第116話 タルタロスの中

 アポリュオン戦後、場内の興奮冷めやらぬ中、順々に死合が終了する。


 しかし、あまりにも先程の戦いが圧倒的過ぎて物足りなさを感じる戦いだと感じる。


 28戦目。

タルタロスVSエアロス・モビ。

会場の客は、闘神と同等の結果を出したタルタロスに注目する。


 見た目は子ども、寝巻き姿のやる気の無さそうな目をしているタルたん。


 脱力感万歳のタルたんに少し期待感が下がっている。


 石畳の闘技場の上をハルバートをズズズズッと引きづりながら登場する。


 「早く終わらせて、肉を食いに行くっすよ。肉肉肉ーっす」


 中央まで歩いていくと、対戦相手であるエアロスが登場する。


 奇抜な格好をしたロン毛で茶髪の男。

革ジャンの様な物を羽織り、金属のアクセサリーを身につけている。


 音楽の国『ロックスター王国』の英雄でありながら、最悪の犯罪者でもある。


 彼が英雄となった理由は、戦争での戦果。

その圧倒的に有能なスキルで数々の戦功を挙げ、時の英雄となった。


 しかし、戦争が終わると戦争で狂った心に悪魔が棲みついた。


 夜の街を歩くエアロス。

欲に支配され、婦女を襲い、殺し、その遺体をコレクションとして自分の家に飾り付けた。


 その数155人。

犯罪はそれだけではおさまらず、王族の末子を殺害し、逃亡。


 王からの勅命で騎士を派遣するが、どんな強い騎士も尽くをスキルで屠る。


 ロックスター王国の最強の男に捕えられるまで悪逆の限りを尽くした。


 王は死刑に処す事にしたが、宰相が待ったをかける。


 この男の力を失うのは勿体無い。

武王国にて近々、代替わりの為の大会が開かれる。


 その大会で優勝すれば死刑は中止、武王となり我が国の属国となる様に命令しようと。


 その案に乗った王は、奴隷紋をエアロスの背中に施すと身柄を解放し、王直属の奴隷兵として支配する事にした。


 そして順調に予選、本戦を突破して今に至る。


 「肉かぁーっ。沢山食ったなぁ俺も。人間の肉だがなぁ。美味かったなぁ、叫び、許しを乞う悲痛そのもの、あいつらの心すら食い潰した感覚は何モノにも代え難いぜ」


 恍惚な表情をしながら、両腕で自分の体を抱きしめるエアロス。


 「人間は不味そうっす。でもお前の罪は美味そうっすね」


 気怠げな目で何かを見るタルたん。


 「分かっちゃいねーか。ガキなんかに分かるものか。女の肉は良いぞ。柔らかくてな、良い感じに脂が乗ってやがる。なんでこの私がって表情も表情筋モロとも喰うと最高にうめぇんだ」


 はっきりと狂人のエアロス。


 「どうでもいいっす」


 「ハッ。でも一番はガキの肉だなァ。女よりも柔らかくて白くて無垢で、お前みたいな何も知らなさそうな頭をかち割って中身を食い尽くすと珍味でうめぇんだよ」


 「誰が何も知らなさそうなガキっすか。馬鹿扱いっすか? 激おこっす。絶望を見せてやるっす」


 「これだからガキは最高なんだよ。俺に勝てると思ってやがる」


 タルたんのモチベがほんの少しだけ上がった所で死合開始。


 エアロス最強の固有ユニークスキル。

スキル名『夢見心地ドリームオン』。


 発動に条件がいるが、発動した相手を確実に再起不能に出来るスキル。


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 『夢見心地ドリームオン』。

・相手の心に侵入する事ができる。


発動には条件あり。

 ・相手に自身の攻撃をヒットさせる。

 ・ヒットした箇所と同じ箇所、自身の体をナイフで傷つけること。(傷が深ければ深いほど心の奥へと侵入する事が出来る、尚、スキル発動が成功した場合、傷は完全回復する)

 ・攻撃は素手での攻撃に限定する。


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 戦闘が開始し、気怠げなタルたんへと攻撃をしかけるエアロス。


 巨大なハルバートに警戒しながら、先手を仕掛けるエアロスは、固有スキル以外の戦闘スキルを発動する。


 『身体強化』『リミットアップ』『拳術』

『敏捷強化』「腕力強化」「高速思考」などやはり能力上、優位に立てるスキルを保持していた。


 闘気も纏い、一気にタルたんへと近づく。

タルたんが見切り、エアロスの手刀は空を切る。


 「くかか。やるなぁガキ。その身のこなしでは俺の攻撃は当たる気がしないな。そこで相談だが、俺の攻撃を一度だけ受けてくれたら好きなだけ肉を奢ってやる。お前の好きな肉だ。どうだ?」


 「良いっすよ。お前の攻撃なんて当たっても痛くも痒くもないっす」


 「くかか。ひでぇなぁその言い草。おっけー。交渉成立だ。俺はお前の腹を素手で殴る。行くぜ」


 有りったけの力をこの一撃に全て込めるフリをするエアロス。


 空気が震え、観客が居る場所にまで振動が感じられる程の一撃。


 「弱いっすねやっぱり。肉は約束っすよ」

 

 余裕そうなタルたんに、ニヤッと笑いかけるエアロス。


 「ありがとうなガキ。お前が馬鹿で助かったぜ」


 その言葉を言い終わると、エアロスは自分の腹部を革ジャンの内ポケットから取り出したナイフで刺した。


 「条件は整ったぜ」


 スキル『夢見心地』が発動する。

タルたんの目が虚になり、エアロスの意識がタルたんの心へと侵入する。


          ✳︎


 ここがガキの心か。

何も無い真っ暗な闇そのものの様だ。


 居心地は悪くねぇ。


 永遠に続く闇の中をひたすら歩くエアロス。


 いつまで続くんだここはよぉ。


 その後もひたすらに歩く。


 歩き続ける。


 一向に終わりは見えない。


 脱出する事はいつだってエアロスの自由。


 しかし、折角発動したスキルだ。

心の炉を壊せば勝ちが確定する。


 まだ歩き続ける。


 通常であれば心の炉はすぐ近くにあるものだ。


 でなければ弱い心を暖める事が出来ないのだから。


 歩き続ける。


 その後も。
















 もういい勘弁してくれ。


 まだ心の底には辿り着かないのか。


 灯りをくれ。


 恐い。


 闇が


 こちらを


 見てくる。


 頼むから俺の心を


 喰い尽くさないでくれ。


 出口はどこだ。


 もう諦めよう。


 あれ


 どうやって


 ここから出るんだっけ?


 彷徨うエアロスは


 己の罪の深さの分


 滅牢奈落亀神タルタロスという


 奈落じごくの底を歩き続ける事になる。


 心を牢に閉じ込められた哀れな罪人は


 常闇を永遠に歩き続け


 足が擦り切れても


 腕で歩き


 腕が千切れたのち


 その身を獄炎で焼かれ


 魂ごと無へと帰るだろう。



          ✳︎


 現実。


 スキルを発動したエアロスは虚な目をしたまま闘技場に立ち尽くし、ナイフで刺した腹部はスキルの恩恵か回復したが、完全に廃人の様になってしまった為、大会運営委員が戦闘不可と判断した。


 あまりの不思議な決着に、観客はシーンと静まり、勝者であるタルタロスは涎を垂らしながら去って行った。


 勿論、エアロスの懐から財布を抜き取って。


 大会運営委員は、エアロスの死を確認し、遺体をロックスター王国へと返還した。

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