3.援軍来たる?!我が友命の叫び

 無謀な夜襲を覚悟したガケっぷちのあの晩から数日、敵の挑発も無く過ぎました。


 砦から見た敵陣のある対岸。

 見事に焼け野原になっていて、食料や武器を失ったせいか千人もの部隊がコモーノ領に引き上げて行きました。

 ザマーカンカン河童の屁ー!!


 その隙に、私達は収穫を急きました。

 結果、黄金の波は全て刈り終え、私達の悲願を果たす事が叶いました!

 冬を越せる糧を、自分達の手で実らせ借りとる、自給自足の夢。


 もうじき、マッコーが返ってきます。

 もし援軍が来るならば一安心。

 でも、もし来なければ…


「逃げましょ?」

 いつの間にか前にいたオッサン魔導士。


「貴女を慕う皆さん、みんな働き者だ。

 この人達であれば、王国が推奨する開拓地へ志願したって充分やっていける。

 男爵令嬢であれば、小さいとはいえ領地として認めてくれって訴えられるでしょう。

 貴女の未来は、悲しい物なんかじゃ決してないですよ?」


 収穫に笑顔が満ちるこの小さい城の中。

 苦辛い大麦パンに干し果実を乗せて食べる子供達も大はしゃぎ。

 これから大麦に替わって小麦を撒けば、もっと柔らかいパンを食べさせてあげられます。

 いつかは羊を買って羊毛を得てこの地を富ませられれば、羊の乳を飲んだりチーズが出来る様になれば…なお素敵ですわ。


 収穫が減っているサンズーノ領を蘇らせる鍵が、この地にある。私はそう信じます!

 そんな私達の土地から逃げるなどと…


「全てはマッコーが戻っての事。

 寄り親たるマモレーヌ伯爵様の御考え次第、ですわ」

 すると魔導士、何かを言いかけて、止めました。

 それは、私には良い事には思えなかったのです。

 この男、何か良くない物が見えているのではないかと思ったのです。


******


「ツンデール様!マッコーが!」

 収穫の手伝いをしていると騎士の娘が、悲壮な表情で私を呼びました。

 彼女に良くない事が!

 彼女に従って城壁に昇ると…


 刈り取りが終わった土地に敵兵が陣取って、その真ん中に柱が立てられ。

 わが友マッコーが縛り付けられていたのです!

 着ていた鎧を奪われ、下着姿となったマッコーが。


 皆が友の姿に悲痛な視線を向けていました。

 私が困難な使者に命じたばかりに!

 しかし、誰かが行かねばならない状況だったのです。


「お嬢様、皆を落ち着かせましょう」

 またしてもいつの間にか魔導士が隣に。

「で、でもマッコーが!」

「落ち着け」


 のほほんと見えた魔導士が私を打ち据える様に、静かに命じたのです。

 優しさの無い、厳しい、小さい声の一言。

「お前が慌てれば皆も慌てて、取り返しがつかなくなる。

 それをあの勇敢な娘が望むのか?」


 そうですわ。

 ここで私が狼狽えてしまえば。

 敢えて彼女を晒し者にした敵の思惑に乗ってしまったのも同じ。

 彼女の名誉のためにも、毅然と振舞わなければ。

 私は魔導士の視線に応え、皆に向かいました。


「みんな、落ち着きなさい!マッコーも私達を見ているのです!」

 泣かんばかりだった皆が私を見上げました。

「彼女は私達の友です。命懸けで、友たる私達のためにあそこにいるのです!

 友として恥じるところが無い様、私達は誇りと希望に満ちた姿を保ちましょう!」


 皆の視線が、鋭く、熱くなりました。そしてそれは敵陣のマッコーに向けられました。


 敵兵が火あぶりの薪を柱の周りに積み上げ、フードを被った敵の魔導士が現れました。

「聞け!愚かな女共!」

 敵兵の声が城まで飛んできます。あの魔導士の風魔法でしょう。


「この女はお前たちに悲しいお知らせを持ってきた。

 そこで慈愛に満ちたビッツラー様がお前たちに知らせてやろうと、有難くもお気遣いをなされた。

 さあ愚かな女!お前の仲間共に伝えてやれ!

 腰抜けマモレーヌ伯爵の援軍は断られ、援軍など来ぬ事を!」


 城内に動揺が広まった。

「やっぱり…」

「貴族様には、私達の事等…」

「私もアイツラの奴隷になっちまうのかあ」

 絶望を嘆く呟きが、私の耳に入って来る。


「鳥居強衛門かよ…」

 魔導士が訳の解らない呪文を呟いていますが無視します。

 しかし、奴等の言う様に、本当にマモレーヌ伯爵の援軍は、断られてしまったのでしょうか?!

