第5話 持ち主ちゃんとゆあさん《ユリ》



 「うおうっ!しぬ!しぬっ!しっ…んでない?」


 冬の夜、広い部屋におかしな言葉が響き渡る。


 …驚きました。今、私の身体を差し上げた方の言葉でしょうか。私は窓の外からこっそり様子を伺う。彼女は――まあ自分の身体なのですが――何か切羽詰まったような様子を見せている。どうしたのでしょう。


 こっそりと、部屋に入ってみる。話しかけてみましょうか。そう思い、私が言葉を口にしたのと彼女が叫んだのはほとんど同時だった。


 〈あの~…〉

 「…こないっ!!!」


 …また、驚いてしまいました。というか、私の身体からこんなに大きな声が出るなんて信じられません。


 〈す、すみません。なにかせっぱつまったようすだったので、こえをかけるにかけられなくて…〉


 来ない、とは、私を待っていたということでしょう。あの時まごつかず、すぐにこちらへ来れば良かった。反省です。


 「…ほんとにきた…?」


 〈あれっ、だめでしたかね…?〉


 ん?違うのでしょうか?驚いたような顔をしていらっしゃる。


 「いやぜんぜん!むしろきてくれなきゃこまったことになってたからきてくれてうれしい!ありがと!」


 〈そうですか。よかったです!〉


 相手の期待に沿えていたようで一安心です。思わず口許が緩んでしまい、私は慌てて手で口を押さえた。


 「うわー、かわいい。すき。だきしめたい」


 〈ふぇっ?〉


 呼び出した方――朝霞 友愛さん。あさか ゆあと読んで、ゆあの方が名前らしいです――が、突然突拍子もないことを口にした。だ、抱き締め…!?


 「と、いうことで、だきしめてもいい?」


 〈どういうことで!?〉


 どうしましょう、ちょっとヤバい人だったようです。けれど、何かこう…ヤバいけど嫌な感じはしません。この場合って何が正解なのでしょうか。


 「あれ?なんのはなしだったっけ」


 ズコーッ!いやっ、えっ…えっ!???


 〈え?だきしめていただける、というはなしでは?って、あ…〉


 つい、本音が漏れてしまいました。…けれど仕方ないと思うのです。抱き締められるのなんて、家族以外にはしてもらったことがありません。それに、着々と死が近寄ってきた最近は、少し身体を動かすのさえ危なかったので、抱き締めてもらいたくてもお医者様がお止めになっていたのですから。


 「うん、そうだったね!」



  ギュー



 「って、ちがーう!」


 〈ぷしゅー…〉


 「もちぬしちゃん!?」


 やっぱり、いくら自分の身体といえど家族以外の…むしろほとんど初対面の方とのギューは刺激が強かったですね。というか、もちぬしちゃんとは一体…?


 〈と、とりみだしてしまいました。もうしわけありません。もうしおくれました。わたくし、ユリア・ピンクコスモスともうします〉


 「いや、こちらこそごめんなさい。じせいがきかなくなっちゃった。わたしは、あさか ゆあだよ」


 〈もちろん、ぞんじております。わたくしがあなたをここへよびだすようかれにたのんだのですから〉


 ヤバい人ですが、やっぱり悪い人ではなさそうで良かったです。


 「そーなんだ。かれってだぁれ?」


 〈はい!それをいまからごせつめいいたします!〉


 やっと本題に入れました…。私はゆあさんに説明を始めた。すると、家族の話の部分でゆあさんが質問をする。


 「えっ、そんななかよしかぞくのなかにわたしがはいっちゃってもいいの…?」


 …正直、このゆあさんの質問で、私は初めてゆあさんにほんの少し信頼を寄せることができました。何の抵抗もなく他人の人生を生きる…そんな人はやっぱり信用できません。まあ、すでにギューはした仲なのですが。あと、やっぱりこの人の第一印象はヤバい人だったので。


 〈もちろんです!あと、わたしはずっとびょうしょうにいたので、かぞくとはなすじかんはそこまでありませんでした。なので、せいかくとかはそこまでしられてません!ゆあさんはゆあさんとして、ユリアをいきてくださいね〉


 そう言ったらゆあさんは、明らかにホッとした。けれど、やっぱりちょっと罪悪感があるというような顔をして。…やっぱりこの人は、良い人なのでしょう。


 あと、何故かちょっと泣きそうだった。それは本当に何故?


