16.夢はでっかく!王国横断鉄道

 領都の屋敷当面。

 この領に必要なものを列挙し計算し、明日出荷予定の石炭に見合う分量を確認し合いました。

 一行が来た馬車にジゾエンマから貸し出す馬車4両分の石炭。代金は金貨6枚。

 当面の大麦はあります。肉もあちらから来てくれます。小麦や野菜、豆、果物、馬用の草等、そしてワインにエールを買います。

 豆や果物、領で採れた肉等は馬にも食べて貰います。

 豆はこのやせた大地でも育て、いずれは牧草地にするそうですが。

 できるのでしょうか?


「このお人がおったら2~3年でここら一面麦畑にでもなりそやな!」

 ホントにそうなりそうですわね…


 あと、水草も大量に買い付けるとか。

「それより子供へ教育するのであれば…」

「教材は私が用意します。本を買うとあまりに高額なので」

「最近は印刷というのが大陸で始まったそうですよ?」

「まあ、それも追々」

「あんさん!まさか水草で紙作るつもりやあらへんか?」

「まあ、それも追々」

 多分そうなんでしょうね。

 紙を作り、印刷を始めて教育。

 ここを王都か大陸の文化都市にでもするおつもりなのでしょうか?


 この取引が上手くいけば、2回目、3回目と取引は続くでしょう。

 そう願い、筆に魔力を込めて、私は人生で初めての契約書にサインしました。


******


 大広間には石炭仕事を終えた炭鉱夫組、選炭組が湯浴みを済ませ、寛いでいました。

 子育て組も子供達を連れてやってきました。

「みんな躾ええなあ!」

 トリッキさんが褒めますが、そんなもんでしょうか?

「メシの時間言うたら王都でもガキなんざ猛ダッシュやで?

 この子ら貴族か?!て位お行儀えーなあ!」

 そんなもんなのでしょうか?


 私は着席した皆を見て、各組の長の合図を見て、食前の祈りを捧げました。

「ほえ~」

 トリッキさんもちゃんとお祈りして!

「ここは村いうより騎士団みたいやな~」

 そうですの?


 そして。

「今日は、王都よりお越し頂いたトリッキ商会様と石炭を売る契約が出来ました!

 この冬は難なく乗り越えられる見通しが立ちました!」

「「「きゃー!!!」」」「「よかったよー!」」

「これも皆さんが力を合わせてくれたおかげです!有難うございます!!」

「お嬢様ー!」「魔導士様ー!」「抱いてー!」「妾にしてー!」

 何なんですの?ダメですよ?


 料理組がみんなにエールを注ぎます。私達にはワインですか?

「私達の新しい地での、初めての稼ぎと、良き商売相手に乾杯しましょう。

 では、トリッキさん、乾杯の合図を!」


「え?ウチ?いやあ~。じゃ乾杯!」

「「「乾杯ー!!!」」」

 この地に来てもう毎日が宴会ですわ!

 今夜も肉料理が運ばれて来ました!


「うま!こらうまいですよ!」

「ありがとうございます。料理組が一生懸命腕に縒りをかけたごちそうです」

「いやいやこないな肉や香草!

 …う~ん。150人分皆一緒に料理した方がええのか?

 しかも余っても…いやいや!あの子ら違うモン食べとる!」

 色々考えている様ですが、アレルギーについてもお教えした方がよいでしょうか。


「余った分は手を加えて明日の朝食にしてますので、無駄にはしませんよ?」

「お嬢様ら…一体何モンや…」


******


「王都で売れてるモノって何なんだい?」

「みんなオシャレにはいくら位金を使ってるの?」

「おいしいお菓子とかあるんですかぁ?」

 仲間達の質問攻めにトリッキさんもアワアワ…あとナゴミー?


