第10話
ミーシャが客室を制圧していた頃、仁はもう一つの客室に向かっていた。
戦力の分散に戦争経験者の仁は反対したものの、乗客の命を優先することを優先するミーシャに折れた形である。ミーシャがエコノミークラスを、ファーストクラスを仁がそれぞれ制圧する手はずとなっていた。
ファーストクラスの客室にたどり着いた仁は、ずらりと並ぶ個室に思わず辟易した表情を浮かべた。
エコノミークラスとは天と地の差である。
こうなるといつ不意打ちを受けるか分からない、仁はジャケットの内側から小型の円筒型ゴーグルを取り出すと装着する。
――音響探知だけで対処可能
不満の声上げる
透過するニュートリノのぶれを利用して壁越しを予測、映像化するゴーグルには、地面に倒れ動かない人影のみが広がっている。
仁は生気の消えた廊下を一人歩く。
一つの部屋の前で足を止めた仁は、膨張した人工筋肉の脚力に任せて扉を蹴り破った。
飛来した扉に室内の集団は驚きの声を上げる。
部屋の中心部に飛び込むと、仁は電脳越しにMB9001-カゲロウを起動した。
仁の手の中に黒い靄のようなものが集まったかと思えば、それは1秒も経過せずに日本刀の形で顕現する。
ナノマシンで形成された超振動ブレードであるMB9001-カゲロウは、使用者の脳内イメージを反映して強度を考慮しなければ最長25メートルもの刀身を自由に生成することが出来る。
室内には全身を覆うパワードスーツを纏った重武装の兵士が3人と、彼らに背中を向けてうつぶせになっている少年達が居た。
――若年者とカスタムチャイルドの容姿が完全一致、兵士の所属は不明
なに、敵であることには変わりねぇさ。
カスタムチャイルドを制圧していた謎の兵士の登場に困惑する電子妖精に反し、仁は躊躇なく動いていた。
微細に振動したカゲロウの刃先が、仁に向かって発砲する兵士の腕を切り落とす。
大抵の歩兵装備を無力化してしまうパワードスーツであっても、パワードスーツを突破するために作られた軍用ブレードの前には意味を成さない。
しかし、その重武装を与えられる兵士たちも優秀である。
片手を落とされた程度では痛覚をシャットダウンする機能が実装されているパワードスーツを止めることはできない。
――あなたが死ぬまで3センチ!
電子妖精が脳内で楽しそうに騒ぎ立てる。
至近戦闘の結末が決まるのはほんの一瞬。
――あなたが死ぬまで1センチ!
即座にナイフを抜いて襲い掛かった兵士たちの波状攻撃をボディワークだけで回避する仁は、返す刀で兵士たちの体を切り崩した。
3体のパワードスーツは、複数のパーツに切り分けられ、体という段差に沿ってゆっくり地面に崩れ落ちる。
状況を飲み込めていないカスタムチャイルドの面々に、仁はホログラムの捜査官手帳を提示した。
「国連捜査官だ。
おい、何が起こってんだ。こいつらは何だ?」
仁は怯えを隠しきれていないカスタムチャイルドの面々にカゲロウを突き付ける。
小さな悲鳴を上げた後、彼らの中でも一番年長だと思われる女がおずおずと口を開く。
「……木星軍です。
今回の私達の作戦を利用して、私達を潰すつもりだと思います」
『軍』という予想外の第三勢力に、仁は呆気に取られていた。
ミーシャによるカスタムチャイルドの青年へのハッキングは続いていた。
メンバーとの会話ログ、個人データ、この作戦の全容がミーシャの脳内に移行していく。順調な滑り出しによる喜色の表情は、最新の会話ログとマップデータを参照した事で曇り始めた。
カスタムチャイルドはサイード大佐の行方を乗客同士の蠱毒でも見つけられず、客室の外を探っていた様だった。
そして、ミーシャが突撃する数分前、ようやくその居場所に気がついた時には既に遅かった。
サイード大佐と配下の特殊部隊は、貨物として既に飛行機に運び込まれていたのである。
カスタムチャイルドの作戦は初めから察知されていた。
木星軍はそれを逆手に取って彼らを皆殺しにするつもりなのだ。
既に木星軍の舞台は船内に展開しており、カスタムチャイルドの面々やその先頭を目撃した一般人までも襲撃している。
木星政府はカスタムチャイルドの存在を闇に葬り去ろうとしていた。
ミーシャは慌てて電脳空間からログアウトする。
現実世界では、今まさに木星軍のワパードアーマー部隊が客室に雪崩れ込む瞬間であった。
「……ジョーダンでしょ?」
事態は彼らの想定を大きく超え、暗闇へ転がり落ちて行く。
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