2.戦いの狼煙!真っ赤に燃える敵の陣

 悪辣な隣領と、それに迎合してしまった我が愚かなる父。

 それ等に最後の一太刀を浴びせるべく決意した矢先。

 目の前に寝っころがっているのは…男?しかも言っては何ですが、人種が違うのでしょうか…ずいぶん不細工な。

 あ、起きた。


「ふぁ~。おお!久々にお月様が一つだなあークレーターの位置が全然違うけどなー」

 と、欠伸をかます…東の国の者でしょうか?

 月が一つって、何を当たり前の事を言っているのでしょうか。クレーター?


 髪が黒く、体が小さい。

 そして、月明かりの下で見るにやっぱり不細工。しかも、中年?


 さりとて無用に命が奪われるのを見過ごすのも如何なものか。

「道を開けよ!ここは戦になる。あの大河の川下へ向かって逃げよ」

 と退去を勧めてやりました。


 この中年は暫くボンヤリと周囲を眺め、私を見つめ、他の者を、そして城を見つめました。

 その時、この男の目に私は不思議で恐ろしい物を感じたのです。


「あー。逃げるべきは、そちら様でしょう。

 サンズーノ男爵令嬢ツンデール様」

 敵の手の者?

 言葉を交わすまでもなく、一同はこの男に剣を向け取り囲んだ。


「あの上っ面クソイケメンは貴方達を待ち構えてますよ。同時に、貴方の城に襲い掛かります。

 対岸に向かう船橋にも、綱を切る者が配置されていますよ」

 な…何を言ってるのですの?


「名乗りが遅れました、私はわ…。失礼、魔導士ザイトと申します」


 なぜか一呼吸置いて、男は名乗った。無礼者という訳ではないが。

 敵の手の者かも知れない。


「私は貴方方に仇成す者ではありません。

 むしろ。

 ん~、居場所さえ頂ければ、貴方の理想を成す力となるのも…」


 私を値踏みする様な目で見ている。

 この男も、助平心で私の体を値踏みしているのか?!


「と言うか、まずはあのゲス共をやっつけちゃいましょうか?」

 はぁ?

「いとも簡単に言ってくれるが、私は死を覚悟して出てきたのです?

 お前の様な剣も持たない唯の小男が、二千の大軍の前で何ができると言うのか」

 怒鳴りつけてやりたかったが、大声を立てるのは憚られた。


「では貴方達15騎で、あの森の手前で綱を用意して剣を構えている200の兵に何が出来ますか?」

 敵に察せられていたか!

「やっぱりバレちゃいましたか~」

「ましたよ~」

「「うふふ~」」

 なにこのオッサン、ナゴミーと仲良しさんですの?

「初対面ですが?」「ですぅ」もういいですわ。


「何はともあれ今夜はあそこまで月が照っています。お帰り下さ…」

「そうは出来ぬ!

 私達は今運命の崖っ淵を乗り越えねば!飢え死にするばかりなのです!」

 私達は今、崖っ淵なのです!


「おなかへったらこまりますぅ~」ちょっとナゴミー?

「たべたいねぇ~」オッサンも!

「貴方達、仲良しさんですの?!」


 するとこの男は私を見つめた。

「選択です。このまま進めば貴女と皆さんは無駄死にします」

 悔しいがこの男の言う通りだ。

「貴女は、何をしたいのですか?

 今一度、よく思い出して下さい。

 その上で、私を道具と思って言って下さい。

 貴女の見る、この先の夢を」


 あの時。私は見透かされた気がしましたわ。

 この男は私の夢を知っている。

 私達に憐れみを掛けている。


 私は、心を絞る様に、答えるしかありませんでした。

「願わくば、私の友、私の民。

 男に守られもせず、追いやられ、明日も知れない皆が。

 自由に生きて!願いを叶えて!暴力を跳ね除けて!飢えることなく!

 人として、男と変わる事なく、幸福に一生を終える世の中を!

 そんな世の中を、そんな場所を…作りたいのです…」


 それは夢です。幻です。

 神がこの世に人を作り給うたとて、女は男に従うしか…

「その夢のために私は尽くしましょう!」

 はい?

「貴女の理想、この世で苦しむ人々を照らす光となるでしょう。

 私が全力で尽くすに値する!」

 何言ってんですのこのオッサン?


「それじゃあ~。騎士の皆さん、馬を降りて下さい」

 えー!?全力で尽くすんじゃなかったの?

