第12話
人工筋肉が膨れ上がり、仁が走る壁に足の軌跡を刻む。
地上のパワードスーツは俊敏な動きで彼にレーザーガトリングの弾幕をばらまきなつつも照準を合わせるが、そのわずかな時間にカゲロウを再構成し、振り抜いた。
空中で振りぬかれたカゲロウは長く細い線になり、鞭のようにしなりながら15メール先のパワードアーマーを袈裟懸けに切り落とす。
仁はJSFの残骸が転がる地表に着地すると、カゲロウをブレード
『生きてるよね!?』
一息ついた仁の脳内に、大音量でミーシャの声がこだました。
「生きてるよ。
送付したデータは確認したか?
木星軍の奴らに襲撃を受けた、この事件を利用して船ごと全てを隠ぺいする気だ。
ファーストクラスの乗客はお互いにハッキングし合って脳が焼けてるかJSFに殺されてたよ。」
『こっちもさっきまで交戦してた。
エコノミークラスに来た部隊はほぼ全滅させたと思う。
船のカメラをハックしてログを確認したけど、敵は総勢で50名。
私は30名やったけど、そっちは?』
「こっちは18だ。
案外なんとか――」
仁は不意に言葉を切るとその場を大きく飛びのいた。
仁の足元がレーザー光で焼け、空中にいる仁にも幾何学模様を描いた光の弾幕が殺到する。
仁は致命傷のみをかわすと、軌道を変えて追いかけてくる光を振り切るために壁を蹴って上の階のエントランスへと飛び移った。
全ての弾丸を避けることはできなかったものの、レーザー弾は服下に巻き付いた携帯モードのカゲロウによって弾かれており、負傷を防いでいる。
『今そっちに行くから耐えて!』
「いや、こっちは何とかするからお前は管制室に向かえ。
先ほど接触したカスタムチャイルドのメンバーによれば、カスタムチャイルドのリーダーはそこから各員に指令を送っていたらしい。
……カスタムチャイルドの殆どは10代だ、軍人から情報を隠しきれるはずがない。
サイードは管制室を目指すはずだ」
ミーシャの判断は迅速だった。
『死んだらぶっ殺すからね!』
馬鹿な事言ってやがる。
苦笑いを浮かべて、仁はカゲロウをブレード
――空気の振動を検知、ステルス迷彩使用者が5メートル先に着地
電子妖精が囁く。
手の中に現れたカゲロウを振るうと、仁は目の前の虚空に刃先を突き付ける。
「すぐに次の戦争の準備とは熱心な事だな」
光学迷彩を解除して姿を現したのは、顔に大きな傷を持つショートカットの女だった。
「おいおい、第4次世界大戦を引き起こしたのはアンタらアジア連邦だろ。
あんたが軍属だったって事はわかるぜ、その肉体構成は戦地で散々見たからな。
木星はアンタらみたいな野蛮人から星を守る為に泣く泣くこんな事してんだ」
「過去の第三帝国も同じことを考えていただろうな」
軽口の応酬に、女はにやりと笑った。
「気に入った。
私はハディージャ、あんたは?」
「仁だ。
……戦後なんだぜ、もう戦わなくたっていいはずだ」
ハディージャは肩を竦める。
「アタシにはこれしかねぇからな。
あの戦争に全部持っていかれちまった、あんたも同類だろ」
「ちょっと前まではな。
今は……、俺が死んだら悲しむ奴が出来た。
足掻かなきゃならん」
ハディージャは仁にレーザーライフル内蔵型Iロッドを突き付けた。
これ以上人柄を知る必要はない、二人の関係は死によって終わるのだから。
「ここで出会わなきゃ応援してやれたんだけどね。上の命令は絶対だ。
悪く思うなよ」
かつての戦争で有り触れた光景が、再び再現される。
人は過ちを繰り返す。
木星軍は第4次世界大戦前に電子戦による戦法を主軸としていたために、インターネットを介さず電子妖精のサポートを受けて戦う生物的改造人間――生体者と呼ばれる兵士を主軸とするアジア解放軍に大打撃を受けたという歴史がある。
そのため、現在の木星軍は特殊なアプローチを取っている。
光学兵器の多様化による生体者対策を、仁はその身で味わう事となる。
仁は迫りくる光弾を致命傷以外は体で受けながらハディージャに切り込むが、彼女は昆の様にIロッドを振り回して仁の太刀筋を弾き続ける。
有効打を与えられないまま、仁の頭上から大量の光弾が降り注いだ。
足の筋肉を肥大させて、地面を砕きながらバックステップ、それでも追尾してくる光弾をカゲロウの射程を自在に変化させながら撃ち落として行く。
今のところ致命打はゼロ、しかし、仁にわずかなダメージが蓄積していく中、ハディージャは未だ無傷である。
――追尾弾の精度がさらに向上!敵による回避パターンの割り出しが進行中と推測!