 その後も、色々なことを話した。


 この世界の事、自分の事、死神さんの事、ここへゆあさんを連れてきた理由。


 ゆあさんは話すたびに色々な反応をしてくれて、無表情が当たり前だった私の様々な表情を引き出してくれました。


 そういえば、痩せこけていた私の身体が、いつの間にかお肉を付けていましたね。魂が入れ替わっても…身体に影響するなんてことあり得ないはずなのに。


 しかし私は死神さんのある一言を思い出しました。


      〈近年稀に見る健康体〉


 …死神さんなりの、餞別だったのかもしれません。私が生涯見れなかった、自身の健康な姿を、現世にいるうちに見せてやろうという。


 やっぱり、私の周りは良い人ばかりです。


 …話を戻しましょうか。確か、ゆあさんの反応でしたね。


 私の身体の事を話した時、ゆあさんはそれはそれは優しげな顔をして、また私の事を抱き締めてくれました。それがまるでお母様のように温かくて、私はついつい泣いてしまいました。


 私が死神さんの話をした時は、最初に驚いて、次にハラハラしたように身体を揺らして、最後に号泣していました。予想外の反応に、私の方がハラハラして少し楽しんでしまっていたのは内緒です。


 そして、元気で長生きの約束を取り付けることに成功しました。きっと彼女なら守ってくれるでしょう。


 〈では、わたくしはそろそろいこうとおもいます〉


 「…う"ん"」


 ああ、そんなに悲しい顔をしないでください。涙と鼻水がすごいことになってしまっていますよ。


 〈…なかないでください。みじかいじかんだったけど、あなたのようなすてきなひととはなせてとてもたのしかった。あ、そうだ!ゆあさん、やっぱり私、さいごにもう1つだけたのみがあります〉


 「グスッ…な"ぁ"に"?」


 さっき1つだけって言ったのにごめんなさい。だって、今思い付いてしまったのですから。


 〈わたくしと、おともだちになってください〉


 「…なにいってんの」


 …怒っているのでしょうか。ゆあさんは、俯き気味に私に言いました。


 〈…やっぱり、だめでしょうか〉


 お友達…結局、1人も出来ませんでしたね。


 「わたしたち、もういろいろふっとばして、ともだちじゃなくてしんゆう…いや、しまいくらいにはなってるよ!」


 〈…え?〉


 …何を、言っているのでしょうか。姉妹…?友達より、もっと上…?そんな、良いのでしょうか。


 〈…フフフ、そうですね。なら、ゆあさんがおねえさまですか。…ゆあおねえさま、こんなわたくしのからだにいれてしまってごめんなさい〉


 やっぱりゆあさん…いや、ゆあお姉様は変な人です。けれど、とびきり素敵な人です!けれど、いえ、だからこそ、そんなお姉様を…本当に私なんかの身体に押し込めて良いのでしょうか。


 「ぜんっぜんだいじょうぶ!むしろわたし、ゆりあちゃんとであえて、ユリアちゃんのかわりにこれからじんせいをあゆめることが、すっごくうれしい!」


 パチクリ、私は思わず目を瞬かせる。


 〈…それは、えっと…ほんとに、うれし…い、ですか?〉


 何か、言葉がおかしいような気がします。けれど、今の私にとっては、それが本当に精一杯。


 「もっちろん!ユリアちゃんはかんっぺきびしょうじょだし、なによりとってもかわいい!…あ、もちろんなかみもだよ?そんなこのかわり、しかもしんでしまったわたしがまただいにのじんせいをもらえる、これいじょうにこううんなことって、きっとないよ!」


 …それは、こっちの台詞です。あなたのような方にこの身を託せる、そんな私の方が幸運です。


 〈…そうですか。ほんとうに、ありがとうございます!〉


 ああ、また涙が出てきてしまいました。本当のタイムリミットが、刻一刻と迫ってきていてる。私はいつからこんなに涙もろくなってしまったのでしょう。生きている時は、こんなにも泣くことはなかった、いや、泣けることはなかったのに。


 気が付くと、何故かお姉様も泣いていました。フフフ、涙もろいのはお揃いですね。2人でたくさん、たくさん泣いて。腫れた目を見て笑って、また、ギューをしました。


 〈わたくし、もうほんとうにいかなければいけないじかんになってしまいました〉


 「…うん」


 時間は待ってはくれません。死神さんに言われたタイムリミットは、夜の2時まで。時計をチラリと見ると、今にも針が、12を指そうとしています。

 

 〈がんばって、ください。わたくしがあなたにいえることは、それしかありません〉


 「…うん、うん」


 もっと、言いたい。けど、もう時間がない。


 〈けど、これだけはぜったいです。ぜったい、ぜったい、わたくしはずっとくものうえからあなたをみています〉


 「…うん!」


 〈こころぼそくなったら、そらをみて、くもをみて、わたくしをかんじてくださいね〉


 ずっとずっと、見守っていますから。少しでも、お姉様の心の支えになれるように。


 「ありがとう、ユリアちゃん。こんなに…こころづよいことってないね!」


 〈フフフ、ではさようなら、ゆあおねえさま〉


 「うん、またね!ユリアちゃん!」


 ちゃんと、声が震えていなかったでしょうか。明るく、お別れできていたでしょうか。お姉様は、実に晴れやかなお顔でお見送りをしてくださいました。しんみりするよりずっと良い、明るいお別れです。


 私は、窓の向こう、ひたすらに広い夜空、その上で待つ死神さんのもとへ向かいます。その時、確かに時計塔の鐘が鳴りました。夜の2時、普通は鳴らないはずなのに。まるで私を見送ってくれているようです。



  ゴーン  ゴーン



 鐘が鳴る。


 私はこの日、この時、正真正銘の死を遂げました。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る