5.怒りの決断!暴虐の代償は地獄行きで

 外から差し込む光が赤くなる前に敵は手持ちの岩を打ち尽くしたのでしょう。攻撃が止みました。

 私達が地上に出て、夕陽に照らされて目にしたものは…


 あちこち崩れ落ちた城壁。

 完全に形を失った見張り台。

 私達の手で刈り取った麦を治めるための蔵の、

 皆が明日を信じて肩を寄せ合って寝起きした屋敷の、崩れた姿。


 私達力なき女の手で積み上げた、この地を守るための、せめてもの守り手の、

 共に暮らした家の、潰え去った姿。


 最早、崖っ淵ですらない。夢が踏みにじられた、絶望の姿。

 夢が、笑顔が。ここにはなくなってしまい…


******


「お嬢様」

 涙を堪える私に、あの魔導士が手ぬぐいを差し出しました。


 臭そう。でも、ここは有難く頂いて…

「鼻垂れてます。かんでもいいですよ?」

 しませんわよ!そういう事言わないのが紳士でしょうが!


「奴等は明日、物見遊山気分でこの城を占領しに来ます。

 城の修理は私にお任せを」


 思い出を打ち砕かれ、不安で一杯になった私の心を…

 別の不安で一杯にさせる様な提案を聞いた気がしましたわー!

 修理…修理って一体どうするんですの~?!


「丁度夕飯時ですねー。

 奴等は投石用の礫も打ち尽くし、兵の疲労も限界に達しています。

 夜襲なんて命じた日にゃ、命じた側がブっ殺されるでしょう」


 何だかすごくお見通しみたいですが…何か言うだけ無駄の様です。

 信じましょう。


「お嬢様は、奴等を怯ませるため、皆を奮い立たせて下さい。

 篝火を灯して酒を振舞い、大声で歌って笑うのもいいでしょう、

 奴等を牽制して下さい」


 まあ、アイツラを悔しがらせるのは賛成ですわ。

「まだお酒、残ってましたっけ?」

「いくらでも」

 クッ!このオッサンは…


「ふっ!うふふ!」

 このオッサンは!面白い人ですね!

 いえ、決して酒に釣られた訳じゃありませんのよ?

 私は魔導士殿に頼みました。


「では、修理を頼みます。

 私達は酒飲んで肉食べて、大声で笑ってやればいいんですのね?」

「その通り!」

 よっしゃあ!今夜は宴会ですわ!


 私は地下に向かって叫びました!

「みんな!敵は下がりましたわ!

 壁や塔はすぐに直します!

 麦や肉、酒も無事ですよ!

 また、宴を開きましょう!

 奴等をあざ笑ってやりましょう!」


 地下から歓声が響き、上って来るのは、笑顔と笑顔!

 城内のあちこちに篝火を灯し、大声で乾杯を叫び、肉を焼いて酒を汲みました!

 肉も、塩に香草を加えてとても美味しい!

 酒も…このワイン、敵から奪ったワインより香りが高く、酸味も程よい…

 これ別物ではないですか!


******


 その日は篝火もそのままに、見張りを残し皆は地下で寝ました。

 気が気ではない私は酒もそこそこに見張りに残ろうとしましたが

「お嬢様は明日の気力を養って下さい」「その通りです」「ねましょうよ~」

 と魔導士とナゴマコに地下に押しやられてしまいました。ぐう。


******


 地下の各所から差し込む朝の光で目が覚め、地上に出ると…

「何ですの~!!!」


 目の前には、巨大な塔!

 それも、木の柱で組まれ、三角屋根の大きな家を交互に重ね合わせ、三つ重ねた様な大きな塔がー!

 壁が白く塗られ、あちこちに窓が開いています!

 一番上の小屋にはベランダまで設けられていて!

 こんなの大聖堂でも古代の遺跡でも見たことありませんわー!!


「お嬢様~おはようございま…すううう?ウッウッウ~?!!」

 いつも呑気なナゴミーも今朝はかなり慌てた感じ!珍しい顔してますわ!


「ま、魔導士ぃー!ザイトー!これは一体!何ですのー!」

「おぉ!おはようございますお嬢様」

 魔導士が塔のバルコニーから…飛び降りたー!

「これ敵陣側は出来てますから、あっちの壁とかも」

 あっちって?

…昨日のカタパルトの攻撃で崩された城壁が、大きな石で嵩上げされた上に、白い壁がー!

 その上に板の屋根が乗せられて長く伸びー!

 その先にはあの巨大な塔を二階建てに抑えた様な塔が幾つか建ってるではないですか?!

