第82話 龍王と竜人
ヨルムンガンドを無惨に屍へと変えた今代の龍王は、ヴァルトメアの分体と共に竜の国へと辿り着いた。
竜の国では、宴が行われていた。
樹国という訳の分からない国が分も弁えず、建国宣言をして、偉大なる祖国に牙を剥く前に竜王様が守護龍様とご一緒に侵略して下さると。
我らの悲願が果たされる時が来たのだと喜んだ。
人々は口々にこう言う。
「人族の差別からの解放がやっと目前に。まずは景気付けに格下の国を盗ろう。弱き者たちは我らの悲願のために、その命を差し出せば良い」と。
宴は続き、最終日に新しき龍王達がこの馬鹿騒ぎを目の当たりにしたのだった。
「ムートくん。君の過去は聞いた事があったね。その憤怒に身を任せて暴れておいで。こんな奴らの幸せなんて君の憂さ晴らしに潰せば良いのさ。大丈夫。サポートはするさ。君がもし暴走しても止めてあげるよ。」
「ありがとうございます。」
分体は空を飛び、竜の国、首都の上空で待機する事にした。
竜の国自体はかなり小さな領土である。
何せ人族から迫害された竜人達が集まって作られた国だ。
この首都を蹂躙すれば国としての機能は停止する。だからこそ守護龍の存在が重要であった。それも今から龍の王によって破壊し尽くされるのだが。
騒いでいる竜人の前を堂々と歩くムート。
過去を思い出し、大好きだった母の思い出、助けを求めたが、白い目で見てきた竜人達、死を覚悟した竜の国の出来事。
「そこの男、貴様龍人だな?何をしている。何を企んでいる。おい、無視するな。」
肩を掴んでくる竜人の男。
こいつには見覚えがあった。
「お前は俺に土を食わせてきた男だな。俺は運が良い。こんなにも早くお前を殺せるなんて。」
「土?あぁ、あの時の龍人か。ははっ。あの時は傑作だったな。食い物を欲しがったお前に土を食わせたんだったな。ついでに汚ねぇ女物のペンダントを奪ってやったんだっけか?商人に売ってやったが二束三文だったぞ。どうしてくれんだ?高い物だと思ってドヤ顔して売ったが、赤っ恥かいたぜ。」
「お前が奪った物は、父さんから母さんへの贈り物だ。大事な、命よりも大切なペンダントだった。」
「はー?そんな事知らねーよ。どうせ安物だろ?良いじゃねーか別に。てかお前が今着ている服も武器も高そうだな。寄越せよ龍人。」
「これはヴァルトメア様が俺の為に作って下さった物だ。貴様ごとき下等な存在に触れて良い物ではない。」
触れようとした竜人の男の腕が、ムートの腕に叩かれた勢いで吹き飛んだ。
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
絶叫に周囲の竜人がこちらを見る。
血飛沫をあげる同胞に、誰が悪いか無意識に忖度した。
勿論悪いのは全て、そこの龍人であると。
かつては恐ろしかった龍人は、いまや絶滅するべきであり、侮蔑の対象となっている。
守護龍であるアナンタも本来であれば侮蔑するべき対象だが、彼らの中では尊敬するべきものとして思考を制御している。
彼らはその矛盾に気がついていない。
日常的に行われているアナンタへの感謝の祈りがそうさせているのだろう。
畏怖と侮蔑、本来であれば混ざることのない感情が彼らを支配する。
それが祈りから来る洗脳という神々が人類に対して、しばしば行う常套手段だと彼らは気づいてはいない。
「龍人だ。殺せ。俺たちの仲間が奴にやられた。生かして返すな。守護龍様に首を捧げろ。龍人は守護龍様の御力の糧となるのだ。」
みるみる集まってくる竜人。
スキルを使って攻撃しようとする者、魔法で攻撃しようとする者、様々だが、何ひとつとして龍王の体に傷をつけるに至らない。
「もういいか?では地獄の始まりだ。」
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