第130話 呪血神エイン

 武王ヤハウの死体を吸収したエイン。

半分とは言え、戦闘に特化した武神の力を吸収したエインはもはや下級神の力を超えた。


 元天使が今や神と同等、か、それ以上。

とんでもない出世である。


 口の周りに武王の血液が滴る。

それを袖で拭き、アポリュオンの方を見る。


 「貴様も美味そうだな。喰わせろ」


 ガァッと爪を立てて、アポリュオンに襲いかかる。武王を喰い、力も速度も異常な程に進化している。


 「…たかが蝙蝠が」


 一言だけ呟く。


 アポリュオンは手刀に気を込める。

縦横斜めに線を描く様に振るうとエインの体は斬られ、左腕が宙を舞った。


 苦悶の表情。

グッと声が漏れ出て、痛みに顔を顰める。


 「私の腕を切り飛ばしたな。だが…」


 グググっと力を込めると失った筈の左腕が再生された。


 手のひらを握り、そして開く。

感触を確かめる様に。


 「ほら元通りだ。次は…」


 全身に負った切り傷を全て完治する。


 「これで完全回復。では次は私の番だ」


 血液で剣を作り出す。

細くて鮮血の様に紅く、それでいてかなり丈夫な剣である。


 「吸血魔剣よ、血をすすれ。乾涸ひからびるまで」


 『吸血魔剣』

名前の通り、傷を負わした相手の血液と魔力を吸収し、所有者に与える。


 身体能力にものを言わせた刺突。

剣の周りには紅の血気が纏わせて、攻撃力を上昇させている。


 「蝙蝠こうもりらしい脆弱な剣よ。我に対してその様な粗悪な剣で挑んでこようとはな」


 つまらなさそうな顔でエインの攻撃をかわす。

必死に繰り返し攻撃を行うが全て紙一重で避けられる。完全に見切られている様だ。


 「な、ぜ、当たらん!!?」


 信じられないという顔でアポリュオンを見る。


 「それはそうだろう? 貴様はたかが蝙蝠。羽の生えた人よ。そして武王を吸収したとて奴の究極的な武術までは得てはいまい」


 「じゃあやめた。武術なんて人間がやる下らないお遊びだ。崇高な私がやるべきものではないな」


 「………」


 手に持っていた吸血魔剣を地面に突き刺す。

刺さった箇所には不吉な紋様が描かれる。


 「呪血紋を知っているか?」


『呪血紋』

呪いの力を込めた血液で紋を描く。

すると、様々な効果を及ぼし、中には対象者の精神や心を蝕むものもある。強力な紋となると神であっても抗うことが簡単ではない。


 「足削ぎ、首狩り、腕千切り、臓腑を潰せ」


 紋から巨大な人形が出現する。

人間の赤子の様な不気味なそれは呪気を帯び、やがてアポリュオンの神気すら腐らせていく。


 「ふははは。それが貴様の本領か。先ほどはあまりにも幼稚な剣技に目眩がしたが、成程、これなら少しは楽しめそうだ」


 またもや現れた強敵に獰猛な笑みを浮かべるアポリュオン。


 「虚勢を張るのはよせ。この力の前では貴様では無力の他あるまい」


 ピャアアアぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 というけたたましい叫び声をあげる人形。

虚な目がアポリュオンの方を見ると、涎が垂れている口を開ける。


 呪詛。

耳をつんざく叫び声と共に強力な呪詛を撒き散らす。


 アポリュオンは自身が少しずつ弱体化していくのを理解した。


 長く呪詛を浴びては流石のアポリュオンも危ういかもしれないと感じた。


 だが。


 「我が主人の力は貴様には使わん。騎士としてではなく武人、つまり貴様が馬鹿にした武術のみで相手をしてやる」

 

 「ばかめ。武術なんぞが呪いに勝るものか。私の力を見くびるな!!」


 「呪いとは即ち、憎悪や不安、悪感情に働きかける力であろう。それを打ち払うのは我が屈強な精神力。そして、貴様が馬鹿にした武術だ。武術とは心の鍛錬」


 拳を握り、腰の横に構える。

心を鎮め、無にし、闘気が昂っていく。

神気がそれに混じり、アポリュオンの髪色と同じ灰色の闘気が銀色へと変化していく。


 侵食していた呪気がアポリュオンの体から追い出されていく。


 筋肉隆々な至大至剛の体が更に大きくなる。


 彼の元々の種族名は『悪霊鬼』。

悪霊が集まって、一体の鬼となった。

力は弱く、吹けば消し飛ぶような存在。


 そんな彼はとある人族の武術家の戦闘を見る機会があった。


 S級危険区域『蠱毒の樹海』で浅い区域とは言え、勇猛果敢に魔物と戦っていた彼を見て武術の奥深さを知った。


 彼は名もなき頃に、毎日毎日、以前見た武術家の動きを真似た。

 

 少しずつ強くなるのを日々感じる。

魔物と戦い、命からがら逃げ出し、リベンジする毎日。


 そしていつしか樹海最強の一角を担うまでに成長した。


 彼の根底にあるのは底無しの武術愛。

そしてそこから来る主君への忠誠心。


 そんな武術を馬鹿にされ、怒りを通り越し、それを力に変える。


 「行くぞ」


 握られた拳を緩め、自然体に構える。

敵へと集中する彼には、どんな呪いも無効となるだろう。


 「くふふふ。貴様の尊厳を打ち砕いて、分からせてやる。武術なんて惰弱な人間がやる下等なモノだって事をなァ」


 「舐めるなよ蝙蝠風情が」


 地を震わせる巨大な闘気。

それを右拳に集約し、解き放つ。


 エインの目ですら捉えられない正拳突き。音は無く、放たれたのかも分からない。


 「無明を打破せよ。『首樹正拳しゅじゅせいけん閻魔えんま


 莫大で凶悪な闘気と神気の塊がエインに向かって放たれた。


 「な、なんだと!? ぐふっ」


 反応出来ず、姿が見えなく成る程、吹っ飛んでいく。


 「仕舞いだ。武術を習って出直すんだな」


 アポリュオンは背を向け、闘技場を降りて行った。


          ✳︎


 武王国近くの荒野。

エインはアポリュオンの正拳突きの威力にギリギリ耐えながら地面に跳ねながら転がる。


 「くっ…。なんて威力で殴りやがる。この私がこんなっ!!」


 何とか立ち上がって、受けた絶大なダメージの回復に努める。


 「ねぇねぇ」


 「なんだこんな時に……って誰だ貴様」


 「俺?俺くんはヴァルトメア。君の飼い主になる男さ」


 「はっ? 何を言って…」


 目の前の男の狂気のこもった笑顔に鳥肌が立つのが止まらない。


 一瞬で理解させられる互いの格の違い。


 抵抗はしてはいけない。


 両手をあげて許しをこうのだ。


 脳が体が全力で拒絶し、この場から一刻も早く去れと命令する。


 逃げに徹せよ。


 早く、早く、早く!!!


 動け体、翼を羽ばたかせ、足を動かせ。


 だめだ。


 体が言う事をきか


 

















 「ねぇねぇ、地獄の植物は好きかい?」

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