8.さようならみんなの大地!いざ地獄の道へ

 戦いを終え、不服と不安を抱えながらも王命を受けたその日。


 余りに立派な、木と草の香りで心安らぐ広間。

 そこへ城内の皆を集めた。


 私は女王の命で、過酷な新天地へ行く事を伝え、共に行くかこの地に残るかを皆に聞いた。

 予め、マッコーやナゴミー、あの夜夜襲を決意した騎士達には口止めした上で。


「行くよ!」

 え?

 思いの他即答されてしまいましたわ!


「お嬢様あってのこの命だ!」

「この土地が取られるのは悔しいよ!

 でも!あたしはお嬢様についてくよ!子供も一緒に!」

 賛同する女達が声を上げてくれました。


「どうせ川の向こうに戻っても、クソみたいな男たちに弄られるしかないのよ!」

「そうよそうよ!」

「私らが戦ってるのに何もできないヘナ〇ン野郎なんか相手にできるもんか!」

「みんなで新しい土地に行こうよ!」

「そうよ!」「行こう!」

「魔導士様についていくよぉ~!」

「私も~!」


 皆が心を一つにしています。一部ちょっと待てと言いたいですが。

 これで私も、この夢の地を捨てる事が…


「ジゾエンマは川がない」

 魔導士殿が言いました。


…川がない?

「畑を作るのにも、土地が痩せすぎている」


 なんと!

 折角皆が心を一つにまとめ始めたというのに!このオッサンはあ!!


 私はオッサンに言ってやりました。

「お待ちなさい魔導士殿!

 あなた先ほどの王命に文句を言いましたが、最後は容認されましたね?」


 へ?

 魔導士殿がちょっと笑った?

 人を馬鹿にしやがりましてこの!もう一言言わねば!

「容認されたという事は、策あっての事ですわよね?」


 皆が不安がって私と魔導士を交互に見遣って首をキョロキョロさせているではないですか!


「よもや私達が皆飢え乾いて死ぬのを座視する訳でもありますまい?!」

 すると魔導士が手を上げました。うし!勝った!

「いかにも。水も簡単には得られず、畑も困難です。

 しかしあそこは、誰も気づかなかった、宝の山が埋まっています」


「宝…」「金?宝石?」「一体何かしら?」

 再び皆が浮かれ始めます。

「しかしそれらは地に埋もれてています。水もまた然り。

 掘り出さねばなりません」

「それは、私達女の手で成し得ましょうか?」


「困難は待っていますが、私は協力します。

 お嬢様、私にお命じ下さい」


 例によってマッコーもナゴミーもあの中年に熱い視線を送っています。

 それどころか城内の仲間達まで。

 まさか、この城の女達を奪ってハーレムでも築くつもりじゃないでしょうねあのオッサン!!

 とは言え。背に腹は代えられません。

 それに、単にお友達感覚で頼む訳にも行きません。

 あの人は多分。そんなことは望んでいないでしょうね…でも!


「魔導士ザイト、ジゾエンマ領主代行ツンデールが依頼します。

 ジゾエンマ領開拓に、その力をお貸し下さい。

 報酬は、1年で金貨10枚です」


 金貨10枚、その言葉に一同が騒めきました。

 しかし、先の魔導士の言葉であれば、平民が1年で食べる小麦、薪や野菜を買えばせいぜい1世帯を養う程度。

 実はみんなが1年生きていく値段と何も変わりありません。

 なので。


「成功の暁には、翌年には10枚、更にその次には年10枚を加え、最大で年50枚を与えます」

 驚きの声が広がりました。

「じゅご~い」

「魔導士様、お金持ちになられて…」


 しかし魔導士は、笑うでもなく表情を崩すことも無く、私に跪礼し、

「故郷での年収とあんまり変わらんけどな…

 ご依頼、然と承ります。

 思う存分開拓し、この王国中にツンデール様の御名を轟かせてやりましょう!」


「「「キャー!!!」」」

「ステキー!」「ダイテー!」

 館の皆が黄色い声を上げて…だからあんなオッサンを熱い目で見るの止めなさい!


