はじまりは怒りの逃避行4

師匠が唖然とするシフォンに話かける。


「彼女はたまに自分が制御できなくなるんだよな」


シフォンはビクビクしながら話を聞いている。さすがにビビってしまったようだ。いきなりの態度の急変、突然、別人格になってしまったメイプルンに驚きながらもあの屋敷から」連れ出してくれたことには感謝しているのだが。


「あの、あれは何だったんですか?」


「……あれは、もう一人のメイプルンだ」


師匠は顔をそらしながら話し始める。


「強い怒りの感情や仲間が踏みにじられたときに現れるもう一人のメイプルン。それが彼女だ」


シフォンは少し喜んだ。友達ができたということに。引っ込み思案と厳しい門限のせいで誰とも仲良くできなかった。そんな自分と仲良くしてくれる。ソレが最高に嬉しかったのだ。


「う、うう……」


苦しそうな声を出しながらメイプルンが起きる。


「あ、あれ? 師匠と……シフォンちゃん?」


「気がついたのか? お前はこのシフォンの親を追い返して気を失っていたんだ」


「うーん……よく覚えていませんがシフォンさんがここにいるってことは私の作戦は成功したんですね!!」


「住居破壊と不法侵入と傷害罪で逮捕されそうだけどな」


「あ……どうしよう、ホットケイクに会えなくなっちゃうよ。」


捕まることはないだろう、しかしながら家のお金を弁償させられることはほぼ確定であるからだ。もちろん孤児であるメイプルンにお金はない。


「……どうしよう」


シフォンを連れ出したことはいい。それはメイプルンも望んだ結果だ、誘拐犯として追われる可能性があることは理解していた。しかしまだ覚悟が決まっていなかった。

本来は出頭し、裁きを受けるべきなのだろうがそうすればシフォンがまたあの家に帰されてしまう。それだけは避けたいことだった。


「……メイプルンさん、私を連れ出してくれるんですよね?」


シフォンが期待の眼差しでメイプルンを見る。彼女もあそこから抜け出すためにメイプルンを頼ったのだ。覚悟を決めて街を出るしかない。

メイプルンの心は決まった。


「わかりました、目指しましょう世界の果てを!! それでいろいろなものを見て、ホットケイクにお手紙を送るんです!!」


「決まったようだな、だがいいのか? 進めばお前は警察を敵に回すことになる」


「あのドアを壊したときからその覚悟はしていました」


師匠は二人にパンを差し出しすと、ほんの少しだけ口角が上がって表情が緩んだ。


「あ、師匠とご飯を食べる約束でした」


メイプルンはパンを受け取り齧り付くと空を見上げてシフォンに語りかける。


「シフォンさん、この空の続く先には、私達は知らないような面白いことがいっぱいあるんですよ」


シフォンは空を見上げるだけで何も語らない。そんな中、メイプルンが聞き馴染んだ声が遠くから聞こえてきた。


「メイプルン、そこにいたのね」


「ホットケイク!? なんでここに来たんですか? 門限は大丈夫なのですか!!?」


突然現れた友人に驚き半分喜び半分な気持ちで尋ねる。


「出てきたのよ。親父がふざけたこと言ったから」


「え!?」


シフォンが驚き、師範は黙ってリュックから食材を追加し、夕食の準備をしている。


「そんなこと許されたんですか!?」


「許されてるわけ無いでしょ? 当然今は追われる身ってやつよ」


当然貴族の娘の家出となれば多くの騎士が捜索に駆り出される。街を出るのもかなり大変だったようで、ホットケイクは疲れ切った顔でその場に座り込んだ。


「はあ、身分があるってめんどくさいのね」


メイプルンのように誰からも咎められたり追われたりすることなく、自由にいろいろな場所に行ってみたい。

特に今回の冒険で、「知らない場所に行きたい」と思うようになったのもここを出てきた原因としてあった。


「旅って危ないのに……なんで出てきたんですか?」


シフォンにはわからない。自分は身の危険があったため出てきたわけなのだが、ホットケイクにはそんな様子はない。


「……友達をゴミみたいに侮辱するのは許さない」


ホットケイクは険しい顔でぼそっと呟くがすぐになんでもないっと顔を背ける。


「でも、ホットケイクが一緒に来てくれるなんて心強いですね!!」


