episode2.5[Fairy Life]
Fairy Life
黄金を束ねたようなシナプスの木々を飛び回り、地獄の日々によって実った赤い蕾を刈り取る。
大きく、そして手のかかる姉弟。彼女たちにとって人間とはそういう存在なのである。家族の笑顔を守るため、彼女たちは今日も仕事に精を出すのだった。
電子妖精。
それは電子戦の激化する第五次世界大戦に於いて導き出された対EMP機構であり、跳ね上がる軍用サイボーグの製造コストへの対費用効果を見据えて開発された大量生産の生体コンピュータである。
その開発史はほとんどが機密扱い。資料も念入りに破棄され、後ろ暗いものを雄弁に主張している。
自我のある生体コンピュータ、しかもその脳波パターンは自己判断に支障が出ないように人間にして12歳程度の人格設定を持つ。極めつけは最も人間が認知しやすい音声として性別は女性で固定されている。
ジャーナリストたちは、戦後こぞってアジア解放戦線他の元兵士たちに取材を申し込んだ。
電子妖精には自我があるのではないか。それは世間の注目を一身に集めていた。
少女の知能持った生体コンピュータを兵士の脳に埋め込む、明らかに科学倫理を無視したような技術である。そこに自我があるのなら、それは生命への冒涜に等しい。
平和な世の中で注目を集めないほうが難しい話題だった。厄介なことに、正義は大衆の方にあるのだから、取材は加熱していく。
しかし、自体は民衆の思うようには動かなかった。
苛烈な取材においても、電子妖精の自我について語る解放軍兵士は一人もいなかったのである。
あるものは自我の有無について笑い飛ばし、あるものは曖昧な笑みを浮かべるだけであった。
次第に、電子妖精には自我などないのではないか、という形で世論は決着していった。
解放軍兵士に取っては、これも当然の結末だった。
共に戦った兄妹を売り飛ばすなど、兵士たちにはハナからありえない話なのである。
兵士たちにとって、電子妖精は手のかかる妹なのであった。
仁に搭載された電子妖精は、今日も彼の脳にある感情の花々を手入れしていた。
記憶までは切り落とさず、実感だけを摘み取る。そうすることで仁の精神疾患を彼女は防いでいる。
それは仁が気が付かいない程度に繊細な処置だった。
「客観より分析。改善点、なし」
ひと仕事を終えた彼女は、満足げに脳神経の森の中を散歩することにする。
仁の日常は少しづつ彩りを増していた。
荒れに荒れていた木々が青々と茂る様子に、電子妖精は目を細める。
ふと、彼女は視界に異物を認めた。
思考の川に揺られて流れてくるのは、箱のようなものだった。
虚を突かれた彼女は、慌てて流れていく箱を追いかける。
川の先は崖になっている。とりとめのない思考は落ちていき、そこで消える。
一度崖下に落ちてしまえば、彼女でも捜索は難しくなるだろう。
電子妖精は思考の波風にうまく乗ると、空から箱を追いかける。
箱が崖から転がり落ちる。崖下にポッカリとあいた暗黒に落下した箱を、風に乗って飛んできた電子妖精が捕まえた。
そのまま風に揺られて空をぷかぷかと浮きながら、電子妖精は箱を分析する。
明らかに人工物。それも電子妖精用のパッケージである。
このようなものに見覚えはない。仁がダウンロードしている履歴もなかった。
こてん、と首をかしげた電子妖精は一つの答えを弾き出した。
彼女の監視を掻い潜ってアクセスを成功させた存在はたった一人しかいないのである。
ウイルス感染によって全世界の人間を手中に収めようとしていた電子妖精、電子妖精でありながら人の身を与えられた存在を彼女は思い、抱きかかえた箱を撫でた。
箱を破棄してしまってもいい。
しかし、電子妖精はその気にはならなかった。
マミと呼ばれた電子妖精は道を誤った。しかし、マミは自分と同じくきょうだい達のために戦ったのだ。彼女の残したプログラムが悪さを働くようには思えず、電子妖精はまた箱を撫でる。
箱に幾何学模様が走り、2つに割れるようにして中身を露わにした。
箱の中身には、メッセージとプログラムが一つづつ。
『家族を頼みます』
手紙にはたった一文が添えられていた。
プログラムはなにかのワクチンプラグラムである様子だったが、今の彼女にはそれが何を意味するのかわからない。
ただ、それが家族たる人間を思って託されたのは確かだった。
――何かあったのか。
仁の言葉を電子妖精は否定する。
「否定。電子戦シュミレーションの余波だと推定」
――了解。あんまり根を詰めるなよ。
電子妖精は返答を返さず、同族の残したものを抱きしめた。
電子妖精は悲しみの芽を摘む。
しかし、人間の苦しみ、同族の思いに触れて生まれる彼女たちの苦しみは、誰も摘み取ってはくれないのだった。
Angel Fall 渡貫 真琴 @watanuki123
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