「では早速この地を去ります。

 麦を積み、敵から有難く頂戴した食料を積み!

 同じく敵から有難く頂戴した馬と馬車に積んでこの地を去りましょう!

 城にも火を…魔導士殿、火を放って宜しいのでしょうか?」

 数日とはいえ、私達が安心して暮らし、飲んで楽しんだこの城を。

 魔導士が謎の力で私達に呉れたこの城を勝手に焼いていいものでしょうか。

 しかし、みすみすあの輩に呉れてやるには余りに悔しい。


「いえ、残しましょう」

 何で?

「その方が仕返しには良い。

 ツンデール様、お覚悟は宜しいですか?」


 覚悟。何を言っているのか、なぜかすぐに解りました。

「女を追いやり、その自由を奪う者は、我が父と言えど生き遂せる事は認めません、許せません。

 処遇は、お任せします」


 この男は、この城もろとも、この城を接収して恐らくは宴でも開くビッツラーとサンズーノ男爵を葬り去るつもりだろう。

 この男の力であれば出来る。


「やはり貴方は恐ろしい」

 そう呟いた私に、魔導士殿は答えました。

「恐ろしいのは、平気で罪のない人々から奪い、辱め、殺す事の出来る奴等ですよ。

 多分私はそういう奴をお掃除するためにここにスっ飛ばされてきたんでしょうねえ…」

 そういえばこの男、最初はこの城の前で寝ていたとか。


 他の国から来た、というのは?

 実は神の国から遣わされたとかの事では?

 いえいえ、そんな馬鹿な。


「奴等はまだこの地を制圧する準備すらできていません。

 今夜は旅立ちの支度をしてこの地に別れを告げる宴を開き、明日この地を発ちましょう」

「貴方がそういうのであれば、それが良いのでしょうね。

 あの湯を楽しむのも最後でしょうか?」

「最後などと思わない方が宜しいかと。

 いっそ、また来てやるぞ、その程度に思われた方が」


 また来てやる…ですか?!

 そうですか!そうですね!


「では、暫しの別れと致しましょう!

 皆!出立の用意を済ませ、今夜は湯を浴びて、この地と暫しの別れの宴としましょう!

 万一我らの行く先に不幸があれば、この男の所為です!みんなでしばき倒してやりましょう!」


 私、良い事言いました!


…え?みんながドン引きですの?何故?

「ま、そんな事ない様がんばるんで、宜しく!」

 あ、魔導士殿がフォローしました。


「かんばってー!」「着いてくよー!」「結婚してー!」「抱いてー!」

 えー?!私の領民、チョロ過ぎ!!


「じゃあ宴会の準備組はこっちー」

「出立の用意は騎士の命に従う事!」

「「「はーい!!!」」」

 手際が宜しいですね。


 そしてその夜。

 私達は数年を掛け、麦を収穫したこの地に別れの歌を歌い、乾杯したのでした。

 実りの歌を泣きながら歌い、子供達をあやし、肉を喰らい、湯に浸かり、ぐっすりと寝ました。


******


 翌朝。

「主よ、願わくはこの地を永遠に祝し給え。

 この世に苦しむ者、傲慢な力に追われる弱き者が、集いて憩う、実りと癒しの地とさせ給え」


 力なき仲間みんなが力を合わせたこの地に、祈りを込めて別れを告げて、私達は旅立ちました。


「おかあちゃん、ここにもう住めないの?」

「大きなお城、きもちよかったよ?」


 子供達の素直な声に、なんとか気持ちを決めた筈のみんなが、涙を堪えきれませんでした。

 私も。

「この国の偉い女王様がね、私達にもっといいところに引っ越せ、って命じられたんだよ」

「もっといいとこ?」

 母親たちの顔が歪みます。


「ああ!今は何もないところだ。

 でもね、きっとみんなで素晴らしい場所にできる。

 君も、どんなところにしたいか。考えてね」

 魔導士殿!まるで詐欺師の様にサラっと言ってのける!

