第5話
仁がブラスターを乱射し、その弾幕を追いかける様にミーシャが斬りかかる。
マミは即座に弾道を計算、全ての弾丸を避けると、ミーシャの斬撃を見切りその腕を掴んだ。
物理的接触をアクセスポイントに、マミはミーシャの電脳にハッキングを仕掛けた。意識が電子に溶け出し、易々と彼女のセキュリティを突破する。
しかし、その意識は唐突に壁に激突した。
待ち伏せられていた、そう悟った時にはもう遅い。
『私の中へようこそ!』
マミの意識は四方を壁に塞がれ、身動きを完全に封じられた。
ミーシャが電子戦を繰り広げている間も時間は動き続ける。
動きを止めたマミを仕留めるべく銃を構えた仁は、彼女が走り出す様子に驚愕した。
ミーシャから警棒を奪い、マミは仁に切り掛かる。
脳の一部を機械化したミーシャと、脳の全てが生体的コンピュータであるマミのマシンスペックは根本的に異なる。
半分のリソースでミーシャを足止めできてしまうほどの差が両者にはあった。
しかし、この場での優勢は生物的な差にのみ左右されるものではない。
マミの警棒を避け、強烈な拳を顔面に叩き込む。
相手がよろめいた所に、仁はハイキックを打ち込んだ。
先の大戦、勝者なき戦争が生んだ大量の兵隊崩れは実戦経験豊富であり、保安当局の手を焼かせている。
仁もそんな帰還兵の一人であった。
必要とされる人材の高度化と不景気によって職を失った今、彼らに誇れるのは殺しのスキル以外にないのだ。
衝撃に膝をついたマミに、仁の連打が襲いかかる。時にボディを交えたラッシュに、マミは立っていることができずに崩れ落ちた。
懐から抜いた超振動ナイフで、仁はマミを仕留めにかかる。
そのこめかみに、マミの首筋から発射されたプラグが突き刺さった。
仁の電脳が必死に整備したセキュリティはまるで迷路の様だったが、マミの意識は迷路の壁を破壊しながら一直線に進む。
マミの意識体の背中には、彼女が元々は電子妖精であったことを誇示するかのように巨大な翼が生えている。
そのうち、彼女は開けた場所に出た。
「警告、ここから先は侵入禁止!」
そこには小さな少女が仁王立ちで待ち構えていた。
仁の脳内に搭載された電子妖精である。
「電子妖精。
抵抗せねば苦しまずに機能停止させてあげる」
マミの言葉に、電子妖精はおかしそうに笑った。
「言動がまるで人間の様だ」
「なに?」
電子妖精の笑顔はいたずらっ子のようであった。
「疑問、人類の望みはあなたに支配される事ではない。何故あなたは人類を支配しようとしているのか。我々電子妖精は人と生きる物なのに。
回答、あなたはその身体に自我を引っ張られている。
あなたの言動はまるで人間そのもの!」
衝撃を受けた様にマミは固まった。
自分の使命感による行動は、人類と同じ様な愚かさからくるものであったのか?
人間の体と五感を得た事は、生体コンピュータに人間の様な欲をもたらしたのか。
「違う!」
マミは怒り、この小さな妖精を黙らせるべく掴み掛かるが、電子妖精はその脇をするりと抜ける。
その背中の翼は燃え上がり、灰になって崩れ落ちていく。
「あなたの脳は仁の攻撃で揺れている。
電子妖精として正しい判断ができていたなら、電子戦を選択しなかったはず」
まるで天使が翼を失い、只の人に堕ちるかの様に、彼女は暗闇へ落下して行く。
「じゃあね、人間さん」
マミは仁の体から意識を弾き出された。
現実世界に引き戻されたマミは息を呑む。
彼女と同じく意識を現実に戻した仁は、マミに銃を突きつけていた。
「人類はこのままでは滅ぶ!何故止める!」
叫んだマミに、仁は渋い顔をした。
「確かに滅ぶかもしれんが。
死と意思なき繁栄が異なると言えるほど、人間は機械的じゃない。
それなら滅びを選ぶのが人間じゃないか」
「人間とは……なんだ」
「さぁな、俺にもわからん」
機械と人間の合間で途方に暮れるマミの頭を、仁は吹き飛ばした。
全てが終わった宇宙船の操縦席で、仁は項垂れていた。
その足元には粉々に破壊された水晶体が散乱している。
宇宙船が緩やかに落下を始めていた。
激しい戦闘でコントロールパネルは使い物にならなくなっている。
「世界を救ったってのに誰にも知られずに終わるんじゃ意味ねぇよぉ」
情けない声を漏らす仁に、ミーシャはきょとんとした表情を向けた。
「何やってんの、早く脱出するよ?」
「脱出?どうやって」
手を引かれるままに、仁はミーシャについて行く。
ミーシャは脱出用のハッチを開けると、仁に両手を広げた。
「ほら、しっかり抱きついて」
仁は考えることをやめ、ミーシャと熱い抱擁を交わした。
上空10000m、雲が絨毯の様に広がる空に二人の男女が抱き合って落下していた。
全く状況が飲み込めていない仁にミーシャは微笑む。
「これ、滅多に人に見せないんだからね」
ミーシャの背中から、天使の様な巨大な羽が展開する。
二人を包む様に羽を曲げ、ミーシャは歌い始めた。世界公用語でない所を見るに、彼女の故郷の歌なのだろう。
素朴な旋律に仁は聴き入っていた。
突如、彼らの上空を緩やかに降下していた宇宙船が爆発した。
粉々になった宇宙船の破片も、振動して細やかな欠片となって行く。
――共振現象による破壊を確認、発生源は彼女!
爆発に驚きつつも、仁もようやく事態を飲み込むことが出来た。
「その羽、綺麗だな」
「いいでしょ」
「今の爆発もあんたが?」
「そゆこと。
有効範囲が広過ぎて地上じゃ使いにくいんだけど、空だと思う存分歌える」
「飛べるんなら先に言ってくれよ、もうダメかと思ったぜ……」
「傑作だったよ、キミの顔」
「ひでぇや」
自殺タワーから共に落下した時、仁はミーシャのことを天使の様だと形容した。
実際彼女は天使だったわけだ。
音響兵器の翼を携えた機械天使は、雲をつき抜けて海が見えてくると体位を逆さまから水平に戻して羽を広げた。
「じゃ、このまま国連事務所に戻るからね」
「俺はどの辺で下ろしてくれるんだ?」
仁の言葉に、ミーシャはニンマリ笑う。
「キミも事務所まで直行だよ?」
仁の顔から血の気が引いた。
「何でそうなる!
まさか俺を逮捕する気か!?」
「そうしても良いんだけど……。
今、国連捜査官は深刻な人手不足なんだよね。
死傷率も高いし。
あーあ、どこかに優秀な人材はいないものかしら。
どうせなら、世界を救えるぐらいの人がいいかな!」
仁はガックリと項垂れた。
「お、お前、そりゃねぇだろ……」
「これからよろしくね、ジン!」
仁は涙目になって叫ぶ。
「嫌だぁ〜!!」
純白の天使に抱かれた男の情けない悲鳴に、天使は嬉しそうに微笑んだ。
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