「これから冬やろ?厚手の服と、何より薪や。これからはここの石炭が採って変わるで!」

「オシャレで新しい服を買えるんは貴族か大店のお嬢様や。みんな古着を買っとるで?」

「甘味は贅沢や。ここで果物採れりゃあええ商売になるんやけどなあ」


 アワアワせずに皆に応えています。

「じゃあ頑張って石炭掘ろうよ!」「ここで織物できないかな?」「甘味を取れる作物も考えましょうよぉ~」

 トリッキさん、みんなの答えが前向きになる様に誘導してます。

 ナゴミーは関係ないですね。


******


 宴会は終わり、私達は…魔導士殿の案内でテンシュへ。


 眼下には、屋敷が出来そうな空地と、それを三階の塔があちこちで囲んでいる内郭。

 水堀の外側に南に広く取った場所に皆の家と私の屋敷、あちこちの二階の塔がある中郭。

 更には広大な外郭が広がっています。


「ここに、あの市よりど偉え街が出来るんやなあ~」

「商売が上手くいけばの話ですわ。人が集まってくるかも解りませんし」

「まあ、折角できる新しい街に、王都や他の街のあぶれ者来さす訳にもいかんしな」

 

「お嬢様。大きな町では職を失った者は『怠け者』として世の中の相手にされていません。素性にも素行にも問題がある者ばかりです」

 マッコーが耳打ちしてきます。


「私達も、そんな立場でした」

 私は思わず言いました。

 そうです。親を失い、夫を失った女達。

 更に脅されたとはいえ、親に売られた女達。

「私達がここに住まいを与えるべきは、世の中から追いやられて、なお正しい心と夢を失わない人達なのではないでしょうか?」

「脳みそお花畑やなあ」


「トリッキ、それはどうかな?」

 魔導士殿が言います。

「人となりを見て行く必要はあるが、この領では労働力が必要になる。

 そうなれば外部から人を呼ぶしかない。

 今の暮らしが安定している人は、こんな評判の悪い地には来ないだろう。

 都市の失業者もまた、宝の山かも知れないよ?」

「ゴミの山やで?」

「だから面接する。ならず者や強姦魔、本当の怠け者などお断りだ」

「まあ~。石炭は売れるやろ。ほんで様子見やな」


「働き手への教育はこっちでやる。

 もしかしたら君の商会でも欲しがる様な人材が埋もれているかも知れないぞ?」

「せやけど石炭掘りの人手は今でも回るやろ?

 あんさん。何を企んどんのや?

 人集めて、石炭で終わらすつもりやあらへんやろ?!な?!」


 あ。トリッキさんの目がまた輝きました!


「この地に眠る物を探す。大地が大きくぶつかり、眠っていた地底が押し上げられた地だ。

 知られざる資源が私達を待っている筈だ」

 あ。これもう目星が付いてる奴ですわ。私は詳しいんですのよ?

