第4話 転生者とユリアちゃん(2)《ゆ》



 …コホン。また、話が逸れてしまった。


 とにかく、ユリアちゃんは病弱だった。オーケー?


 そして病弱だったユリアちゃんは、物心ついた頃からが見えていたという。…もう1度言おう。彼女には、が見えていたのだ。


 …いや、どういうこと?死神って、あの死神だよね?大きな鎌とドクロが目印の、命を刈り取ってくるあの…と、聞いたら教えてくれました。


 曰く、それはずっと部屋にいた。明らかに異質な存在が、ずっとそこにいる。けれど誰もそれに触れない。ユリアちゃんは自然と、それが普通だと認識していった。


 でも、ある日異変に気が付いた。自分の体調が悪くなるごとに、その存在のオーラは増大し、段々と自分の方へ近寄ってくることに。それは止めることの出来ない、死へのカウントダウンのようなものだったという。…何だか、私の死に際と似ているような気がする。死にたくない、でもどうしようもない…うん、そっくり。だから私はこんなにも、ユリアちゃんに愛着が沸くのかもしれない。


 そして、5歳の誕生日を向かえたその日、それまで微動だにせずただそこに立ち、段々と近付いてきた死神はユリアちゃんに言ったという。




 □◼️□




 〈時間、だ〉


 ユリアちゃんは、分かっていた。苦しくて痛い自分の身体のこと。慌てて、泣き叫んで、そんな両親や使用人、お医者様のこと。そして何より、目の前に立った死神のこと。全部理解していた。自分の死期を、すでに彼女は悟りきっていたのだ。


 「…しっていますよ。しにがみさん」


 ユリアちゃんは、お母さんが大好きだった。病弱でろくに会話も出来ず、ただそこに居るだけの自分に、毎晩絵本を呼んでくれたから。愛を注いでくれたから。久し振りに、出した声。掠れていながらも、優しい声。その口調は、お母さんがいつも読んでくれた絵本にいた、優しく強い女の子にそっくりだった。


 〈…お前には、偶然にも2つの選択肢がある〉


 ボソリ、低くしゃがれた声がそんな事を呟く。


 〈ただ死ぬか、他人に身体を渡すか、だ〉


 ユリアちゃんは目を見開いた。どちらにしろ自分は死ぬじゃないか。キッと、思わず死神を睨み付けた。


 〈…幸運なことだ。ぴったりと合った波長を持つ魂が、ちょうど今死んだ。生への、強い執着を抱えて〉


 「…そのひとに、からだをあげるのですか?」


 〈そうだ。あの女の魂はまだ死んでいない。むしろピンピンと輝いている。だが、もう身体はない。対してお前の魂はもう衰弱しきっている。生気を全て病魔に吸われ尽くして、生きているのが奇跡だろう。だが、お前は逆に身体は健康なんだ。今は衰弱しているがな。痛いだろう?苦しいだろう?だがそれはな、魂が直接、攻撃を受けているんだ。簡単に言うと、お前の病は魂に結び付いているんだよ〉


 衝撃である。魂の病…なんて、きっと医者にも治せない。正しく不治の病ではないだろうか。


 〈魂の病はな、心持ちで多少は改善する。だが、幼い頃から罹るということは、抵抗する術を持たないうちに生気を吸われるということ。お前はとことん、運がなかった〉


 簡単に言ってくれる。ユリアちゃんの人生を、苦難を、抵抗を、ただ運で片付けるなんて。あまりにも馬鹿げている。


 「…わたくしのからだをそのひとにあげれば、このからだはげんきになるんですか?」


 〈ああ、きっと近年稀に見る健康体になるだろう〉


 「ならあげます。わたくしのからだ、そのひとに」


 〈…了解した〉




 □◼️□




 そうして、静かに死神は去っていったという。チラリと横を見ると、そこにはもう完全に生気のない自分の死体。ユリアちゃんは最後の夜、魂のまま屋敷を漂い、泣きながら感謝を伝えた。


 ユリアちゃんはずっと気にしていた。せっかく生まれてきて、たくさんの人に心配されて、お世話してもらって、助けてもらってきたのに、自分は何も返せずただ死んでいくことを。だから…


