17.友に誓う商いの絆 荒野に広がる皆の夢
これは、後からトリッキさんから聞いた話です。
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「お前さん、コイツを随分大量に仕入れたな。
しかもケタ違いに安くなあ!
俺に喧嘩売る気か?」
商工組合に来るなり、随分なご挨拶だな。
「あんなあ、いくらモノがええかて結局は薪の代わりやで?
温かさ勘定で、薪の半分の重さで済む。せやけ薪の倍額が相場。
場所取らん分値を乗せて、この額ちゅう訳や」
すると組合長、とんでもない事を言った。
「実はな。もう5万秤分の引き合いが来てるんだ」
「なにゅ~っ!!!」
「煤の出ない、高熱で燃える石炭とあって貴族邸や鍛冶組合から引き合いが来ている」
「全部お断りや!ウチはこの値段をな、『一般ご家庭向け限定』!!
それで勝ち取ったんやで?!」
「家庭向け…」
組合長はなんだか可笑しな顔で言葉を失った。
「お前は阿呆か?小口でチマチマ売るより大口の顧客を囲い込んだ方が余っ程いい商売できるだろうが!」
「あのなオッチャン。ウチは石炭なんかで荒稼ぎしよなんざ思ってねえんや。
これは…まあ何ちゅうか、慈善事業みたいなモンや」
「慈善事業?あのなあ、商人ってものはだな」
「まあ聞いとくれ」
「よし。だが、その取って付けた様なインチキ町人訛りは無しでな」
「お、おう。じゃない、はい」
それから私は、薪の乱伐が王国東岸の森の減少を呼び、将来砂漠化する懸念がある事と、煤塵が王都の空気を悪化させ、王都民の健康を害し、疫病を呼ぶ危険がある事を説明した。
「私はこの石炭を先ず王都民に普及させたい。
勿論将来的には貴族や、何より高温で製鉄する鍛冶組合にも卸したい。
その前に、薪炭組合、薪業者との敵対を避け、そちらの補償も兼ねて安価に卸したい。そう思ってるのよ」
説明を終えると、更にこの強面のオッチャンがマヌケ面を晒した。
そして、笑った。
「はっはっは!随分な大博打だな!
それで?あの地獄の入り口に行って持ち帰ったのが?
この質はいいけど薪の倍程度しかしない石炭だけか?」
「んな訳ないやろ!」
「何だソッチが地になったか?」
「あ…いやいや!そんな物じゃないわ。
本当のお宝はな、ジゾエンマまでの道、そのものよ」
組合長は渋い顔をした。
「確かにあそこまでは行ける。だが、行き止まりだ。
水も食料も宿も無い。熊や狼が襲ってくる。だから地獄の入り口なんだよ」
「違うわ。あそこには随分とな、立派な街が出来たのよ」
「街?」
「ええ。
水を湛えた堀と高い石の壁に囲まれた、街というより城よ。
水も食料もある。
宿も出来る。地の底から湧き出る熱い湯で泥を流して疲れを癒す宿よ!
この世の天国があそこに出来たのよ!」
またまたオッチャンがマヌケ面を晒した。
そして、私を鋭く見た。
「お前、次はいつ行くんだ?」
これはただ事じゃないな。
「石炭の代金と、代金替わりの食糧物資が集まり次第。
恐らく1週間程度」
「俺も行く。馬車で行列組んでいくぞ!」
「その前に家庭用の販路を薪炭組合に話を付けないと!
商工組合が彼らを裏切ったと思われかねないでしょうに!」
「そうだな。彼らを牽制しよう。
大口顧客へは売らない!市場を奪う事はしない。そう安心させないとな」
王都で取り組もうと思ってた大陸航路は後回しか…残念。
しかし私には、約束がある。
あの理想と慈悲に燃えたツンデールとの約束が。
熱く、正しく優しい心を持った人との約束が。
同時に、莫大な利益を齎す黄金の街道が!
そうだ、平行して貧民救済の斡旋場に声をかけ…
いや駄目だ。あそこ自体にはそんな良い人材はいない。いたらとっくに仕事に就いている。
では、斡旋場に受け入れられなかった貧民街の未成年?
手あたり次第に声を掛けても駄目だろう。
評判のいい、いや正直者が馬鹿を見る世界だ。評判の低い、それでお人よしを呼んで、賢さを探ろう。
「あと肝心なのは供給量だ。
ジゾエンマまでの道は険しく輸送量も限られる。
あそこはどんだけ石炭を掘れるんだ?」
「今の領民100人程度が分業して、日産15万秤、かな?」
「そんなにか?!」
「逆に領境の市…市場町からどう運ぶか。そっちが問題よ」
「いやいや!領内でもたかだか100人程度、そんだけ運べるのか?」
「まあ、それは見てのお楽しみって奴よ」
「お前、一体何を見てきたんだ…。
さっきの話はナシだ!ジゾエンマ行きを優先するぞ!
