量だぞ?」
そうでしょうとも。それこそサスザイってもんですわ。知らんけど。
またしても狼が来ましたけど。
「皆様耳を塞いで下さい」
騎士娘がそういうと、物凄い爆発音が!
皆が鉄砲で狼を撃ち殺しました。
馬車が止まり、騎士娘達が「狼、獲ったどー!!」と貨車に吊るして血抜きを始めます。
私の騎士娘、強すぎ!
******
鉄道馬車がサイノッカ駅に着いた頃には、商人様御一行は茫然とするのを止め、必死に考えを巡らせている様でした。
流石商人、これから起きる事、行うべき事を必死に予想しているのでしょう。
「また偉ろう派手に街作ってんなあ!」
全くですわ。
オリエンタルな駅から城門まで、今朝初めて見た街並。
あのナラックの市と同じ様な建物。
城の外郭の水堀には相変わらず熊とか狼とかが溺れでいます。
それを城の女達が引き揚げて捌いて。牧歌的です事。
「さっきの狼といい。ここの女達、狂…戦士か?」
「私の愛しい女達を〇上大輔みたいに言わないで欲しいな」
またオッサンが訳の解らない事を。
「害獣対策もさっきの…ナラック城やこのサイノッカ城なら問題ないだろうなあ」
トレーダ様が考えるの止めた感じの顔で言いました。
私達は馬車で城の南の門に入り、雁木状に曲がり、外側の門を入ると四方を囲まれる城門内へ。
「枡形門と言います」そうですの。知らんけど。
「フリランナ男爵から聞いていた門と同じか…」
サンズーノ城へ女王陛下の勅令を伝えたカッコよくて誠実そうな騎士様ですね?
流石王都の商工組合長ともなると事情通なのでしょう。
「腹いっぱいもいいとこだな全く」
同感ですわ。
「魔導士殿、本日の皆さまの宿は?」
「害獣駆除も済んでいないので、中郭に設えた迎賓館に用意しました」
またそんなものいつの間にか作ってホントに。
一行の馬車は中郭を囲む堀から城門へ、しかし流石にここまでたどり着いた害獣はいない様でなによりですわ。
それより御一行は、サイノッカのテンシュと、内郭を囲む三階塔の行列を見上げてまたも茫然としていました。
お気持ちわかりますわ。
******
迎賓館は王都風の屋敷。
内装も王都風で、御一行も落ち着かれたみたいですわ。
旅の疲れを温泉で癒された御一行は、歓待の饗宴に大喜びでした。
「これが熊の肉か!」「ワインで煮込まれて!」「狼も食うとは…」
「待て、これは香辛料か?」「ハーブだろうけど…」「この料理は王都でも流行る!」
「レシピ売りますよ~」オッサン…。
商人、我が領にも居やがりましたわ。
******
ガラス張りの…っていつこんなガラスを?!
「この窓はガラスなのか?」「透明だ…」
迎賓館の二階、サロン室の窓は高価なガラス張りでした。
いやいや?今まで駅も商工取引所も、全部ガラス張りだったんですけど?
外にはテンシュが照らされて白く輝き、室内は石炭が暖炉で燃えて暖かい。
そこで初めて気が付くのもアホですわ私ー!
「石炭、街道、宿、鉄、毛皮、ガラス。
とんでもない宝の山だなこの街は」
「だから、邪な奴はここに入れたらいけんのんや」
一同はワインを傾けながら…盃も勿論、ガラス製。
こんなの実家…サンズーノ領主邸でも見たことあるかないか。
最後に見たのは忌々しい敵の屋敷でしたっけ?!
「王宮や貴族はガラスも暖房も持っている。
値段次第では商家や上位市民、下位貴族がこぞって欲しがる宝だ」
「だからこそやツンデールさ…」
「様は要りませんよトリッキ」
「ツンデール。嫌な事を言わして貰うで。
この地は狙われとる!」
私の仲間は、何を言うのでしょう?
「デデデッ、〇ンリーウェー!」
このオッサンは何を言っているのでしょう?
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