第13話
宇宙船の管制室へ向かうミーシャは、道中に転がる死骸に眉を顰めた。
死骸は全て低年齢層であり、彼らがカスタムチャイルドであると推測できる。
ミーシャは警棒を構え、はロックが掛かった管制室の扉を枠に沿って切り取ると、倒れる扉を飛び越えて管制室の中へと飛び込んだ。
室内には異様な雰囲気が漂っていた。
皮膚に貼りつくような粘度の漂う空気の気味の悪さ、そして、恐怖に顔を歪ませて絶命しているカスタムチャイルドの死体を見下す男に、ミーシャは即座に警棒を構えた。
「国際捜査官です。
サイード・マリキン大佐ですね?
今回の事件の犯人として現行犯逮捕します」
サイードは軍帽の中から青い目を光らせる。
「なるほど、部下が沈黙しているのは貴様の仕業か。
……逮捕だと?
我々は国家として国土防衛を第一に考えて行動しているだけだ。
我々を国家として扱わず、オブザーバーでしか会議に参加させない国連にあれこれ言われる筋合いはない」
「話が通じないようだけど。
そんなことは今関係ないの、無関係の人をこれだけ巻き込んだ犯罪者を逮捕するってだけの話なんだから」
サイードの主張を切って落としたミーシャに、サイードの顔が歪む。
「小娘が。
随分と死にたいようだな!」
サイードの目が鈍く光る。
突如、ミーシャは重力の感覚を失った。
思わず足元を見たミーシャは、足元に現れた大きな穴に自身が呑み込まれる様子に驚愕する。
慌てて翼を展開し穴から飛び出したミーシャは、天井に頭を打って弾かれるように地面に着地した。
穴から脱出したと思えば、何故か地面に着地するのではなく天井に頭を打つ。
困惑する彼女は、顔を上げると息を飲んだ。
管制室の地面から青白い腕が生えている。
そして、その腕は一本だけではない。
管制室のフロアを埋め尽くす数の腕がミーシャの方角を刺していた。
その手が一斉にミーシャに殺到する。
思わず悲鳴を漏らしながらも、腕を撃ち落とそうと警棒を振るう。
しかし、警棒は無情にも腕をすり抜ける。
ミーシャは無数の手から身を守るため、翼で自分を包む。
次の瞬間、ミーシャの翼に複数の衝撃が走った。
しかし、それは殺到した腕によるものではない。彼女の電脳は、この衝撃を拳銃による銃撃の物だと判断している。
彼女の脳内に、一つの可能性が浮かぶ。
ミーシャの脳内に浮かんだのは、足元に突如開いた穴から脱出しようとした瞬間の光景である。
穴から脱出する為に飛翔した距離と、管制室の天井までの高さを演算したミーシャの電脳は、その距離がほぼ同じであることを弾き出す。
視覚は閉じて、
ミーシャは、背中を走る悪寒を抑え込みながら目を瞑った。
彼女の体内に内蔵されたセンサーがフル稼働し、視覚を失った彼女に敵の正しい位置を伝える。
敵は至近距離、翼で身を包んだミーシャに超振動ブレードを振り下ろそうとしていた。
ミーシャの跳ね上げた警棒がブレードを弾く。
サイードの息を飲む声を聴きながら、返す刀でその顔面を切り裂く。
サイードは素早い身のこなしで警棒をかわそうとするものの、距離が近すぎた。
額から大きく切り傷が走り、右目を切り裂いている。
サイードは思わず距離を取ると、顔を抑えた。
「驚いた、感覚センサーを錯覚させる幻覚なんてあるんだね。
……でも、目を閉じちゃえば関係ない。
それに、今ので貴方も見えなくなったんじゃない?」
幻覚を見せる技術、それも、サイードから散布される意図的に感覚センサーを狂わせる粒子により、質量のある幻覚にミーシャは襲われていたという訳である。
戦闘中に初見で粒子の存在を感知することはほぼ不可能であろう。
ミーシャが幻覚に気が付いたのは、サイードが攻撃のために生み出した違和感のおかげだった。
彼女が幻覚の腕に対し、翼による防御を行っていなければ気が付くことが出来なかったトリックである。