 魔導士を見ると…

「貴女は、友の言葉を信じなさい」

 と、厳しい顔で言いました。


 何を今更…いえ、私は今友を、マッコーを見ていませんでした。

 自分の中の弱い心しか見ていませんでした。

 それを魔導士に見抜かれてしまった。

 今一度、私は遠くのマッコーの目を、彼女の言葉を。

 それは、決意を込めた和が友マッコー、マクコマー・サイナンの瞳。


「お嬢様ー!」

 敵の風魔法で声が聞こえる。

「援軍は!」

 私には解ったのです。

 彼女は嘘を言う。


「援軍は来ますぞー!!」


 晴れがましい笑顔で、彼女は言いました。

 ですが、援軍は来ないでしょう。

 彼女は私のために良く嘘を吐きました、子供のころから。


 私の失敗を自分のせいにするため、上手くいかなかった事を隠し、あとで何とか繕うため。

 晴れがましい笑顔で。そして、決まって目に涙を堪えて。

 例え遠くにいても、彼女のいつもの顔が良く見えた気がしました。


「役立たずが!焼き殺せ!」

 敵がマッコーの足元に火を付けました!


 顔を背けた私の先には魔導士が。

「お嬢様!ご命令を!」

 そうです!顔を背けている場合ではありませんわ!


「魔導士ザイトに命じる!マッコ…忠臣マク・コマー・サイナンを救い出せ!」

「はっ!」と魔導士は城壁を…飛び降りましたー?!

 何やってんですのー?!


 と思いきや魔導士はどこからか三角の翼を広げ、鳥よりも早くマッコーの元へ…飛んだのです。

 人が、鳥の様に。いえ鳥よりも素早く。

 そして風がマッコーの足元の火をかき消し敵兵を炙り、魔導士は瞬く間にマッコーを縛る鎖を断って、再び空を舞って城に向かってきました!


 城内の皆はマッコーの名を叫び、「早く!」「こっちへ!」「ごはんまってるよぉ~」と待ちました!ナゴミーェ…

 そして魔導士に抱き着いたマッコーが、鳥が羽ばたきを止める様に私の元へ舞い降りました。


 しばし茫然とし、はっと我に返ったマッコー。

「マク・コマー、只今マモレーヌ伯爵への伝令より戻りました!」

 と跪礼した。

 無事戻った彼女に、私は…

 あ、魔導士が見てますわ。


「よく任務を果たしました。ゆっくり休むとよいですよ」と命じ、ナゴミーに介抱する様目で合図した。

 ナゴミーが、皆がマッコーに飛びつきました。

 マッコーは力なく崩れ落ち…気を失っていました。


「みんな、貴女の事が大好きなんだなあ!」

 不細工な魔導士の笑顔。この時ばかりは、有難く感じ、心が温かくなりました。


******


 マッコーの帰還を祝って、夕食は宴会の様でした。

 しかし。

「あの騎士殿は素晴らしい!」

 このオッサン、私の友の下着姿に密着した所為か、鼻の下を伸ばしていますわ!!

 汚らわしい!前言撤回!


「あの人は、あの場で死を覚悟して嘘を言った。

 自分の命と引き換えに、この城の皆に、覚悟を固める時間を呉れようとしたんだ。

 貴女が気付いてくれる事を前提にしてね」


…この男も理解していた様です、彼女の嘘と、決意を。


******


 宴会が鎮まり、皆が寝床に就いた後、私はマッコーを呼んだ。


「はは。やっぱり、バレちゃいましたか」

 一緒にいたナゴミーも、何も言わず頷いています。長い付き合いですものね。

「マモレーヌには足止めされたでしょう?」

 魔導士の質問にマッコーは驚きで返しました。

 この問いには私も驚きました。


 マモレーヌ伯爵は決して薄情な方ではありません。

 しかしこの争いで私に味方せず、マッコーを足止めした。

 恐らく伯爵は別の使者を立て、ビッツラーには停戦を、私達には引き上げを命じられるおつもりだったのではないでしょうか。


 しかしマッコーは逃げてきました。

「城が飢える前に、お嬢様が突撃する事を案じて!」


 私でしたかー!

 やはり私は愚かでした!

 友が命を懸けて私の元に急いでくれたというのに!

 このオッサンがいなかったらマッコーの想いも台無しでしたわー!