 魔導士を自称する男は、暫く馬を眺め、…馬に何か話をしている?


 魔導士がわずかに指を動かすと、多くの馬が一斉に驚いて後ずさりました!

「今動じなかった馬と、彼らの主の方で行きます。

 おなかが減らない様にごはんを貰ってきます。

 ご令嬢と他の騎士さんは先にお帰り下さい」


…何言ってるんですかこのオッサン?!

「アッチの連中共、癪に触って仕方ないんでしょう?

 その喧嘩、今夜は私が替わって買いましょう!」

 そういうと魔導士はナゴミー達5騎を先導して敵陣に消えて行きました!

 オッサン騎乗してないのに速いですわ!


「お嬢様!ここは…ひとまず戻って、ナゴミー様達を待つより他にないのでは?」

「そうですわね。戻って賊を警戒しましょう」


 帰途にて。

 突如後ろで轟音が響きました。

 何事?と振り向くと…炎の柱が立ち昇り、巨大な煙が雲の様に昇っていました。

「あ…あれ…あれは?」

 私達は何か起きたかわかりませんでした。しかし、

「城へ戻れ!」

 耳元で声がしました。


「みんな、城へ。ナゴミー達を待ちましょう!」

 私達は踵を返しました。


******


 その後も闇夜の中に何度か轟音が響き、火柱が辺りを照らしました。そして。


「お嬢様!轡の音が!」

「皆、城門を守って!弓矢を用意!」

 敵であれば、最早全力で叩くしかございません。しかし。


「おじょ~さまあ~」

 遠くからでも聞こえる、あの気の抜けた、でも可愛い声。

「こんやはごちそうですよぉ~」

 ???何を言ってるのでしょうかあの子?

 それよりみんな無事でしょうか?誰か一人でも怪我を負ったら…

 いやいや、私達は決死の覚悟だった筈。例え何人か失おうとも…


 何人か、失う?!

 その時、突然今まで当たり前の様に思っていた、決死の覚悟と言う物が石の様に重く頭の上に伸し掛かってきたのです。

 ナゴミー!ペギー!ミッチー!ダイアン!モモーイ!

 みんな大切な私の仲間!

 男たちに苛まれ、奪われながら耐えて今日まで戦い続けた友達!


 私はなんと愚かな決意をしたのでしょうか?

 あの子達に何の罪があるのでしょう?!

 そんな大切な友に死を命じていたなんて!今ならわかる。私は愚かだった!

 お願い!みんな無事で帰って来て!


「みんな帰ってきましたぁ」

 はぇ?


 ナゴミー以下5人、どこも怪我した様子なく、馬も馬車も無事整列して城内へ…

 馬車?何ですのあの荷物?!馬、めちゃくちゃ増えてません?

「お嬢様言ってたじゃないですか、おなか減ったって」

 どこか得意げに言いやがるオッサン魔導士。


「すごかったですよぉ~、魔導士様が馬の足を速めて下さって、敵陣まですぃ~っと」

 俊足?このオッサン、風魔法の使い手でしょうか?


 そんでぇ、一杯麦や肉が積んであってぇ、馬車にあった分、もらっちゃいましたぁ。馬車と馬ごと」

 貰った?いやそれは分捕ったって言うのでは…


「ついでにぃ、魔導士様がえいって言ったらドカーンって」

 ついでにどかーんって、…このオッサン、火魔法も使うのでしょうか?

 風と火を使う…もしや高位貴族?!


 待ちなさい待ちなさい。それにしてはこのヌボーっとしたオッサン。

 魔力の気配も、貴族らしさもこれっぽっちも感じられませんわ。


「敵が持ってた火薬にパパパのチョイナって火をつけて、ね」


 火薬!

 敵は鉄砲を用意しているのですか!

 せいぜいは私達を脅し、追い落としてこの地を奪うかと思っていましたが。

 本気で、私達を撃ち殺すつもりでしたか!


