第54話 浄水

 

一隻の漁船がある。


場所は港、時間は朝。


男達がそこに乗り込む。五名だ。


テキパキと出港準備を済ませると、船はたちまち海へと進む。


天気は晴れ。波も穏やか。


日和、というやつだ。


数十分経った後、目的のスポットに近づきスピードが落ちていく。


船の上で男達が釣り竿と釣りバケツを用意する。


準備が終わり、それぞれ釣りを始める。


暫くして、一人が真鯛を釣り上げた。


周りはそれに驚き、自分も釣り上げてやると気合いが入る。


そうやって、船の上では釣りが数時間行われた。


次第に日は登り、昼になる。


一度釣りを中断し、昼食を食べるようだ。


一人が先程釣った魚を捌く。


一口、生の刺身で味見をする。


一言、『美味い』と言い残す。


一人の男が人間として発した最期の言葉だった。


乗組員五名の内、四名が見るも無残な死体で発見され、一名は行方不明。


通報を受けた海難救助隊員が駆けつけた時には既に手遅れだった。


その上、隊員のうち二名に腹部を鋭利な棒状のものが刺さり死亡するも発生した。


生き延びた隊員は現在、精神科医の下でメンタルヘルスを受けている。



かつて原子力発電施設から放射性物質が漏れ出る事故があったように、海渡プレートは海へと魔素を今現在も放出している。


西暦2021年3月23日。


海渡プレートが南霧里島で発見されてから一ヶ月。


『─魔素が人間の遺伝子及び細胞に影響を与えるのは確定的に明らかであるとし、無闇に魔素混濁海域に近づくことのないように徹底していただきたい、と考えております』


それだけの時間があれば、事態の把握は済む。しかし、対処の目処は立たない。


『また、先日起こった里ノ島沖の船舶事故も魔素が関係する人身事故である可能性が高く、南霧里島並びに周辺の島に居られる方は、速やかな避難を強く、お願い申し上げます』


テレビ画面が切り替わる。


『えー、速報です。現在、海渡市中港区の漁港で正体不明の巨大生物が出没したとの情報が入りました。現在、中継が…ヘリからの中継が繋がっているようです』


ヘリから見える漁港の映像が映る。


『こちら、現在中港区上空を飛行しています! 見えますでしょうか、あそこです! 船が停まっている桟橋の上に、巨大な生物がいます!』


触手の異形。


「お、やってるやってる〜」


紫色の髪の男がコーラの入ったプラスチックコップを片手に、ソファーで寛ぎながらテレビを楽しんでいる。


『な、んでしょうか、アレは』

『──えー、アレが何かは、今ある情報ではまだ不明です! あっ! たった今、巨大生物が桟橋から陸地へと移動を開始しました! すごいスピードです!』


「いけいけー、成功例1号! そのまま住宅街まで進んで魔素をばら撒くんだー!」


まるで映画館でヒーローをエールを送る子どものように、『成功例1号』を画面越しに応援している。


『あの巨大生物が最初に確認されたのは、今日の午後2時17分、現在より24分前となっています!』


「さてさて、この国はどういう判断をするのかな? 殺害? それとも捕獲? 出来れば爆弾でドーン、と殺害してくれればいいんだけどねぇ」


成功例1号が港を越え、住宅街へと進む。


『街の人の避難は済んでいるのでしょうか?』

『──そうですね、つい5分ほど前に防災無線で避難命令が発令されましたが、時間が経っていないのでまだ人が残っているかもしれません!』


「えぇ、もう避難命令出てるの〜? 避難なんてせずに、魔素を浴びちゃえばいいのに。神様からのプレゼントを受け取らないなんて、酷い人たちだなぁ」


コーラをゴクゴクと飲み干し、コップを机に置いた。


『あー! 今! 巨大生物がガードレールを吹き飛ばし、住宅街へと侵入を始めました! 今までこんな事があったでしょうか!? あそこに、遠くに避難中の住民が見られます!』

『恐ろしいですね……』


ニュース番組は中継を続ける。


「これだけ大々的に報道されるとー……やっぱりね! ネットは情報が広がるスピードが段違いだ」


男の手にあるスマホには、SNSで成功例1号についての投稿が大量にされている。


「フフっ、『ヤバい』とか『怖すぎ』くらいしか言えないとか、まだカラスの方が鳴き声にバリエーションあるよ? ま、適合前の人間なんてこんなもんか! アハハハっ!」


人を馬鹿にするように笑う。


「でも大丈夫だよ。君たちも、魔素に適合さえ出来ればすぐに次のステージに進めるからね! 待っててね! アハハ!」


狂ったように笑う。


「……ん? 『政府による非人道的人体実験の末に生まれた怪物』? あー、いわゆる陰謀論者の投稿かー。あながち間違ってないけど、こういう人達が言ってることが当たってるのはなんかヤだなぁ。……っと、そろそろ次の段階の準備に移らないとね〜」


スマホを持ったまま立ち上がり歩き出す。地図アプリを開く。


えぇーっと、調整した魔素入り海水を流す場所は〜……ああ、ここだココ!


海渡浄水場! ここの上水に特別ブレンド海水を流してあげよう!

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