7.女王の仲裁は地獄への片道切符?!

「みんな。戦いで死んだ敵の亡骸を弔いましょう。

 遺品を、彼らの故郷に返しましょう」


 戦いに臨んだ者への矜持を、決して失うべきではありません。

 例えそれが、私達を強姦し虐殺し、子供達まで皆殺しにせんと企んだ野獣の様な連中であったとしても。


 戦いが終わった後の勝者の振舞を、皆が見ているのです。

 後の戦いに続く者達がいるのです。

 その者達の心までも鬼畜外道の道に貶める事は許されません。

 これは戦いに臨んだ者の矜持を守る行いなのです。


 魔導士殿も、熱い視線を私に向けています。

 まさか、泣いている?…まさか。


******


 宴の夜の内に敵は泥に沈んだ兵を掘り起こし、或いは止めを刺し、対岸の陣すらも引き上げた様です。

 私達は、敵兵の遺体を掘り出し、本人を証しする遺品を集め、敵陣側の堤防に簡単に埋葬しました。

 しかし数が多いですね。どうにも敵は哀れな同胞を回収する事すら怠った様でした。


 敵陣には多くの物資が置き去りにされ、私達が数か月は食い繋ぐ事が出来る食料を確保できました。余程慌てて逃げおおせたのでしょう。


「毒を撒いたり注いだりする余裕もなかったみたいですね」

 魔導士殿がサラっと恐ろしい事を言いますわ!

「ブービートラップって奴ですよ。毒入りなんて簡単な方です。

 持ち帰ろうとしたら火薬に引火して爆発させるとか、近くで攫った子供に爆発物を負わせるとか」


「あ…貴方は何て恐ろしい事を!」

「そんなの戦いでは当たり前です。

 大切なのはそれをどう躱すか、罠に使われた子供達をどう救い出すか、諦めて撃ち殺すか、ではないですか?」

 この魔導士殿!一体どんな外道の地獄を歩んできたというのですの?

「私の故郷では子供でも知っているおとぎ話で当たり前に語られてきましたよ?

 マ〇ロスとか、ザ〇ボットとか」

 なんと言う恐ろしい故郷ですのー!!


******


「主よ、願わくば罪深き者達が主の御前で己が罪を顧み、償いへの道を示し給わん事を。

 限りなき慈しみを以て贖い給わん事を」


 私達は、私達を犯し、殺そうとした獣共のために祈りを捧げました。


 そして遺品を整理し、送り出す用意をしました。

 魔導士殿の進言で、遺品は彼らを見殺しにしたコモーノ子爵でも寄り親のトレイタ伯爵でもなく、王都の女王様へ報告を兼ねて直接届ける準備を進めました。


******


「これで、冬麦を撒けますねぇ」

「やっと、初めての年越しが出来そうです」


 サンズーノ川の向こうの土地を追われた女達と一緒に掲げた理想、この中洲の開拓。

 その夢を打ち砕かんとした元婚約者…と言うのも腹立たしい、下衆のビッツラー。

 更には私を、仲間との夢を奪って売り払ったサンズーノ男爵。


 それらを叩き出して今、冬に臨みます。

 尤も叩き出したのは殆どあのヘンな魔導士なんですけど。


「ザイト様には頭が上がりませんよぉ~」

「この身を捧げても足りません」

 何言ってんですの?


「やめて!二人ともちゃんと良い人と結ばれて!あんなオッサン駄目よ!ダメダメ!」

「え~?ステキな方ですよぉ」

「私を命懸けで救って下さいましたのです。死を覚悟した直後に抱きしめられてぇ、空を飛んで…はぁん」

「ダメー!!」

 私は許しませんよ!!


「許すも許さないも本人次第だけど」

「うをっ!!」

 出ましたね魔導士オッサン?!


「女王の使いとかが来ましたよ」

 国王陛下の使者??


******


 私はマッコーとナゴミーを連れて城門へ…城門って。王城よりスゴくありません?

 石を積んだ壁の上を渡り廊下が囲い、その一部下を門にした城内側の門。

 そこを左手に曲がった外側の門。

 どちらもあの三階の塔同様木で組まれていますが、壮麗な建物。


 これ、外の門を入ったらこの渡り廊下から弓矢や鉄砲を撃たれて全滅じゃありません事?

 門外には、同じ事を思ったのか、使者殿が茫然とこの門を見上げていました。


「一体いつ築いたんだ、こんな堅城」

 使者殿が呟いたのを聞きましたが、そうですよねえ。


******


 先ほどと同じ様に、屋敷の広間に案内された使者殿は、茫然と屋敷を見回していました。

「使者殿、この様な辺鄙なサンズーノ領にようこそお越しになられました。

 私はこの地を開拓したツンデールと申します」

 私達は礼装に着替え、使者殿に跪礼しました。


「サンズーノ男爵の御令嬢、ではないのか?」

「恐れながらその愚物は、女王陛下よりお預かりしました領を勝手に他貴族に横流しせんと企んだ者。逆賊に御座います。

 私をその賊の娘と仰るのであれば、どうぞ!ご成敗を!」


 使者殿はしばし考え。

「追って事実を確認する。

 だが安心しろ。女王陛下への忠義を誓う其方を成敗する事は無い」


 私の言を受け止め、優しく返して下さった王都からの使者殿。

 有難い。思いを寄せるのであれば、この様な例と格式を備えた殿方にこそ…


 と!彼は、王家の紋章を記した書状を掲げました。

 私達一同は跪礼し…魔導士のオッサンはあ!