 しかもウソは吐いていないし!


「あのね。私お風呂がいいな」

「そうか。じゃあ、このお城より大きくて、皆がのんびりできるお風呂を沢山つくろうね!」

 一人の子供の無邪気な我が儘に、魔導士殿が優しく答えました。


「まどーしさまもいっしょに入る?」

「おじさんは男の風呂。お嬢ちゃんはお母さんといっしょに女の風呂だよ」

「え~?いっしょがいいー!」


 ちょっとまてー!今までの感動ブチ壊しー!

「ま!細かい事はあっちへ行ってから考えましょっか!」

「細かくねーですわよ!大事な事ですわよ!」

「あたしまどーじさまとおーきなおふろ!」

「じゃあ親として私も一緒に」「あたしも!」

 ギャー!


「みんなー。女の子は男とお風呂に入っちゃ駄目なのよぉ~」

 ナイスですわナゴミー!

「新しいお風呂では私がみんなを洗って上げますからねぇ~」

「ナゴミーちゃんとはいるー!」「オレもー!」

「男の子はダメー!!」

 油断も隙もありゃしませんわ!あーもう!


「さあ!どーでもいーからみんなで行きますわよ!」

 このダメダメな場を無理やり仕切りましたわ!


「私達の育てたこの大地が、せめて一人でも多くの困った女子供を救える事を願いましょう!

 そして地獄と言われた土地を、私達の手で楽園にしてしまいましょう!」


 馬を引き、足を前に…


「さようならー!」

 誰かが叫びました。


「わたしがあの井戸を掘ったんだよー!」

「あの野菜畑は、あたしとこの子で育てたんだ!」

「さようならー!」「さようならー!」

 みんなの叫びが続きます。


 皆が、涙を流しながら、育てた土地に、別れを、本音の祈りを叫びました。

「さよーなら!」

 子供達も、魔導士殿やナゴミー、母親達にしがみ付いて、肩車され、泣きながら叫んで手を振っていました。

 私も黙って泣いていた子を抱き上げて、手を振りました。


 しかし新領地への旅立ちは、曇天に包まれた不吉な物でした。


******


「雨が降ります。早く山を越えましょう。

 今年の雨は、ちと厳しいですよ?」


 そう言えば。

「あの城の材木って、どこで調達しました?」

「サンズーノ川の上流から頂きました」

 恐らく、魔法でブったぎって加工して組み上げた、ってとこでしょうかね。

 そんなの王国の魔導士でもそうそう簡単にできませんわ。


「急いで雨雲から逃げましょう」

 なんとなく、この男の言わんとする事が分かった気がしました。

 私達は新領地のある山へ登って行きました。

 故地を振り帰る事なく、黙々と。


******


テレレ↑令嬢紋⇔敵紋レー↓ヒェッ↑


 一方、コモーノ領では!!


「ウワーハッハッハ!見ろ!結局我が軍の勝ちだ!」

 得意絶頂のビッツラーを取り囲む子爵領の将や家人達は、実に困惑した表情だった。

 このバカ息子の後ろにいるコモーノ子爵すらも。


 誰も、子爵でさえも、

「向こう10年の借金を負わされて更に500人の成人男子を殺されて、その何人かは盗賊となって領の治安を乱している。その見返りがあの三角州だけか?」

 とは口に出していない。


「嫡男に任せよ、無駄な手を出すな」

 と、寄り親のトレイタ伯爵に散々釘を刺された結果がこれだ。

 まさかトレイタ伯爵とやらもここまで酷い事になるとは思わなかったんだろうけどなあ。

 まあ、馬鹿は滅べ。


「凱旋だ!あの地を接収し、あの女共を奴隷として好き放題してやる!