 こんな立派な、見たこともない城壁と櫓が城を囲っていますわ!


「ななな何ですのここここれは!」

「はっはっはー。趣味で私の故郷の城を再現してみました。敵もそうホイホイと攻め込んでこないでしょうなー」

 こんな得体の知れないところに突っ込んでくる馬鹿な敵などいないでしょうねえ!


「ではお嬢様、最上階へご案内します」

 え、ええ。


******


 とても急な階段を上り、一番上のベランダに着くと…

 なんということでしょう!敵陣が良く見渡せました!


 何だか兵が行ったり来たり、かなり慌てている様が手に取る様です。

 昨日は攻城櫓の横で偉そうにしていたビッツラーの奴も大慌てなのが見えますわ!

 愉快愉快!

「おほほ…ほはは、あっははははー!」

 ざまーみたらせー!


******


 魔導士殿が畏まって言いました。

「私は空間を操作出来ます。その応用で、例えば木を切って加工して、組み上げてこの様に塔でも館でも短い時間で組み上げられます」

 そう言われても。あなた石とか土とか、風すらもホイホイ操作出来たではないですか!


「あ!川の上流の木が、減ってますよ」

 マッコーの見る先の窓、確かに山肌がチラチラ見えています。

 まさか魔導士殿、あの地の木を切って、乾かし角材や板屋根にし…

 ではこの壁は?滑らかな床はいつ磨き?

…私は考えるのを止めました。


「これであと数日は敵を足止めできるでしょう」

「こんな力があるのであれば、もっと早く敵を押し潰す事もできたでしょうねえ!」

 ちょっと納得がいかなかったので強めに言いましたわ。


 するとマッコーが私に鋭い目を向けて言いました。

「お嬢様。貴方達の目指す先は何だったのでしょうか?」

 解ってますわ。

「ちょっとこの人に文句を言いたかっただけです!」

 魔導士は苦笑しました。


 礼はしっかり言わねば。

「私達のために、この様な魔法を使って頂いた事、感謝します」


「数日の仮の住まいですが、御気に入って頂ける様でしたら幸いですよ、お嬢様」

「数日?」

 こんな立派な塔と綺麗な白壁が?


 そう話していると…

 敵がカタパルトで石を投げる音が!


 塔から下を見下ろすと…

 前の城壁より高い、石を組んだ壁?が敵の礫を弾いています。

 この塔に当たった石も、壁を砕くことも無く弾かれていきます。

 城内に届く石も礫も無く、生まれ変わったこの謎の城塞が敵の攻撃を跳ね除けています!

 何ですのこの魔導士…国に雇われれば将軍にもなれるでしょうに?!


「私は、好きな事をして生きているだけなんですよ。

 今は、お嬢様の夢のお手伝いをする。

 ここで知り合った皆を守る。

 それだけですよ」


 何ですのー!

 そんな事のためにこんな謎の城を一晩で築いて!

 このオッサン、もしかして私に惚れているのですかー?!気持ち悪いー!


「「キャー!!」」

 あとナゴミー、マッコー、囃さないで!


「魔導士殿!私が皆を守りたいという夢を!貴方は!貴方の娯楽に使わないで!」

「「え"~??」」

 ナゴミー、マッコー、何ションボリしてるんですの?

「はっはっは。まあ、貴方は私なんかを気にしないで。

 貴女が言う通り、貴方達がギリギリまで踏ん張って、頑張って、どうにもならない時は御声掛け下さい」

「それも嫌ー!」

 また敵の礫を塔が弾きました。


******


 塔の下には皆が入れる屋敷が広がっていました。

 全て木で組み上げられ、床は木ではなく、草を編んだらしい、柔らかく良い香りのする大きな敷物で敷き詰められた、心地よい屋敷が出来上がっていました。


 皆は靴を脱ぐ様に言われて屋敷の中に入り、割り当てられた部屋で寝起きする事となりました。

 湯あみ場まで用意され、中には土深く…深すぎませんの?というくらい深い穴を魔導士が堀っていて…

 そこから熱い湯が噴き出しましたー!

 その湯を冷まし、皆で体を洗い、疲れを癒しました。

 もうあの魔導士全部一人で国を興した方がいいんじゃないかな?と思いましたわ。


「このお湯、いいですねぇ~」

「溶けまする~」

 ナゴミー、マッコーが真っ先に湯に浸かって寛いでいました。

 二人とも、いつの間にそんな大きく。ん~、同じ位?いや、あっちの方が!特にナゴミー!!


