第11話

 宇宙船内に展開した木星軍特殊作戦群JSFは、その殆どが旧式戦車程度なら単体で制圧可能な能力を持つパワードスーツを着用していた。

彼らは最新鋭の透過ゴーグルと、最適な選択肢を表示する情報統合ヘッドギアの指示により素早いクリアリングを行いながらフロアのアンドロイド達を撃破して回っていた。

時折助けを求める一般人に出会うものの、JSFは情報を聞き出してから彼らを即座に射殺する。

 彼らの使命はたった一つ、木星の暗部であるカスタムチャイルドをこの事件ごと闇に葬る事である。

 目撃者が全て死んでしまえばこの事件をただの事故に変える事は造作もないのだ。

 客室につながるロビーに展開したJSFは、悠々と敵を探す。この宇宙船はいわば密室であり、逃げ場などない。

 そして、それは彼らにも当てはまる事である。

 JSF隊員の一人が、唐突に肩を落とした。

 彼の異変に気がつき、振り返った仲間の体を彼のビームガトリングが蜂の巣にする。

 乗っ取られた仲間をJSF隊員は止めようとする者の、いつの間にかハッキングされていた肉体が動くことは無い。

 乗っ取られた隊員はそのまま動けない仲間を皆殺しにすると、最後に自分の頭を拳銃で吹き飛ばす。

 

 陰から兵士達にハッキングを仕掛けていたカスタムチャイルドの青年達は、この結末にハイタッチをした。

 不意を突かれ仲間も失ったが、彼等にはまだ電子戦能力の優位がある。

 浮かれる彼等に、冷ややかな声が降りかかった。

「ふん、殺しで喜ぶか。

 やはり失敗作だな」

 虚空から聞こえる声に驚き周囲を見渡した彼らは、誰もいなかったはずの背後に男が立っていることに気がつき、押しのけられたかのように後退りする。

「サイード……!」

 無精ひげに彫りの深い顔を軍帽で隠したこの男こそが、カスタムチャイルドが探し回っていた仇敵、サイード・マリキン大尉であった。

 幽霊の如く生気のないサイードに、青年達は怯えの色を隠せない。

しかし、すぐに威勢を取り戻すと、ハッキングを仕掛けるべく掌を男に向けた。

 その顔は驚愕に染まる。

 彼らの電脳は、そこに何もいない事を告げていた。

 見えているのに、男はそこに居ない。

 恐怖を覚え、仲間と顔を見合わせた青年は絶叫の声を上げた。

 そこにいるはずの仲間はおらず、ニタリと笑ったサイードが立っていたのだから。

 錯乱に任せて目の前の男に潜航ダイヴ、その電子回路をショートさせて頭を爆破しようとした青年は、自身がカウンターのハッキングを受けていることに気がつく。

 青年の意識はそこで途絶えた。


 現実世界に転がるのはサイードの死体ではなく、相互にハッキングを掛け合い、同士討ちで全滅したカスタムチャイルド達の亡骸である。

「JSFともあろうものがこんな屑どもに何を苦戦している。

 鍛え直しが必要だな……」

 部下の不甲斐なさに舌打ちしたサイードは、闇に溶けるように消えた。


「いいか、ステルス迷彩は万能じゃない。

 大事なのは探知不可能領域を生み出すことだ。

 姿を隠し、リソースを敵の前をくらますことに使い続けろ」

 パワードスーツのステルス迷彩装置を分解し、カスタムチャイルドの面々に使い方をレクチャーする仁に、メンバー最年長の少女であるタキはおずおずと仁に尋ねる。

「あの……いいんですか?

 私達を拘束しておかないと責任問題になりますよ?」

「んな事してお前らが死んだら目覚めわりぃだろ。

 ……ミーシャが見たら怒るだろうけが。

 俺にできることは逃がしたお前らがまた人を殺さないように祈ることだけだ」

 俺は勝手なんだ。

 自嘲気味に呟くと、JSFの本体を叩くために仁は部屋の外へ出て行った。

「助けてくれる大人の人、初めて見たね」

「あの人がお父さんなら売られずに済んだのに」

 カスタムチャイルドの所属メンバーは木星で人体改造を受けている。

 彼らは改造によって人間情報端末とも呼べるほどの電子戦の自由度を獲得しており、Iロッドなどの情報端末を必要とせずに電脳にアクセスできる、強力な電波発信体であった。

「ほら、浮かれないの。皆くすりは飲んだ?

 忘れると眠っちゃって動けなくなるからね!」

「はーい!」

 暗殺などの現実世界からのアプローチを目指したこの開発計画は成功を収めたものの、専用の薬がなければ彼らは体が避けるような頭痛により1時間も起きていられない。

 生物として欠陥を後天的に与えられ、彼らは人間から兵器に作り替えられていた。

「ほんと、もうダメかと思った」

「ちょっとちびっちゃったもん」

「やめてよ~!」

 年下のメンバーが嬉しそうに騒ぐ中、タキは仁の小さな背中を思っている。

 自分達を殺すという手段を取れなかった男の戸惑いと心の傷は彼女にも伝わっていた。

 ――もう戦争は終わったんだ。

 仁の漏らした呟きは、タキの耳に居座り続けた。

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