 〈ゆあさん、1つだけ、おねがいがあるんです〉


 「うん、な"ぁに?」


 〈たくさんげんきでながいきして、おやこうこうしてくださいね〉


 「…も"ち"ろ"ん"!」


 …いや、普通に泣いた。何しろ私、涙腺ゆるゆるなので。ユリアちゃんが良い子すぎるよ。だからこそ可哀想すぎるよ。何だよ、魂の病って。病は気からってこと?でもそれが乳児、幼児の時に罹るとか…最悪じゃん。


 〈では、わたくしはそろそろいこうとおもいます〉


 「…う"ん"」


 〈…なかないでください。みじかいじかんだったけど、あなたのようなすてきなひととはなせてとてもたのしかった。あ、そうだ!ゆあさん、やっぱり私、さいごにもう1つだけたのみがあります〉


 「グスッ…な"ぁ"に"?」


 ごめんねぇ。涙止まんなくてごめんねぇ。


 〈わたくしと、おともだちになってください〉


 えっ?あ、涙引っ込んだ。やった!


 「…なにいってんの」


 〈…やっぱり、だめでしょうか〉


 いや、違う。そういうことじゃなくてさ。


 「わたしたち、もういろいろふっとばして、ともだちじゃなくてしんゆう…いや、しまいくらいにはなってるよ!」


 〈…え?〉


 あれっ、何かおかしいこと言った?いや、言ったな。親友はさておき姉妹はおかしいな。


 〈…フフフ、そうですね。なら、ゆあさんがおねえさまですか。…ゆあおねえさま、こんなわたくしのからだにいれてしまってごめんなさい〉


 ゆあっ、おねえさまっ!何たる破壊力!


 「ぜんっぜんだいじょうぶ!むしろわたし、ゆりあちゃんとであえて、ユリアちゃんのかわりにこれからじんせいをあゆめることが、すっごくうれしい!」


 〈…それは、えっと…ほんとに、うれし…い、ですか?〉


 「もっちろん!ユリアちゃんはかんっぺきびしょうじょだし、なによりとってもかわいい!…あ、もちろんなかみもだよ?そんなこのかわり、しかもしんでしまったわたしがまただいにのじんせいをもらえる、これいじょうにこううんなことって、きっとないよ!」


 〈…そうですか。ほんとうに、ありがとうございます!〉


 そう言うと、ユリアちゃんはまた泣き出した。最後だ、とでも言うように。全部出しきるみたいに。それはもういっぱい泣いていた。つられて私も、また泣いた。私が思うに、泣くのってとても体力を使う。だからユリアちゃん、これまで泣きたくても泣けなかったんじゃないかな。そう思うと、また涙が…。


 一通り泣ききって、目が真っ赤に腫れて、そんな姿を見て、最後は2人とも思いっきり笑えた。笑った、儚い儚いユリアちゃんは、それはもう最高に可愛くて。もう1回ハグをして、お別れした。


 〈わたくし、もうほんとうにいかなければいけないじかんになってしまいました〉


 「…うん」

 

 〈がんばって、ください。わたくしがあなたにいえることは、それしかありません〉


 「…うん、うん」


 〈けど、これだけはぜったいです。ぜったい、ぜったい、わたくしはずっとくものうえからあなたをみています〉


 「…うん!」


 〈こころぼそくなったら、そらをみて、くもをみて、わたくしをかんじてくださいね〉


 「ありがとう、ユリアちゃん。こんなに…こころづよいことってないね!」


 〈フフフ、ではさようなら、ゆあおねえさま〉


 「うん、またね!ユリアちゃん!」


 そうして、ユリアちゃんはなぜか開いていた窓から、暗く冷たい夜の空へと飛んでいった。ユリアちゃんの飛んでいったあとの空にはただ、美しい満天の星と月だけが残っていた。



  ゴーン  ゴーン



 どこかで、鐘が鳴る。


 ユリアちゃんの、お見送りかな?


 私はこの日、この時、正真正銘ユリア・ピンクコスモスとして、第2の人生を歩み始めたのだった。

 




 


 




 


 


 

 

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