第2章 2人の出会い

第6話 悪役令嬢の戸惑い《ア》



 「…信じられないわね」


 今、私は悩んでいる。


 突然、実在するとしか思えない違う世界の人物の記憶が流れ込んできて、それでいてその人物がやっていた遊戯げーむの中に自分がいたのだから。


 しかし…ふむ、興味深いわ。


 私の名前、性格、好きなもの、嫌いなもの、容姿、幼少期――まあ、今ね――の境遇、それどころか未来の情報まで。全てあの女性の記憶にある遊戯げーむに載っていた。はっきり言うと気味が悪い。


 ただ…あの世界では、その私を好いていてくれた人間が一定数いたようだ。あの女性もその1人。嬉しいよりも先に、どうにかして利用できないかと言う考えしか頭に浮かばない。こんな風にひねくれているから、ここには私を愛してくれる人がいないと言うのに。


 …はあ。取り敢えず、得た情報は書ききることが出来たわね。


 

  ガチャ



 「失礼します。お嬢様、お着替えの用意が出来ました」


 「ありがとう、レーナ」


 なんてタイミングが良いのかしら。着替えてさっさと気分を変えましょ。


 「あら、今日は随分豪華ね。何かあったかしら?」


 「いいえ、違いますよ。今日の予定といえば、歴史と作法の授業くらいです」


 「…ふーん」


 私が落ち込んでいたから?いやね、表情に出ていたのかしら。水桶を持ってきてもらってすぐに顔を洗ったのに。でも、確かに着飾るのは気分が良い。自分が大きく、自分以上の価値を持っているように見えるから。


 着替えを済ませ、髪をすいて貰う。早起きの分を読書に当てて、朝食の時間になったため食堂に向かった。




 □◼️□




 「おはようございます、お父様」


 「…」


 「おはようございます、お母様」


 「おはよう、リア。今日は及第点ね」


 「ありがとうございます」


 「おはようございます、お兄様」


 「ああ、おはようリア。今日も美しいな」


 「ありがとうございます」


 家族への挨拶は、この朝食の時間に行う。今日の身嗜みと挨拶は、どうやら認めていただけたようだ。


 「そうそう、リア。今日の講義は2つだけよね。終わったら今度のお茶会のドレスを買いに行くわよ」


 唐突なお誘い。お茶会があるなんて、私聞いていませんよ?けれどまあ、お母様はいつもこうなので仕方がない。


 「わかりました。先生方に、少し時間を早めるように申し上げておきます」


 「そうね。けれど、範囲は変えてはいけないわよ。授業のスピードを早めるの」


 「勿論、承知しております」


 …今でもギリギリめなのだけど、もっとスピードを上げなければいけないのね。先生方には、本当に迷惑をかけてしまう。


 「なら良いの。お茶会は、ピンクコスモス伯爵家のものよ。なにか重大な報告があるらしいわ」


 「へぇ、あのピンクコスモスですか」


 「あぁ、あの、重病のお嬢さんがいるって言う?」


 「そうよ。遂にお嬢さんが死んだのかしらねぇ。何にしろ、ピンクコスモスとは関わりが少なかったから今回のお茶会はチャンスね。リア、調べ上げておいて頂戴ね」


 「畏まりました」


 …お母様は、こういったことを躊躇いなく口にするから困るわ。それにしても、またタスクが増えてしまったわね。取り敢えず、歴史の講義の時にイエローチューリップ夫人に聞いてみましょう。あの方ほど社交界に精通している方は、中々居ないもの。そうなると、ますます講義を早く終わらせなければ。この後、もう一度予習をしておきましょう。


 「ウフフ、楽しみだわ。今の流行りはパステルカラーなの。もう少しで春でしょう?気分を先取り、ということで流行らせてみたのよ」


 「流石お母様ですね」


 「そうでしょう?冬も趣があって良いけれど、やっぱり春の朗らかさには叶わないわよね~」


 今日はお母様の機嫌が良い日。こういった日は更に褒め称えてもっと機嫌を取った方が良い。この方は、少しでも返事が遅れると一気に機嫌を崩してしまう。


 「では、お母様の今回のドレスもパステルカラーに?お母様ならば若草色が良くお似合いでしょうね」


 「リアもそう思う?けれどね、それくらいのことは私が1番分かっているのよ。今回はレモンイエローを買いに行くわ」


 ああ…、やってしまった。


 「…そうですね。お母様にはどんな色でもお似合いですから」


 「リアって、頭が堅いのよねぇ。どんなに聞いても、定型文しか返ってこない。つまらないわぁ」


 定型文以外を返したところで、今度は別のところで指摘をするくせに…なんて、お母様に言ったらどうなってしまうのかしら。


 「…申し訳ありません。努力いたします」


 「そういうところよね。…はあ、本当につまらないわ。気分が下がっちゃった。もう食事は良いわ。そこの侍女、部屋に紅茶を。私の気分に合ったものをお願いね」


 「か、畏まりました」

 

 …そうよね、こうなったお母様はいくら言っても聞かないもの。こういう時は具体的な名称を言ってはいけないのに。本当に、失敗した。


 「そこのあなた」


 「はい!」


 「お母様にはアップルのフルーツティーを持っていきなさい。今日は冷えるからとびきり温かくよ」


 「!あ、ありがとうございます」


 さあ、私も部屋に戻らなければ。そうだわ、帰りに図書館で貴族名簿を持っていきましょう。


 ピンクコスモスのお茶会。わざわざうちにまで声をかけるなんて、何か一波乱ありそうね。…何にしろ、今の私にできることをするしかない。一先ずはピンクコスモスの領地や特徴を調べましょう。


 …はあ。今日はいつも以上に慌ただしいわね。


 私は一刻も早く本を探し出すため、より一層足を速めるのだった。


 

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