運は彼女に味方していた。
「舐めるなよ、小娘」
片目を潰され、残った目も流れる血で使い物にならない。そう判断したサイード大佐は目を瞑った。
目を閉じた二人は、武器を構え合う。
裂帛の気合と共にサイードが地面を蹴った。
火花を散らし、ブレードと警棒が二人の男女のわずかな間を何度も行き来する。
数合打ち合うと、ミーシャは徐々に押され始めた。
軍用の義体をボディとして利用するサイードと、汎用性を持たせた軽量ボディのミーシャでは単純なパワー差がある。
サイードが打ち込んだブレードを逸らしたミーシャの警棒が、遂に折れた。
ミーシャは大きく後ろにステップ、サイードは止めを刺すべく距離を詰める。
しかし、次の瞬間、サイードの各種センサーはミーシャの姿を見失った。
サイードはブレードを構え、ミーシャの攻撃にカウンターを合わせるべくセンサーの出力を最大にまで引き上げる。
サイードの背後で、地面を蹴る音が鳴った。
「死ねぇィッ!!!」
サイードが振り抜いた一閃は、空を切る。
思わず顔を拭い目の前を確認したサイードは、そこに確かなミーシャの不在を見た。
「馬鹿な……」
視界が再び流れ込んだ血に防がれる中、もう一度サイードは目を閉じる。
「ここだよ」
その音は天使の囁き。
上空に飛び上がったミーシャが、音響兵器である羽により足音を再現した偽の音。
上空から落下したミーシャの両翼が、まるでギロチンの刃のようにサイードの手足を切り飛ばした。
着地したミーシャは、呆然としながら地面に転がるサイードを見下ろした。
「……義体で良かった、あなたから木星政府の情報をしっかり絞らせてもらうから」
ミーシャの翼に切り裂かれた手足の断面からは、義体のコードや骨格が覗いている。
怒りを抑え込んでいるようなミーシャに、サイードは突如笑い出した。
「ちょっと、負けたショックで気でも触れちゃった?」
「ふふ……木星にこの身をささげて来た私がこんな終わり方をするとはな。
船のレーダーを確認してみるといい」
ミーシャは困惑しながらも、管制室のコンソールを操作する。
その顔はすぐに驚愕の色に染まった。
「ユニコーン級巡行戦艦……!?」
木星軍が採用する宇宙戦艦が、その主砲を旅客宇宙船に向けていた。
いくらテロリストが支配していたという方便を使っても国際社会からの非難は避けられない強硬手段である。
にわかには信じられない光景であった。
「ミーシャ、無事か」
ミーシャが降り返ると、血だらけの仁が管制室に駆け込んで来た。
相棒の無事にひとまず安堵するも、ミーシャは直ぐに顔を曇らせる。
「私は大丈夫、それより外に木星軍の宇宙戦艦が……」
どうしようもない悔しさでミーシャが唇を噛んだ様子を見て、仁はにやりと笑った。
「それなら心配ご無用。
騎兵隊は遅れてやってくるもんだ」
管制室を、影が包んだ。
それは、宇宙船の隣を通過した、もう一つの宇宙戦艦が生み出したものだった。
ユニコーン級巡行戦艦と宇宙船の間に割り込んだのは、国連警察の持つ唯一の武装艦であるフェンリル級戦艦エイレーネーである。
仁がミーシャに差し出したホログラム映像には、疲れ切った顔のレオンが映っていた。
『……ミーシャか、無事の様だな。
何とか間に合わせたぞ。
半ば無許可で艦を動かしたから後の事は考えたくないがな』
声に覇気のないレオンに、ミーシャは瞳を潤ませた。
「レオンってほんっとーにいい男だよね!もう最高!」
「違いねぇや」
木星軍も国連の船を打つことはできず、その船体を旋回させて行く。
管制室にサイードの慟哭が響き渡った。
こうして、大量の死傷者を出したSGC702便ハイジャック事件は、僅かな救いを残して幕を閉じたのである。
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