第13話
「———ふむ、久し振り過ぎてどうやら力の加減が疎かになっていたらしい」
「主人よ、大分腕が鈍ったようだな。次はもう少しルシファーに制御を任せるのだ」
「うん、それがいいよ。ご主人様って生粋の感覚派だもんね」
いやー失敗失敗、と空を見上げてケラケラ笑う透に、苦笑しながら改善点を述べるアスタロトと依然として面白そうに笑みを浮かべるベルゼブブ。
そんなとても和やかな3人を他所に———シルフィアは目の前の光景にただただ唖然としていた。
「う、嘘でしょ……!?」
シルフィアの視線の先には———晴れ渡る気持ちのいい晴天の空が広がっていた。
雲一つない青空から降り注ぐ暖かな太陽の光がシルフィアの紅い瞳をより美しく光り輝かせる。
先程まで青空は愚か、空すら雲に遮られることによって見えなかったのに、今では何処を見ても澄み渡った青空しか見えない。
更にはこの地に蔓延していた禍々しく気分の悪くなる魔力も一切感じられなかった。
(これ程のことをマカゲが1人でやったって言うの……?)
シルフィアは、既に元の姿に戻った透に信じられないモノを見る様な目を向ける。
視線の先にいる透は、シルフィアからの視線に気付くと、親指を立ててへらりと笑みを浮かべてみせる。
「約束は守ったぞ。あとは———シルフィア師匠がやるんだ」
そう言った透が何かの物体をシルフィアに投げる。
シルフィアの前に落ちたそれは……。
『ば、馬鹿な……あ、有り得ぬ……わ、儂が十数年掛けて育てた最高の地が……儂の魔力が……』
「龍魔神ディストラート……?」
体長30センチ程までに小さくなった龍魔神ディストラートであったものだった。
どうやら先程の透の攻撃から自身の身を守るために蓄えていた全ての魔力を使ったのだと、シルフィアは即座に理解する。
つまり———。
「———念願の復讐を果たす絶好のチャンス……?」
シルフィアの瞳に今までの屈辱や怒り、情けなさが籠り、魔力が無意識の内に高まり始めた。
そんなシルフィアを、ディストラートは怯えた瞳で見つめる。
『よ、よせ……! 頼む……儂を殺さないでくれッ! もう悪さはしないと誓う!』
「そう言って命乞いをした街の人をアンタは何人殺したと思っているの……?」
シルフィアが一歩足を前に踏み出す。
それと同時にディストラートは無様に小さくなった身体を引き摺るように後ずさる。
『ま、待て……! 待って———』
「———【滅龍火】———」
シルフィアの人差し指に灯った小さな小さな紫色の火が、ディストラートに触れた瞬間ディストラートの身体を包み込んで燃え上がり、悪魔と龍という高次元種の身体を溶かす。
『ァァァアアアアアアッ!?!?!? 嫌だ嫌だまだ死にたくない!! まだ儂は生きていた…………』
最後まで言葉を言い終わることなく、悶え苦しみながらディストラートはこの世から消滅した。
後に残るのは……何もなかった。
「———終わった、のね……」
シルフィアは、あまりにも呆気なく自身の生涯の目標が達成されてその場で立ち竦む。
今彼女が感じているのは、達成感でも悲壮感でもなかった。
(……何も感じない。アレほど憎んでいたのに……倒したのに……何も感じない)
人生の指針が無くなったシルフィアは、呆然と空を見上げる。
相変わらず光が眩しいな、とシルフィアは思った。
「どうだった、復讐は?」
「マカゲ……」
いつの間にか隣に居た透を、ぼんやりと見つめる。
透はシルフィアの方を見ることなく、同じように空を見上げていた。
「……正直、分からないわ……だってそもそもマカゲが殆ど倒したわけだしね」
「まぁ確かに。でも、俺的にはアイツとの戦いはそこそこ楽しめたぞ。流石に満足かと言われれば……少し物足りないけどな」
その言葉を聞いて、シルフィアは思う。
(あんな化け物を相手にして『物足りない』って……つくづくアンタも化け物よね)
「どうした? 俺が、怖いか?」
「———っ」
そう言って覗き込む透の瞳には、一見普通に揶揄っているように見えて……何処か陰があったようにシルフィアは感じた。
(……目の前の私より幼い彼にも、昔何かあったのかしら? まぁでも———)
「———巫山戯るんじゃないわよ。私は貴方の師匠なの。弟子を怖がる師匠が……一体何処にいるのよ」
もしも彼の過去に何かあるなら———私の出来ることを全力でやろう。
シルフィアは、少し驚いたように瞠目する透に勝ち気な笑みを浮かべる中で、そう心に誓ったのだった。
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