「私は他国の者なので礼はしない」


 使者殿は怪訝そうにオッサンを見遣って

「どこの国の者だ?」

「遥か遠く、日本、ザボンの者だ」と。

「そういう国があった様な、無かった様な。大陸か?」

「その先の、大陸の東の先にある島国だ」

「それでこの城か。ほう…まあよい。それよりもだ」


 使者殿は私に向かい、宣言した。


「私はゴリア王国、女王メリエンヌ三世の使者、フリランナ男爵である。

 女王陛下より、サンズーノ男爵令嬢ツンデールに対し詔勅を伝える。

 直ちに争いを止め、サンズーノ川周辺の氾濫原をコモーノ子爵家に譲渡せよ!

 尚…」


「異議を申し立てます!この通達は道理が通りません!」


 私は叫びました、例え相手が女王陛下の使者であろうとも!

「お嬢様!女王陛下への異議は反逆にも等しいですよ!」

 マッコーが私を抑えようとしましたが、私は引く訳には参りません!


 使者殿は、私を一瞥し、何も答えませんでした。続けろ、という意味でしょうか?

 ならば!

「サンズーノ川流域は我が男爵家の領地、しかもこの中洲を開拓したのは私です!

 そして我らを強姦し虐殺せんとした者共は、我らが退けました!

 既に戦いは我らの勝利に終わり、賊は引き揚げています!


 それを女王陛下とは言え、お召し上げになるとはあまりに理不尽!

 使者殿、どうか!我が異議をお執り成し下さい!」


 使者殿は溜息を吐き、続けられました。

「サンズーノ男爵令嬢、話は最後まで聞くべきだ」

 続きがありますの?


「なお、サンズーノ男爵令嬢ツンデールには、開拓の功を認め、その代替地としてジゾエンマ高原を領地とし、開拓を終えた暁にはサンズーノ男爵令嬢ツンデール領として、準男爵に叙爵した上任命する」


 分家?ジゾエンマ?

「更に開拓の資金として金貨500枚を下賜する!」

「金貨…」「500枚?!」

 聞きなれない言葉に目を丸くしてしまいました。

 金貨。私の様な貧乏男爵がおいそれと目にするものではありません。

 無論実家に収められている税はその程度をはるかに越えねば領民も兵も養えぬでしょうが。


「おじょおじょおじょじょ!」

 漏らしたのですかマッコー?!

「ここここれはおじょじょじょう様ががが!」

「落ち着きなさい!」

「お嬢様は領地を与えられたんです!貴族として授爵されたのですよー!!」

「「「え~!!!」」」

 皆が驚きました。え?私の爵位、早すぎ…


 私が…貴族

「それは違うぞ」

「「「え~↓???」」」

 皆が落ち込みました。


「開拓を終えた暁には、だ。先ず開拓を行い、税を治める。

 それによって領を得たと見做され、王都にて爵位を授ける」

「そ、そうでした!

 フリランナ男爵様!このツンデール必ずや…」


「ケッ!!!随分とまあ!!シケた話だなあー!!!」

「魔導士殿!」

 この男!女王陛下の恩寵に何を言うつもりなのですの?


「金貨500枚ィ?!二、三家族の人間が1年食うのに金貨5枚はかかる。

 お嬢様の抱える女子供が150人。

 麦の代金だけで20枚は消える。

 冬を越す薪を、木も生えない荒野で過ごすには身を寄せ合っても300枚は消える。

 後の100枚で野菜や豆が買えるか?馬の餌はどうする?

 ギリギリ1年分持つか持たないかってトコだ。


 つまり、1年であの荒野を人が食っていける土地にしろ。

 実質流刑に等しくないか?

 女王の取り決めを犯した鬼畜外道を退け、開拓地を自力で守ったら流刑?

 誰がそんな愚断を下す愚かな王に従うかア?

 この裁きを聞いた女王派貴族、みんな大陸派に逃げてくんじゃないのかァ?!」


 なんという暴言!しかし…

 魔導士の言う事はその通りですわ。

 金貨に爵位という言葉に目がくらんでいました。


「難しいと言うのかな?異国の人」

「普通に考えれば不可能だ。

 過去百年。多くの貴族が囚人を派遣して開拓に失敗、累計何千という餓死者を出している、この世の地獄の一丁目だな」


 何ですって?

