第9話

 乗務員の休憩室で船内の制御系に潜んでいたミーシャは、思わず端子から首に繋がる接続ケーブルを引き抜いた。

 急がなければどれだけ死者が増えるか分からない。

「仁、まずいよ。

 奴ら乗客をけしかけてお互いにハッキングさせ合ってる。

 一番最初に頭部を破壊されて死んだ乗客をハッキングしたやつは痕跡からして近距離でのアクセス、乗客の中にもテロリストが紛れ込んでると見て間違いないと思う」

 折りたたみ式のヘッドデバイスを装着して潜航していた仁も、デバイスを脱ぎ捨てて情報を共有し始める。

「こっちは敵の通信の痕跡を探ってみた。

 敵はかなり電子戦に自信があると考えてよさそうだが、実戦経験は薄いかもしれない。隠ぺいのための行動が逆に情報になってしまっている。

 障壁アイスの構成と規模からして人員は30名程度だ」

 仁は説明を続けながら、レオンとの秘密回線を開く。

『先ほど頼まれていたカスタムチャイルドという組織について分かったことがある。

 最近木星で活動を始めたテロリスト集団らしい、木星政府の役人が中々吐かなかったんで荒っぽい手を使う事になった。恐らくこれは木星の暗部に関わっている事件だ。

 カスタムチャイルドは木星政府、特に木星軍に対して反抗活動を行っているが、彼らが襲撃しているのは主に木星の生態研究所となる』

「生態研究所?数か月前のマミの事件を思い出すな」

『遠からずだ。

先の大戦の戦争特需と、戦争による大きな被害から戦後の木星政府と軍は生体パーツの製造、販売に邁進してきた。

 その研究には非人道的な部分がある事は国連の中でも報告書が上がっている。

 カスタムチャイルドはその負の側面だ。

 彼らは研究所から脱出した新世代生体者の集団で、木星軍に対して一際強い敵愾心を持って行動していると思われる』

 レオンは二人の脳内に、確認されているカスタムチャイルドのメンバーリストをアップロードした。リストアップされているのは20名程度、素性が割れていないメンバーに不意打ちに合う危険性は大きいだろう。

 しかし、死者はこうしている間にも増え続けている。 

 二人は脳内のフォルダに容姿のデータを保存すると、装備をチェックし始める。

『行くのか』

「私達が止めないと」

『……ハッキリ言って2人で手に負えるような事件ではないぞ。

 木星の電子戦の厄介さは良く知っているはずだ。

 まだ間に合う、お前たちだけでも脱出しないか』

「できないんだな、これがさ」

 ミーシャは困ったように笑った。

「世界に希望があるって見せなきゃ」

 レオンのため息が漏れる。

『仁、お前はどうする』

「こいつが無茶しないように見張れと言ったのはアンタだぜ」

 レオンは唸る。

 仁は他人事のように、今頃彼の眉間のしわは凄いことになっているだろうなと思った。

『……死ぬなよ』

 レオンの声を背に受けながら、ミーシャたちは戦場へ向かう。


 客室には脳が焼ける香ばしい香りが充満していた。

 啜り泣く声と怒号が支配する小規模な煉獄には力だけが法としてあった。

 当初は混沌としていた客室内は、やがて実践経験に優れる兵役経験者たちが制するようになり、効率的な虐殺が行われていた。

 しかし、サイード大佐の情報はいくら殺しても見つからない。

 本当にこの中にサイードはいるのか、自分達は存在しないサイードを探しているただの人殺しではないのか?

 乗客達の間に流れる緊張は限界に達しつつある。

「そうだ、子供、子供のボディを使用してるんじゃないか!?」

 一人の男が口走ったその発言に、周囲の乗客達は部屋の隅で震えている子供達に目を向けた。

 一人の少女は、自分の背中に隠れた弟を守ろうと騎乗にも大人達を睨みつける。

 その視線が気に障ったのか、一人の男が少女達に詰め寄った。

 恐怖に少女が目を瞑る。


 刹那、飛来したミーシャの蹴りが男を遙か後方まで吹き飛ばした。


 男達は突如現れた白髪の女に唖然としていたが、即座に彼女に襲いかかる。

 改造人間達の格闘戦は一瞬の判断が勝敗を分ける。

 飛んできた右ストレートにカウンターの左フック、後方から飛んできた蹴りをバックスピンキックで回避し踵を叩き込み、飛んできた客席を機械の四肢で受け流しながら投擲者を殴り倒す。

 ミーシャの攻撃は止まる事なく暴徒たちを砕き続ける。

 ミーシャの義眼に、こちらに向けて掌を突き出している青年が映った。義眼にはレオンから共有されたカスタムチャイルドのメンバーと青年の骨格が完全に一致している旨が記された。

 外見を変えることが容易になった現代においても、骨格を変更する事はそのから容易なことではない。

 突如、ミーシャの右手が誤作動を起こし彼女の首を締め上げる。

 ミーシャは右腕の機能をシャットアウトすると青年の顎を砕き意識を吹き飛ばシャットアウトした。

 僅かなうちに客室には静寂が溢れ、室内に立っているものはミーシャと子供達のみとなった。

 彼女は子供たちを安心させようと振り返る。

 もう大丈夫、と言う言葉は口から外に出る事はなかった。


 子供達は、一斉にミーシャに向かって掌を突き出していた。


 大量のアクセスにより電脳がダウンする前に、ミーシャは彼女の<翼>を展開した。

 天使のような羽が吹き出す。

 翼から発生した振動は、空気を伝い子供達の脳を揺らし、その意識を刈り取った。

 乗客達の判断はある意味で正しかった。

 組織名に相応しく、子供達こそがテロリストであったのだ。

 船内を静寂が包む。

 悲しみを噛み殺すミーシャの耳に、先ほどミーシャが蹴り飛ばした青年の呻き声が届いた。

「何故だ……何故我々の大義を邪魔する!

 彼らを見ただろう!

 まだ年端もいかぬ子供達が実験材料にされている。

 彼らは無茶な改造のせいで薬がなければ日中の殆どの時間起きてはいられないのだぞ!

 それを巨大資本の金に踊らされているのはあんた達じゃないか!」

 白髪の熾天使は、その言葉にざらりとした瞳を向けた。

「詭弁だね。

正義の反対はまた別の正義だって言いたいの?

 一般の市民を巻き込み、守るべき子供達を闘争の道具にしている貴方たちが。

 良い悪いはちゃんとあるよ」

 そう断じたミーシャは青年の首筋に手刀を畳み込み、その意識を刈り取った。

 気絶した青年の首元にある端子に、ミーシャは自分の首元から引き伸ばしたコードを繋いだ。

 電脳空間に浮かぶ障壁アイスの城を、砂の城を崩すかのように切り分けて、その中心部にある球体のメインデータにアクセスする。

「さてと、相棒の為にも急がないとね」

 ミーシャは電脳の奥深くまで泳いで行った。

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