その場を見ん事には、頭の固い奴等を説き伏せる事なんざムリだ!」
このオッチャンも、やっぱり商人だ。
この、乗るしかないビッグウェーブに食いついて来やがったわ。
面白い!こんな面白い事があるから商人は止められないわ!
もう元の暮らしなんか御免よ!
待っていて、ツンデール。そして、謎の不細工魔導士殿。
あんた達の夢、私も仲間に入れて頂戴!
******
そして、石炭は売れた。
その日の内に、組合長が薪炭組合に
「貴族や鍛冶場に売らない、そっちの大口は侵さない」
と宣言した。
更に組合傘下の商会に、「試しに買って欲しい。但し従業員に限る。商会店舗や商会長は我慢して欲しい」と根回しをした。
翌日には各商会から「俺にも売れ!」という抗議と共に購入希望量と、代価の金貨が運ばれた。
結局各商会毎に販売量が調節され、全員痛み分けで渋々引き上げて行った。
私がジゾエンマから持ち帰った分は完売だ。
そして次の便が到着した頃には私も組合長も、そして「仕入れさせろ!」と意気込んだ商会もジゾエンマ行の支度を済ませていた。
こいつら頭おかしい。私が法螺吹いていたら全員行き倒れだぞ?
「トリッキ!お前無事帰って来たじゃねえかよ!」
そうだったー!
頭を抱えた組合長は無謀にも駆け付けた商人達を会館に集め、檄を飛ばした。
「全員、勝手に売るな!持ってきた分は全部薪炭組合に預ける!
その上で販売価格を厳守する念書を交わし、暴騰や大口への独占を禁止する。
奴等が約束を破れば全面戦争だ!俺達が勝つ!
だがそれは長年の信頼を破り、他の生産組合へ波及する。
それからジゾエンマじゃあ全員野宿だ!ちゃんと準備して来い!食い扶持もだ!
それでいいなら荷駄として付いて来い!」
「「「行ったらあ!!!」」」
やっぱこいつら頭おかしい。
それでも命賭けるって、やっぱ商人ね。商機に聡い、私の同類ね。
尚、薪炭組合はジゾエンマの名前を出した途端、怪訝そうな顔でこっちの申し入れを碌に吟味せず受け入れたそうだ。
こっちは逆に保守的ね。
私ならむしろ斥候を送り出して、ジゾエンマに卸しの交渉をするわ。
それを今しなければ、確実に市場を奪われる。
そして、あの暴力的な生産力と設備、そして流通上の地の利を抑えたジゾエンマに負ける。
組合側は出来てもせいぜい悪あがき。
もしかしたら、ツンデールさえ殺せば、なんて愚かな事を考える奴も出るか?…
いえ、確実に出る。物事は一番悪く考えても、それすら一番マシな状況って事なんてザラだわ。
まあ熊でも狼でも瞬殺するあの魔導士殿がいる限り、ツンデールは無事かも。
でも、あの娘が大事に思っている領のみんなは?子供達は?
もしかしたら一人でも命を失う事があれば?
最悪、ツンデールは暗殺者に戦いを挑むわね。
婚約者と実の親と戦った人だもの。
ハア。そんな鉄の女に愚かな戦いを挑む奴の尻ぬぐいも考えなきゃいけないのか。
私は商売だけしたいけど、それだけなんて許さないのも商売の内なのよねえ。
******
ジゾエンマでは、何人か怪我人を出していました。
炭鉱夫を交代制にしたのですが、足を捻る者や、不用意に鶴嘴を振って近くの子を怪我させる者が出ました。
魔導士殿は怪我人を治し、その場で仕事を止めて、何故事故が起きたか、どうすればそれを防げるかを、皆で考えました。
そして夜には安全を守る言葉と文字を皆に教えました。
石炭の取れ高は減りましたが、それでも同じ事故は起きてはいません。
同じことは選炭場でも起きて、手袋をせずに仕事に臨んだ子が手を怪我した、ふるい落としの隙間に手を挟んで怪我した、荷車を横倒しにする際自分も落ちてしまった、等々。
事前に決められた、安全のための決まりをつい破った子が怪我をしました。
「それは決まりを破ったからでしょ?」
「そうじゃない、決まりは必ず破られる。大事なのは、何故破るか、どうしたら破らずにすむのか。
そこまで考えなければ、いやそこまで考えても、安全はどこかでスルっと破られ、怪我が口を開けて待っているんだ」
魔導士殿の目は、料理組や子育て組にも光らせていました。
特に子供の怪我には。
「アンヌから目を離さないで!」
「リタが深いお湯に行っちゃうよ?」
女湯で子供達を洗っていると男湯から魔導士殿が注意を言ってくれた、という報告が寄せられました。覗き?