「そんなところに私を送るのですか!!てかあなた何でそんな事知って…」


「お嬢様。

 あの荒野は、この国の貴族の二大派閥、王国の西に多い女王派と、大陸に面した東に多い大陸派の拮抗する、戦略的な要衝なんですよ」

 この魔導士殿は更に私の知らない事をスラスラ~っと話しましたわ!


「異国の者にしては良く知っている様だな」

 使者殿も事も無げに相槌を打ちます。


「国の中央山脈の東側に王都を構える女王陛下としては、西へ繋がる要衝を確実に抑えたいだろうからねえ。

 なので、女王陛下としては地獄の入り口、ジゾエンマを信頼できる部下に任せたい。

 勿論開拓は困難を極めるだろう。

 勿論、大抵は失敗する。失敗すれば、追加で援助する。

 そして援助の見返りとして、独立した貴族ではなく、あくまで王領の代官としてこの地に張り付ける。


 そんなところじゃないかな?悪くない策だ。

 東側に蔓延る大陸派貴族に手足を縛られた、拙い女王様とやらにしてはなあ!」


 つい先日、ここに流れ着いたという割に、随分と王国の内情に精通したかの様な言い分!何者ですのこのオッサン?!


「口が過ぎるぞ!」

 嗚呼!使者殿が怒りましたわ!オッサン!どうすんですのこれ?!


「まあ…半分は正解だ」

 あら?使者殿がため息交じりに、オッサンの言う事を認め…認めた?


「しかし半分はお前如き外国の者に理解できる事ではあるまい」


「口が過ぎた様ですかな?使者殿。

 後の半分については、今は言いますまい。

 お嬢様。この話、お受けしますか?」


 え?何ですの?あのオッサンの無礼を使者殿が納得し…

 この後の決断を~私?私にこの場が掛かっているのですのー?!

 この場の決断、間違えたら私ガケっぷちダイビング一直線ですのー!!


******


 えーとこういう時は、オッサンから教えて貰った通り、スッスッ、ハー。スッスッ、ハー。よし。


「女王陛下の命とあらば、応じるも何もないでしょう。


 例え代官であろうと、私の大切な仲間たちの命を繋いでいく道を与えて下さった女王陛下の深い情けに!

 このツンデール、命を懸けてお応えします!」

 私は使者殿に躓いて答えました。


 すると使者殿は私を見下ろし。

「出立の時期は任せる。

 そして一つだけ努々忘れてはならぬ事がある。

 陛下は、ツンデール嬢、貴方の言葉をご存じだ。

 その上で仰せられた。

『心のままに生きよ』と」


 心のままに。


「はっ!!」私は使者殿に再度深く頭を下げました。

 あの魔導士も、跪礼を捧げた。

 あ、使者殿がなんか面倒くさそうな顔をされた。


 フリランナ男爵は饗宴を断り、直ちに王都に戻られるそうだ。

 私はこの戦乱で命を落とした者達の遺品を公正に見分する様男爵に訴え、受け入れられました。

 男爵と遺品を積んだ馬車の列を見送り、私は下命しました。


「今すぐこの地を去る。

 敵は王命を傘に我らを簒奪しに来るであろう!

 しかし!我らが命を懸けるべき新天地が与えられたのだ!

 荷物を纏め、敵が女王の威光を笠に着て襲い来る前に、新天地へ向かおう!」


******


テレレ↑令嬢⇔敵レー↓ヒェッ↑


「ウワーッハッハー!流石はトレイタ伯爵の御威光!

 偉きゃ負けでも勝ちになるー!」


 コモーノ子爵邸ではバカ息子のビッツラーが逃げおおせてなお尊大にふるまっている。

 もうだめだよこの領。


 そこにサンズーノ男爵が小姓の様に媚びへつらっている。

「しかしお坊ちゃま、せめて兵達の遺品や遺族への補償はすべきだったのでは…」

「お前がそれをいうか?クソジジイ!かつて山賊退治もロクに出来ず、死者を放置し遺族を奴隷として売り払った無能な老人如きがぁ?!」


 いやその山賊けしかけたのお前だろが。


「これであの中洲、いやサンズーノ川流域は我がコモーノ領だ!」

「な?!それは!あくまでも中洲であって…」

「控えよ無礼者!女王陛下の命なるぞ!王命は『サンズーノ川の氾濫原』とある!

 お前の領地もサンズーノ川の氾濫原だ!私の土地だ!」

「そ…それは余りにも…」

「では開拓のために領民を千人差し出せ!それと、女もだ!

 準備出来次第、あの忌々しい城を我が別荘として接収してやる!

 せいぜい女共を弄んで、祝杯を挙げるとしようか!

 ハーッハッハッハ!」


 まあ、笑ってくれ。

 私は、地獄の一丁目を極楽に変えるために建材を調達しに行こう。

 サンズーノ川上流へ。


******


金貨1枚=約10万円程度

農民の年収=約100万円程度=金貨10枚

中世の物価まで調べ切れていませんが、現代の感覚で書いています。

なお中世の物価は下記サイトに詳述されています。

https://gigazine.net/news/20191202-medieval-price-list/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る