第60話 過去の天使の国?

 

「コトネの事を書いたノートがあったんだ」

「ノート、ですか」

「あァ、それはもう色々書いたんだぜ? 例えば髪色やネコ耳なんかの外見的特徴から、性格、好きな食べ物、好きな季節、果てには好みのタイプなんかもなァ」


え、怖。


「え、怖」

「口に出てんだけど?」

「あっ、すみません。つい」

「『つい』ってゴウ、キミなァ……」

「いやあの、本当にごめんなさい」

「まァいい。続きな? そんな色々書いた妹ノートにある事件が起きてなァ……」


事件とは穏やかじゃないな。


「何があったんですか?」

「……燃やされちまったんだよ。残念な事になァ!」


もうお手上げ、といったポーズをとった後「うあァー」と机に突っ伏した。


「燃やされたって、誰にですか?」

「なんとなく分かんねェか? ほら、ご覧の通りオレってネコ耳なわけだろ? 加えて黒髪黒目。『龍の国』で差別してくるやつら両方に当たっちまってなァ」

「『龍の国』ってそういうの強いんですね……」

「今まで行ったどこより酷かった。アイツら自分たちをマジで龍の子孫だと勘違いしてやがる人間性だから、その分他民族への攻撃性が高ェんだよ」


俺も日本人らしく黒髪黒目だから、行くのは気をつけた方がいいのだろうか。


というか、普通に考えて龍の子孫は龍なのでは?


「ゴウもあんなとこには行くなよ? この世界の先輩からのアドバイスだ」

「ありがとうございます。俺の方が年齢は上ですけどね」

「そうだっけ? 何歳?」

「17ですよ」

「1個上か。……いや1個だけかよ!」


そうです。


「ま、まァいいか。そんで、どこまで話したっけ?」

「ほぼ全部話したと思われますけど、ノートが燃やされて無くなったってところまで話しましたよ」

「あァそうだったなァ。んで、そんな大事にしてたノートを失っちまうとなァ……もう書く気が失せるんだ。分かる?」

「なんとなくですけど、分かります」


ノートごと書いた授業内容消されたらやる気も無くなる、みたいなことだろう。


「……つっても、アレだ。本気でコトネの事探してんなら、また書けばいいだけなんだよなァ。だから結局のところ、オレはもう諦めちまってんのさ」

「あ、諦めてるんですか!?」

「あァ。でも、会うのを諦めただけだぜ? 死んでるなんざ思ってもねェよ」


な、なんだ。驚いた。


「でも、会うのは諦めたんですね……」

「そりゃァなァ。考えてもみろ? この星のどこにいるかも分からねェんだぜ? その上、あっちはもうオレの顔もろくに覚えてるわけがねェからなァ」

「いやさすがに憶えてると思いますけど……」

「ハッ、当時4歳児が6年前の事を覚えてられるかよ。てか喉乾いた、水もらってくる」


席を立ち食堂の方へ歩くヒビネさん。


今のうちに日記を書いてしまうか。



「よォゴウ、今日は良く晴れたなァ!」

「おはようございますヒビネさん、本当にいい天気ですね」


窓から外を見てみれば、そこには快晴の朝。ここ数日続いた雨が嘘のようだ。


「いつもより暖かいから眠くなっちまいそォだなァ」

「……ヒビネさん寒くても寝てますよね?」

「聞こえねェなァ」


というか、寧ろ寒い方が寝てると思うのだが。ここ『天使の国』の寒さで寝られるのは逆に尊敬出来るが。


日本とは比べものにならない寒さに毎晩震えている俺とは大違いだ。


「さてさて、今日はどんな依頼があんのかなァー、と」

「今から行けば掲示板に張り出されるまでに間に合いますね。行きましょうか」

「あァ、案内エスコートは頼むぜ?」

「一人で行けるでしょうに……」

「分かってねェなァ。女の子はいつでも、カッコイイやつに手を引かれんのを望んでんだぜ?」

「……そうですか?」

「そォだぜ」


そんな事はない気がする。


仮にそうだとしても、ヒビネさんはその『カッコイイやつ』側ではないだろうか。


「ほら、早く早く」

「分かりましたよ……でも、下手でも文句言わないで下さいね」

「言わねェ言わねェ」


体温高めの手をとり、歩いていく。



冒険者ギルドへ来た。


入口を抜け、奥に進む。このログハウスのような場所にも慣れてきたな。


「お、今日は時間ピッタリみてェだ」

「ですね」

「なんかいい感じのあるか? 出来れば楽に稼げるやつ」

「俺たちにとって楽な仕事は残っていそうですけど……アレなんてどうです? 左上の」

「シカ狩りかァ。アリよりのアリだ」


『アリよりのアリ』……? ヒビネさんはたまに不思議な言い回しをする。


「ランク6の依頼ですけど、大丈夫ですかね?」

「『カザキリシカ』如き、オレの三節棍でどうとでもなるさ。まァ、もしダメそうなら『爆裂』で─」

「それはダメです。ヒビネさんが怪我するのは悲しいです」


隣にいるヒビネさんに目を合わせ、しっかりと伝える。


「……お、おォ、そうかい」

「目を逸らさないでください」

「うゥ……わ、わかったわかった、『爆裂』は使わねェよ」

「それなら良かったです」

「キミなァ、恥ずかしくねェのかァ? こんなギルドの中でやることじゃねェって……」

「それはそうかもしれませんが、恥ずかしくはないですね」


『爆裂』なんていう自傷技で怪我をされる事を止めたいと思うのは、恥ずかしくなんてない。


「ッ!! あァもう、とっとと行くぞッ」

「はい、行きましょうか」

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