ホットケイクはいつもメイプルンに頼られていた。ツタの洞窟に行く際も、かなり手伝ってもらっていた。


「そうそう、メイプルンは私がいないと駄目なんだから」


ふふん、と上機嫌にメイプルンを見る。そんな話をしばらくしていると直径三メートルはあるような、巨大な鍋が運ばれてきた。


「ご飯だぞ三人とも。今日は鍋だ」


三人は鍋の中を覗き込み匂いを嗅いだ。中から魚介系のスープの匂いがした。


「これはお魚さんの出汁ですね!!」


「とっても美味しそう……」


中には、イノシシ肉に山で取れた山菜、豆にきのこなどの具材が大量に入っている。


「さて、みんな食べていいぞ」


師匠とメイプルンは箸、他の二人はフォークとスプーンで食べ始める。


「いただきまーす」


四人が食べ始める。


「おい、メイプルン、箸で刺して食べるなって何回言えば分かるんだ、あと肉ばっかり食べようとするな」


「ひえっ!!」


メイプルンは慌ててお肉を鍋に戻して食べ始める。


「師匠さん、でしたっけ? めちゃくちゃ美味しいですねそのお料理」


「ああ、きにいってくれてよかった」


「師匠はすごいんですよ、お料理もできて強くてかっこよくて……」


「おい……」


師匠は少し恥ずかしそうな顔でうつむく。突然メイプルンは師匠へと抱くついた。


「いきなりなんだ!!」


「師匠、大好きです!! これからは一緒に旅してくれるんですよね!!」


「……」


無言且つすごい形相で師匠を睨みつけるホットケイクをよそに師匠は少し考えて首を横に振って答える。


「いや、私は無理だ。 探さねばならない物があって一緒にはいけない」


「え……?」


唖然として何も言えなくなる。師匠と一緒に冒険できる、そう信じ込んでいたメイプルンにはあまりにも辛い言葉だった。


「やだやだやだやだ!!! 師匠と一緒がいいです!! 師匠と一緒じゃなきゃ……」


メイプルンは師匠に抱きついて離しそうにない。


「私、いや、私達じゃ駄目なの?」


「え?」


駄々をこねるメイプルンにホットケイクが口を開いた。


「確かに、師匠さんよりは弱いけど、でも……」


「メイプルン、今はお前にはお前の仲間がいる。 私も他の任務をこなさねばならない。 わかってくれるか?」


頭を撫で優しく抱きしめて言う。


「ホットケイク……」


「私も、できるだけ役に立てるように頑張ります」


シフォンが更に畳み掛ける。


「シフォンさん……」


メイプルンは師匠との別行動を決意する。いつ強い魔族に襲われるかはわからない。でも、今はシフォンもいる。それにホットケイクも一緒に特訓すれば強くなる。メイプルンはそう信じていた。


「わかりました、チーム ティータイム!! 頑張ります!!」


「ティータイム?」


突然の言葉にホットケイクとシフォンは顔を見合わせる。


「なによそれ」


「私達のチーム名です、何かあったほうが団結できそうな気がして」


考え込む二人、そしてシフォンが声を上げた。


「いいですね!! ティーパーティ。とっても楽しそうです」


「はあ、別にどうでもいいけど、あなたがそうしたいならそれでいいんじゃない?」


ホットケイキが少しほほえみながらそういった。


「師匠、私達絶対に、世界を回って、いろんなものを見ていろんなことを知って師匠といろんなことが話せるようになりますから」


「ふ、待ってるぞ」


そう言うと師匠は立ち上がり手を振りながら何度も振り返って去っていった。


「皆さん、長旅になるかもしれませんが、よろしくお願いします」


「はい、よろしくおねがいしますね。 足を引っ張らないように頑張ります」


「ふ、何よいきなり改まって。お供するに決まってんでしょ」


三人残った鍋を食べながら楽しく談笑し、床についた。

どんな困難も三人で乗り越えていく、各々がそう考えながら。

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少女のたびに笑顔と幸福を 貝になった先輩 @OgasawaraKyozin

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