 城内の母親たちも子供と一緒にお湯を楽しみます。

 お湯で頭と体を洗い、湯の暖かさを親子で楽しんでいます。

 なんと小さな赤子のためにも、浅い湯が設けられ、母と子が楽しめる様に作られています。

 ちょっと大きな男の子の視線が気になりますが…


******


 湯気の立ち上る古代のテルマエの様な風呂の中で。


「魔導士様はぁ。私達の事。ホント良くして下さいますぅ~」

 大きなものを浮かせながらナゴミーがあのオッサンを讃える。

 同じく大きなものを浮かせるマッコー。ナゴミーの話を聞いて考え込んでいる。

「お嬢様。ザイト殿は、女王様の密使ではないでしょうか?」

 なんですってー!


******


「違います」

 あの高い塔の一番上で、魔導士が答えました。


「直接聞かないで下さいよー!」とマッコー。

「話が早くていいです。私はこの国に何も思うところはない」

 ホントでしょうか?


「私は今まで会った人々の中で、悪意のない人、善意を持つ人を守りたい。

 それだけが私の気持ちなんですよ」


「何ですのそれ?嘘臭い!」

 この男、やはり信用できませんわ!

「「お嬢様!!」」

 責める様な顔で我が友二人が詰め寄ります。


「ナゴミー、マッコー。タダより高い物はないのですよ。」

 善意を押し出して恩を強いて利益を貪る。

 そんな輩は履いて捨てるほどいます。


「魔導士殿。こんな立派な塔や館を建てて、貴方に何の利があるというのですか?

 私にはこの働きに見合う報酬など出す力はございません!」


 すると魔導士は酒を盃に注ぎます。どこに持ってたのやら。

「ちょっと!真剣な話をするのに酒を飲むとは…」


「真剣な話なんかじゃないよ。楽しい話をしよう、お嬢様」

 私達の分まで酒を用意しましたわ?!


「どうせ敵は明日まで攻撃を再開できない。

 今夜はあの不細工な案山子も偉そうに立ってるでしょう。

 それも明日までだ」

「どうして明日まで?」

「明日、あの案山子をブっ潰す!」

 ワインを煽って魔導士は言いました。


「あいつら、女子供がいるこの城に岩を投げ込みやがった。

 地下壕やこの城壁がなかったら、何の罪もない女子供が押し潰されて殺されてたんだ!」


 魔導士殿の殺意が私にも襲い掛かりました!この人、怖い。


 しかし魔導士殿の言う通りです。

 この人がいてくれたお陰か、安心感があって実感せずにいましたが、敵の攻撃は正に非道なものです。


「お嬢様、明日は決戦ですよ?!」

 何かサラっと大事な事を言いましたわこのオッサン!!


「もう奴等には義理も人情も通じない。吠え面をかかせてやる。その上で!」

 魔導士殿は更にワインを飲んで言いました。

「私が地獄へご案内しよう!

 ふっふっふ!喜んでご案内しよう!」


 私達は、鬼の形相で笑う魔導士を前に、とりあえずワインを飲んだ。

 あ、これオイシイ。例によって敵からかっぱらってきた奴じゃありませんわ。


******


テレレ↑令嬢紋⇔敵紋レー↓ヒェッ↑


「わー!あれはいったいなんなのだー!」

 電気で開く仏壇じゃないよ?


 私が空間再現能力で組み上げた、我が故郷、日本の城だ!


「えーい!攻撃しろ!あんな張り子の塔などぶっ潰せ!そして女共をぶっ殺せ!」

 全く酷い連中だな。

 しかし我が城にはあの程度の礫等、傷も付けられまい。

 ほら全部跳ね返された。


「ムッキー!撃て撃てー!」

「お坊ちゃま、礫は打ち尽くしました!」

「くそう!ならば全軍で攻撃!」

「なりません!ここで無下にあの壁に取りつけばどの様な反撃を受けるか!

 ここは再度礫を集め、総攻撃に備えるべきかと!」

「おのれえ!私に恥をかかせよって!

 明日こそは必ず皆殺しにしてやる!

 兵に命じろ!堤防の石を明日の攻城の礫とするため急ぎ持ってくるのだ!」


 生きてるだけで恥な奴が何言ってんだろうねこいつ。

 まあ、明日の総攻撃とやらに備えておくれ。

 そして、地獄へ一直線の道を、テメェの手で開いてくれ。


 兵共が堤防から石を黙々と運んでくる。

 大自然の脅威からこの農地を、自分達を護ってくれる筈の、命を石を。

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