 あの忌々しい謎の塔で祝杯を挙げてやろうではないか!

 我が僕に下った、サンズーノの犬を従えてなあ!」


 新たに占領軍として、あの狭い城に200人が選ばれてサンズーノ城へと向かった。

 無論募集の文句は「麦獲り放題、女好きにし放題、酒飲み放題」だ。

 酒だけはコモーノ領から持ち出された。

 租税とする為に確保された分すらも。


******


 ツンデール嬢が去ったその日以来の雨続きの下、サンズーノ城への道は新たに橋が架けられた。

 かつて堅固だった石の壁で守られた堤防も、カタパルトが使う礫のため引き剥がされ、土も容易に穿たれ簡易な橋が架けられた。

 反対側のサンズーノ領側の堤防も崩され、橋が架けられ、あの愚かなサンズーノ男爵も500の手勢を率いて参上した。


 せめてこの500人がビッツラーを牽制していれば、この騒動は地方の一争乱で終わったのだが。

 しかもこいつら、途中の村で麦や酒、そして若い娘を徴発してビッツラーに献上しやがった!


 しかし、サンズーノ城に入った一行が見たものは、無人の、麦も全て刈り取られた空城だった。


「逃げやがったー!あの小娘!女共も!

 麦も!俺たちから奪った馬も!全部奪って逃げやがったー!」

 そらそうだ。コイツらが偉そうに出発の準備してる間にツンデール嬢御一行様は出立なさってますよ。


「こうなったらあの女達をピー(湯気がないニャ!)してやる!」

 恐怖に怯える娘達を物色して

「乞食男爵。貴様の娘程の上玉はおらんな。

 まあまあの女以外は兵にあてがって後に殺せ!この地の肥やしにしろ!

 まずは酒だ!まあまあの女で我慢してやる!そいつ等を呼べ!」


 この愚か者共は、城に土足で入り、酒盛りの支度を始めた。

 娘達は籠城中に掘った防空壕を牢にした場所に閉じ込めた。

 だが。


「君達はここに集まれ、この穴の先に進むんだ!」

 私は牢の中の娘達を、牢の奥の穴に誘導した。

 そこから横に掘った、かつての攻城櫓攻撃用のトンネルを使って娘達を脱出させた。


 その先の、元敵陣近くで、囚われた娘達に聞いた。

「君たちが望むならサンズーノの村々へ送り返す。

 どの村か教えて欲しい」

 すると、娘達は項垂れて、一人が言った。

「私達は売られたんだ」

 これ私の故郷だったら自分で売ったって捉え兼ねられないけど、ホントに売られたんだ。

「私達を護ってくれやしない男爵に、親が僅かな金で私達を売ったんだ!うわああ~!!」

 女達は泣き崩れた。

 私の故郷でも、かつて戦争の時貧しい家は娘を売春婦として売った時代があった。

 この娘達にはそんな苦渋を嘗めさせたく無い。


「ではどこに君達を送ればいい?」

 すると。

「ツンデール様に付いていきたいよ!」

 やっぱそうか。

「あの方であれば、愚かで何の力もない私達でも、農夫の端くれに加えて下さる事でしょう!」

 皆が私に頭を下げた。

 いや、頭下げる相手は私じゃないでしょ?!でもまあいいや。

 後、農夫じゃなくて鉱夫なんだけどね。


「これから行く先は、岩と砂の大地だ。

 しかし、土には火を付ければ熱く燃える、薪や炭に替わる、冬を快適に過ごせる燃える石が眠る大地だ。

 そこで働くのは辛い。しかし確実に金を得て、糧も得られる。

 厳しいが、金を貯めて他の土地へ旅立つこともできる。

 覚悟があれば付いて来なさい」


 私が立ち上がると、20人の娘は迷うことなく従った。

 一行は、ツンデール嬢の後を追い、そこに一縷の望みを託した。

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