幸い
「私を覗いて~!」
「いっそ女湯へ~」
「もう全部女湯一つでいいんじゃないかな?」
と抗議が来ていないのが不幸中の幸い…
幸いじゃありませんわよ!混浴ダメー!絶対!
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そんな日々の中、領都の駅、もといサイノッカ駅から北東に延びる鉄道が忽然と現れました。
鉄道馬車に揺られて鉄道の先ま1歩強の道を進めば、荒野の先に赤い丘。
何もない場所に降ろされて不思議な景色を眺めていると、魔導士殿は…どこに?
「あ!あんなところにいますよ?」
丘の上まで一人で行ってしまっています。
「何て人ですの、あなたは?」
「いやいや、凄いなあ!」は?
「あれは確かに、黄鉄鉱、ボーキサイト、マンガン!
まさに知られざる大資源だなあ!」
赤い丘から見下ろす先には、微妙に色の違う、斜めに傾いた「地層」が見えていました。
「〇底軍艦作れるぞこりゃ」
この人、時々全く訳解らない事を言いますわね。
「鉱物採掘、チェースッ!」
魔導士殿が叫ぶと、赤い丘が削られて貨車に飛んでいきます。
これが鉄になるのでしょうか?鉄は黒いですよね?
「地表に出た部分は、空気中の酸素に触れて赤い酸化鉄、つまり錆になるんです」
「「「ほへー」」」
なんとなく言う事はわかる様な、解らない様な。
「子供達にはこの世の物を成り立たせる、元素についても教えて行きますよ」
「是非お願いしますわ」
確かに、この大地の恵み。
というか石炭にしろ鉄にしろ、それを生かすには学者並みの知識を持って、大商人並みの損得勘定をして、最後には国王並みの敵味方との駆け引きに勝たなければ、私達はサンズーノ中洲の様に奪われるばかりでしょう。
あの純真な子供達が、正しい心と深い知恵を持って、仲間達を守っていくまで私達が守らなければ。
結局守るのは私じゃなくて殆どこのオッサンなんですけどね!
******
さらに鉄道は一旦分岐に戻り、別の路線に進みます。
「この先には依然お話した鳥の糞、リン鉱石が待っています」
「いつ聞いても気乗りしませんわね」
「しかしお嬢様?
家畜の糞や小魚の死体だってよい肥料になるではないですか?」
「マッコーさんは賢いなあ」
そうですわ!私の自慢の友ですのよ!」
「嬉しい…魔導士様…トゥンク」
これ!マッコー!こんなオッサンに時めくんじゃありません!
着いた先は草原地帯…
ジゾエンマに草原なんてあったんですの?
ここからリン鉱石をサイノッカ公害に運び、雑草を生やします。
1年程土を寝かせ、輪作を始めてみます。
また水はけと日当たりのよい地にも運び、葡萄を植えます。
上手くいけば食料の自給自足が可能となり、念願のワイン造りも出来るでしょう」
「念願してるの貴方だけでしょ?」
「もっと美味しい、奇跡の様なワインもできますよー」
何それkwsk。
「皮をむいて醸した若い白ワインをガラスの瓶に閉じ込めて、厳重に栓をします。
瓶の中で2年も醸せば、口の中でシュワ~っとガスが口当たりと香りを広げてくれる、この世で最高のワインが生まれるでしょう」
「お嬢様!そういえば昔」
マッコーが言う通り、まだサンズーノにいた時。
騎士娘を集めて、みなし児を集めて、領地の農作業を手伝って小遣いを貰っていた頃。
ワイン農家に呼ばれて、収穫の手伝いをしたご褒美にと飲ませて貰ったワイン。
仄かに口の中でシュワ~っとして、とっても美味しかった事を覚えています。
その時、農家のおじさんが言った事が不思議でした。
「お嬢様。これは、ここだけの秘密だ。
この泡のワインはどこにも持ち出せねえ。
持ち出しても、泡が消えて普通のワインになっちまう。
この蔵の中、出来立てのワインだけの、秘密のワインだ。
領主様にも、内緒だぞ?」
あの素晴らしいワインがこの荒野に出来る!
気づけば、魔導士殿がニヤニヤ笑っていました。
あの、ワイン農家のおじさんと同じ笑顔で。
「ゆ…
夢は多いに越したことはありませんわ。
このリン鉱石も、皆で農地に、ワイン畑にしましょう!」
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