「だが僕は許すね」

 またこのオッサンはしたり顔で。


「この地で君達を襲った不幸は、この国にも、海を渡った大陸にも。

 どこにでもありふれている。

 多くの女たちが泣き、苦しみ、誇りも命も奪われている。

 でもあなたは戦いを選んだ。

 友の、仲間のために」


 変わらずしたり顔で話してるのに何故でしょう。

 この不細工なオッサンの言葉に、心が少し軽くなった気がしました。


「この戦いは負けじゃない。負けたと思うまで、人間は負けない。

 彼女は、マッコーさんは、それを貴女に伝えたかったんだ。


 例えここから退去を命じられても、君を、君たちをないがしろにした奴等に。

 せめて最後まで思いっきりギャフンと言わせてやろうじゃないか!」


 この絶望的な状況の中に、僅かながら光を感じた、そんな感じました。


******


 翌日、屋敷の外に集まった皆に対して、私は宣言しました。

「援軍は、来ません」


 しかし今更動揺する者はいませんでした。

 みんな薄々感じていたのです。マッコーが皆を励ますために嘘を言ったと。

 騎士爵の娘も平民も子供も、どうせ皆良く知った者同士。

 彼女の嘘を誰もが納得し、そしてその先を。

 この先どうすべきか、私の話を待った。


「最早、この地で恵みを得て、私達だけで幸せに暮らす道は!

 我が父、我が婚約者と称する乱暴者!

 寄り親の伯爵ですらそれを許さなかった!」


 悔しい。皆も同じ気持ちで、涙を堪えながら歯を食いしばっています。

 しかし、ここで私まで泣いたら全てが駄目になります!

 夢を信じ、友を守り、明日に立ち向かわねばなりません!


「私は王国にこの不法を訴え、新天地を手に入れるために戦います!

 例えそれが無理であろうと、道理はこちらにあります!

 私は最後まで諦めず、闘います!」


「戦いましょう!」

 マッコーが最初に拳を上げました。

「私も!」

「諦めません!」

「アイツラの思い通りになりません!」

「みんなでお肉食べますぅ!」

 マッコー、みんなありがとう!あとナゴミーにはお肉を用意しなければね。


「では、伯爵から仲裁が届くまで、一歩も退かず城を、私達の実りの地を守りましょう。

 それまでは、誰も命を落とさず、傷付かず、この馬鹿々々しい戦いをのらりくらりとやり過ごしましょう!

 奴等にギャフンと言わせながら!」


「ギャフーン!」「ギャフーン!」


 みんなで宴を始めました。女達が、マッコーを労います。

 子供達まで、姉の様に親しく接したマッコーにまとわりつきます。


 この絶望的な知らせの中。

 皆に笑顔が戻っていくのが、心の中で実感できました。

 今私は、眼下に迫るガケっぷちを僅かながら埋め立てて貰った、そんな様な気がしました。


******


テレレ↑令嬢⇔敵レー↓ヒェッ↑


 毎度の事ながら敵陣は右往左往だ。


「何故だー!

 何故あの顔の長いけど結構いい女は!」

 やっぱいい娘だよなあ。女を品定めする目だけは正しいなコイツ。


「殺されると判っていてあんな嘘を堂々と吐いたのだー!!」

「なんでだろ~おなんでだろ~」

 コイツの領にマトモな軍師とか居なさそうだな。


「我が領の軍師は馬鹿ばっかりか!あのいけ好かんトレイタの使者位の男はいないのか!?」

 いたけど、そういう人みんなオメーの家が代々馘にして、大陸か女王派に逃げたじゃん。


「だがまだ我らには伯爵軍が置いていった必殺兵器がある!」

 いやあれアンタのオヤジが寄り親のトレイタ伯爵に向こう10年分の増税と引き換えに押し付けられた借金の塊だよ…ってこのアホに理解できないか。


「直ちに攻城櫓とカタパルトを組み立てよー!

 あの生意気な女共の反抗心を叩き折るのだー!」


 フツー、攻撃する礫や攻城櫓を移動させる道とかと並行して用意するもんじゃないですかねえ。

 コイツに何を言っても無駄かあ。

 この国の貴族の大半がこんなんだ。


 もうこの国出ていってもいいですか?

 そういう訳にもいかないなあ。

 あの、熱い瞳を持った、ガケっぷちに立たされたお嬢様を何とかしない限り。

 あの娘を慕う、心清らかな娘達が幸せに生きる道を切り開くまでは。

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