「は?大地がぶつかる?んないなアホな!」

「大地は動いている。何十億年も掛けて、ゆっくりね。


 魔導士殿はジゾエンマの地図を広げました。

「足の速い騎士、ペギーやミッチー達にこの地を見て貰った所、この辺りに赤いガケがありました。

 鉄鉱石です。鉄が掘れます」

「何とー!!」

「鉄に石炭…鍛冶場も作れますね!」

「まさにお宝やー!!」

「あと目星がついているのが岩塩、そしてリン鉱石」

「岩塩!」

「古代の海底が押し上げられ、塩分が固まった地層もある。

 いずれこの領は塩を買う必要もなくなる。

 そしてリン鉱石」

「それ何や?」

「太古の鳥の糞が結晶化したものです」

 うわ。


「なんやそれ?!それが宝かいな?」

「宝です。極めて優秀な肥料になります」

「肥料…」

「土に、人や動物が生きていくために必要な栄養を与えてくれます。

 今は狩った獣の骨を焼いて土に撒いて、試験的に畑を用意している所ですが」


「そういえば、サンズーノの中洲にも死んだ小魚が沢山いました!」

「私の国では、そうやって小魚から肥料を作ったりしました。

 獣や魚の中の栄養を、土に返す方法です」

「ホンマでっか?ほならこの荒野も…」

「理屈の上では、農地に出来ます。それに」

「「「それに?」」」私とトリッキさん、マッコーの声が重なります。


 魔導士殿は苦々しい表情になり、

「火薬も作れます。地獄への入り口です」


 地獄。

 遥か東の国から伝えられ、戦争の死者を爆発的に増やしたという火薬。

 私達はその力で、あのサンズーノでの絶望的な戦いに勝ったのです。

「鉄、石炭、鍛冶場、そして火薬。

 鍛冶の技さえ手に入れれば、私達は大砲も銃も作る事が出来るのです」


 東西の道を抑え、鉄砲や大砲まで手に入れたら。

 そこに国内から虐げられた人達が集まったら。

 本当に新しい国が出来てしまいます。


 その事に気づいたのか、トリッキさんも実に真剣な表情をしていました。

「国が出来てまう…」

「無論、そんなつもりはありませんが。

 オマケに普通の技では、例え公爵家であっても鉱山地帯までたどり着くことも、まして大量に輸送する事も出来ないでしょう」

「あんたの鉄道があるやんか!」

「それをむざむざ敵に渡す事はないですよ?」

「…この事ぁ、誰にも言わんわ!」


 そして魔導士殿はジゾエンマの地図に線を書き入れました。

 長い線に、短い横線を沢山書き入れて。


「今既にある石炭層、領都、市を結ぶ鉄道。

 そして、鉄鉱石の産地。ここも鉄道で結び、領都と市の間に製鉄所に加工場を作る」

「いっそ、王都まで鉄道を伸ばしたらええやんけ」

「女王の命があれば」

「作るんかいな?」

「そして、私達が追われてきた山道を広げ、サンズーノ領まで結べば、まさにここは東西交通の動脈になる。

 昨晩君が話した宿場が建ち並ぶ街にも、市場が賑わう街にも出来る」


「なんぼや!なんぼで出来るんや?!」

「ゴリア王国東西は約130歩(500km)。

 途中の山道を均す手間を省いても…金貨1千万枚(1兆円)!」

「いっせんまんー!!」あ、トリッキさん、鼻血が…


…待って下さい、この領の鉄道一体おいくら万枚なのですか?

「この地の分だけであっても20万枚(200億円)」

 あ、私も鼻血が…


「国の年間予算の100倍超えてまんがなー!」

「そこまで吹っ掛けるつもりないけどね。10年分位で手を打とうかなと」

「ホンマ国を興せるやんけ…」

「しかし鉄道馬車なら同じ馬の数で今の大体5倍は運べるし、途中に駅と替えの馬を用意すれば数倍の速さで運べます」

「破損の危険もなし、安全をどう確保すっか。値段次第じゃあ夢の輸送手段やな…」


「船でガリア島をグルっと回って輸送する方が安いが日数がかかる。

 鉄道なら1時(2時間)で5歩(20km)を移動できる、4日で東西走破出来る。

 途中駅で馬を交代しながら最速で進めば王都からジゾエンマまで1日だ」

「東西全部は流石にムリでも、こっから王都まではいけるかもしれんな…」

「距離は東西の1/5ってところか。途中の山道の開削や架橋なんかもオマケして金貨2百万枚、大負けに負けて20万枚ってとこかな?」

 駄目だわ。もう付いていけない…。


「恐ろしいわ~…

 一昨日までこんなバケモノみたいな商いになるなんざちっとも思っとらんかったわ…」


「商売の実績を作るまでは、雲を掴む様な話だけどね」

「その夢を現実にするのが商人のオモロイとこやんけ!

 ウチはやったるで?

 乗るっきゃない!このビッグウェーブに!!」


 私には、茫然と机上の地図を見つめる事しかできませんでした。

 この国の東西を結ぶ線、それは領内を横断し、市と、領都をも結んでいました。


 トリッキさんは天守の窓の向こうを眺めて言いました。

「この広い城が街になってな、空の星より多くの灯りが灯るんや!