電子妖精は警戒の声を上げる。
仁は吹き抜けの通路から上の階へ飛び映り、プラズマブラスターを乱射する。
ハディージャは回り込むように走り弾丸を避け、Iロッドを仁に向けた。
突如、仁の隣にあった自動販売機がハッキングを受け爆発し、仁を吹き飛ばした。
衝撃で止まった心臓を電子妖精が再起動、仁はバネのように飛び起きる。
「勘弁してくれよ……」
泣き言を漏らしながら、既に放たれていた光の弾丸を撃ち落とす。
「分析はまだか!?」
電子妖精はようやく沈黙を破った。
――分析完了。レーザー弾は複数の浮遊するレーザー偏光装置によって自在に軌道を変更可能であると推測。ただし、装置は極小であるため遠距離からの破壊は不可能。
この弾幕の中接近しろって?
仁の表情が引きつる。
しかし、内心とは裏腹に仁はハディージャとの距離を詰める。
仁を追ってこの階に着地したハディージャは、無軌道に広げた不規則な軌道の光弾を放つ。
――さらに精度が向上!次の回避は困難!
ハディージャによる回避パターンの分析は完成に近づいている。
仁は弾幕が襲来する前に、吹き抜けのフロアに飛び出した。
また他の階に逃げるのだと判断したハディージャは仁の姿を追うべく、落下防止の柵から外に顔を出す。
彼女の目に映ったのは、細く伸ばしたカゲロウを上階の天井に突き刺し、ロープのように体を旋回させながらハディージャに飛び掛かる仁であった。
ハディージャの電脳が即座に動作可能な偏光装置を設置し、ハディージャがIロッドから放った光を仁に反射すべく待ち構える。
――偏光装置の位置を確認、ロックオン完了!
仁はカゲロウを宙に放り、その形状を無数の針に変形させた。
電子妖精が正確に位置を調整した無数の針は、放射線状に広がると、宙に浮かぶ偏光装置を叩き落す。
ハディージャからわずか数センチの距離に仁が着地する。
Iロッドで仁を殴りつけるよりも早く、仁の拳がハディージャの胸を貫いた。
よろけたハディージャは、壁に背を預けて座り込む。
その手が力なく地面に落ちた。
「はは、マジかよ」
ハディージャは血の混じった咳をまき散らしながら、小さく笑う。
「悪いな、俺はアンタを無力化できるほど強くねぇ」
目を伏せた仁に、ハディージャは首を振る。
「気にするな。
アタシの番が来ただけさ。
同じようなことを、ずっとやって来たんだから……」
ハディージャの呼吸は徐々に弱まる。
「寒いな……」
激しい出血に身震いしたハディージャに、仁は自分のジャケットを掛けてその身を離す。
「お前は、逃げ切れよ」
去っていく仁に言葉を振り絞り、ハディージャは目を閉じる。
穏やかな顔で彼女は意識を手放した。
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