「まあ~。

 あの調子じゃ当分は戦いにならんでしょ。先ずは火を消さないとねえ。

 今夜は宴会でも開いて飲んで歌って、せいぜい奴等に地団駄を踏ませてやりましょう」

「お酒も、あるんですよぉ~!うふ!うふふふー!」

 ナゴミー…。


 まあ、いいでしょう。

「それでは折角の戦利品、敵の前で有難く頂くとしましょう!」

「「「おおー!」」」


******


「「「カンパーイ!」」」

「やったわー!」

「アイツらの慌てた間抜け面ったらなかったわ!」

「パン焼けました!」

「お肉も、ありまぁす!おいしそぉ~」


 みんな笑顔です。

 敵に斬り込んだ5人は愉快そうに、他のみんなは安心して。

 ナゴミーはいつも通りですわ。

 子供達には、干した果実が配られました。

 久々の甘味に、みんな嬉しそう。こっちまで笑顔になりますわ。


 私もワインを注がれて、久々に頂きます。先日の宴では飲んでる場合じゃありませんでしたからね。

 はあ~。酸味と酒精の香り、本当に久々。

 あの魔導士も飲んでいます。


 おや?不服そうですわね?

「戦場でワインを頂けるなんて上位貴族でもない限り無理ですわ。

 文句を言うなど贅沢過ぎるのではないでしょうか?」

「いやこれかっぱらってきたの私なんだが。まいっか。

 いつか騒ぎが収まったら、ここのみんなでもっといいワインで乾杯しよう」


 この男。しれっと言いました。

 騒ぎが収まったら。みんなで。いいワイン。

 今の私には、それがいつになるのか解りません。


 それ程までに今の私は崖っ淵。

 ワイン飲んでも崖っ淵。

 でも、もし…何も気にせず、みんなと一緒に美味しいワインを頂ける。

 そんな夢の様な日が来てくれたら。


「貴女が望むなら、約束しよう。遠からぬ日にそうする事を」

 魔導士は笑った。締まりのない不細工な笑い。


 怪しい。

 しかし、何故だかこの男が何かの嘘を吐いている様には思えませんでした。

 それに今の私には、この不細工な笑顔に頼るしかないのです。


「疲れたでしょう。

 無事に済んだとはいえ一度は死を覚悟したんだ、今日は食って飲んで休みなさい」

 そう言うと、魔導士はさっさと城壁の上に向かいました。敵を見張るのでしょうか。


「お嬢様ー!」「お嬢様!」「お肉おいしいですよ~」

 友が呼んでいます。

 今宵ばかりは、あの謎の男の言葉に甘えましょう。

 崖っ淵から二、三歩下がって僅かに和める今宵ばかりは。


******


テレレ↑令嬢⇔敵レー↓ヒェッ↑


「ハーッハッハー!この布陣!この戦力!

 あの愚かな女共も死にたくなければスッ裸で我らに命乞いするであろう!

 今夜は前夜祭とでもいこうかな?」


(だいごうおん)


「何事ダー!」

「ハッ!それが何が何やら」

「馬鹿モーン!そいつがあの女だー!」「は?」

「お、お坊ちゃま!後方の輜重部隊がー!」


 あー。

 私達が銀蠅した物資を馬車で引っ張ってるその頃。

 お坊ちゃまと呼ばれたコモーノのガキの頭に、爆発で焼けた食料とか肉とかが降って来たぞ?

「ギャー!アーチーチー!」

「おおお坊ちゃまーチーチー!」

 燃えているんだ廊下?本能寺?あーナゴミーさん。あの辺のお馬さん達も連れてっちゃってね?


「どうしたビッツラー殿!何を狼狽えておる!しっかりせんか!」

 戦火はしっかり上がってるぞ?


「し、使者殿!敵が!輜重を!食料を」


(もいっぺんだいごうおん)


「「「ギャー!!!」」」


 既に私達が馬車と食料その他とお馬さん達をカッパラってサンズーノ城へ走っていた頃。

 本能寺アチチ組が現場に着くと、そこはでっかいクレーター。

 周りの木々も爆風で折れてる有様。


「しょ…しょ、食料が、火薬が…」

 唖然とする顔だけヤロウ。


「見張りは何をしていたのか知らぬが、大損害だ。食料がやられては戦は出来ぬ!

 改めて戦費はコモーノ領から徴収する。無論税はいつも通りだ。

 払えなければ領民を奴隷として売る。

 トレイタ軍、直ちに撤退!!

 負傷者は殺せ!戦死者としてコモーノ領への徴収対象に数えろ!」


 偉そうな使者は、既に陽が落ちているにも関わらず非常な撤退を命じた。

 ある意味クレバーだが。


 奴等は、既に領地を治めるという事象には、何らの関心も抱いていない様だ。

 私の故郷にもあんな連中ばかりがいた。

 宜しい。ならば殲滅だ。


 撤退は、結局翌朝になったが、先行して脱出したあのクレバーな使者は。

 後で熊さんが美味しく頂きました。

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