 スラムも無い、貧民もおらん街。それがツンデール様の夢やろ?」


「はい。その通りです」

 私は力を込めて答えました。

「せやな。この街を夢の町…せや。

 この街、なんてぇの?」


 はい?

「市もそうや。鉄道も。色々名前、考えんとアカンで?」


 そうでした。街の名前すら漠然とジゾエンマの領都、程度にしか考えてませんでしたわ!


******


 翌日もトリッキさんは炭鉱を見学し、水路を見学しました。

 午後には、流行の商館や宿場の建築デザインを参考に書いてくれました。

 この人、多才ですのね。


「明日帰るん、残念や」

 明日には迎えの馬車が来る様です。

 なぜか私はトリッキさんとお付きのシノビーノさんと一緒に温泉に入っています。


「3日後には次の荷受けの馬車が、仰山食料積んで迎えに来るんや。

 他にも布とかも積んどる。お嬢様にも喜んでもらえる事請け合いや!

 出来る事ならこの温泉も売って貰いたいくらいなんやけどなあ」

 それはムリでは…

 いえ、あの人なら王都にもこの程度の温泉、ホイホイっと建ててしまうでしょう。

 例によっていつの間に、ですわ!


「おそらく市に宿を建て、そこにこの様な温泉を用意するでしょう」

「それを楽しみに、かあ~。

 ウチもこの商いにばっか感けとる訳にもいかんしなあ~」

「他にも大口の商売を?」


 と、その時視線を感じました。

 シノビーノさんがトリッキさんを牽制したのでしょう。

「ええて。ウチは大陸との通商も開いてんで?」

 大陸。国の西側に育った私達には、ピンと来ません。


「大陸っちゃあ、東のアクバル帝国から見たことも無い品がやって来るんや!

 上質で精巧な敷物や、色鮮やかな陶器!

 その上な、も~っと遥か東の国にはも~っと色々な品がある!

 金も銀もあるんや!」

「確かにそちらの方が大きな商売になりそうですわね…」

「勿論、長い船旅や。途中で沈んでお陀仏になる事も多いんや」

「それはリスクが大きな仕事ですね」

「お嬢様、そんなリスクを少しでも減らすため、保険という制度もある様ですよ」

 流石マッコーは物知りですわ。


「あんさんもようご存じやなあ!

 この鉄道みたく船便も安全になりゃあ、保険代も安う済んで儲けも増えるんやけどなあ…」


 この方は、商売のためにどこまで行くのでしょうか?

「トリッキさんご自身は、あまり危険な事をなさらずにお願いします。

 我が領の、大切な取引先ですので」

「つれないなあ!」

 へ?

「取引先、やのうて、ナ・カ・マ、仲間やろ?」

 トリッキさんは顔を赤くして、にっこり笑いました。

 その時、私はとても嬉しかったのです。

 この地以外、外の世界に私達を「仲間」と言ってくれる人が出来た事を。


******


 翌朝、鉄道馬車が迎えの商人さんと、石炭の代金として結構な量の野菜や果物、飼料に物資を運んできてくれました。

 そして、物惜しそうに、それは本当に物惜しそうにトリッキさんは帰って行きました。多くの石炭を積んで。


「待っとってな!ウチはまた来る!

 冬に困らん様持ってこれるだけ飯を持ってくる!

 金貨も持ってくるでー!!」

 何か、必死です。


「お待ちしていますわー!トリッキさーん!

 またお越し下さい!サイノッカの街へ!」


 昨夜、マッコー、ナゴミー、そして魔導士殿と話してこの街の名をジゾエンマの古い名前、サイノッカと命名しました。


「ほなまたなー!ツンデールさまー!!」


 列車は市へと向かっていきました。


 そして積み上げられた青果を前に、私は冬を越していける見通しを実感できたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る