第14話 新装開店

 お昼の時間の少し前、新生カーステン商店はオープンした。


 ティルミオは、冒険者ライセンスの取得の為にギルドに出向いている為、今はティティルナが一人で店番をしている。


「お客さん、来るかなぁ……」

「大丈夫にゃ!ここのパンは美味しいからきっと来るにゃ!」


 一人といっても、傍にはミッケが居るので寂しくは無かった。ティティルナは、愛猫と話をしながら不安と期待を胸にお客さんを待った。


 すると、その時は直ぐにやって来たのだった。


 カランコロン


 ドアに取り付けたベルが鳴って来客を告げたのだ。


「いらっしゃいませっ!!」


 ティティルナは、勢いよく立ち上がると、大きな声で出迎えた。


 記念すべきお客様第一号は、以前からここのパンをご贔屓にしてくれていた常連客のご婦人であった。


「こんにちは。もうお店はやらないかと思っていたけども、貴方たちだけで続けるのね。」

「はい、そうなんです。これからもよろしくお願いします!!」

「にゃあ!!」


 お客様第一号に深々と頭を下げるティティルナに合わせて、ミッケもにゃあと鳴いた。

 人語は喋らないようにしているので婦人本人には伝わってないが、この子達をよろしくお願いしますと言っていたのだ。


「えぇ、また買わせてもらうわね。ここのパンは美味しかったから、また食べられて嬉しいわ。とりあえずそうね、今日は4つ貰うわね。」

「お買い上げ有り難う御様います!ご一緒にバターはいかがですか?パンに塗ると美味しいですよ!」

「あら、安いわね。そうね、それじゃあバターも少し貰おうかしら。」

「有り難うございます!!」


 パンと一緒にバターを売るという戦略はどうやら正解だったようだ。ついでにお薦めしやすいのだ。

 ティティルナはこの抱き合わせ商法の成功を確信して、婦人に見えない所で小さくガッツポーズしたのだった。


「有難うございます。今後とも是非ご贔屓にして下さい!」


 ティティルナは満面の笑みでそう言いながら、ご婦人に商品を受け渡した。


 新装開店の出だしは、とても順調だった。


 前と変わらず、常連のご婦人がパンを買ってくれて、一言、二言、何気ない世間話をして、お客さんとの交流をするのも、前と同じだった。


 けれどもそんな常連客との会話の中で、ティティルナはちょっとだけ悲しい気持ちになってしまったのだった。


「それにしても、ティナちゃん。御両親のことは本当に大変だったわね。貴女たちの事心配してたのよ。でも、元気そうな姿を見られて良かったわ。兄妹二人で頑張ってね。これからも買わせて貰うから。」

「はい……」


 ご婦人からの暖かい言葉にティティルナはちょっと困って、曖昧に微笑んだ。


 正直に言うと、両親の事はまだ立ち直れては居ないのだ。


 昨日からの怒涛の展開で、悲しむ暇が無いから何とかなっているというのが本当の所なので、もしも暇になってしまったら、ティティルナはまた大泣きする自信があった。


 けれども、ここで泣いたら微妙な空気になってお客様に気を使わせてしまうと思い、ティティルナはぐっと堪えて、模範的な答えをご婦人に返したのだった。


「お兄ちゃんと、それからミッケが居ますから。二人と一匹で、力を合わせて頑張っていきます。」


 ティルミオとミッケが一緒だから、ティティルナは頑張れた。それは本当だった。だから彼らの事を思うと、少しだけ曇っていた顔に、自然とまた笑顔が戻ってきたのだった。


「えぇ、えぇ。頑張ってお店を続けて頂戴ね。この子にまた会えるのも嬉しいもの。元気だったかしら?」

「にゃーーん」

「あらあら、相変わらず可愛いわねぇ。」

「ふみゃぁ」


 ミッケは甘えるような声を出して、ご婦人に擦り寄った。このご婦人の絶妙な撫で加減は、ミッケのお気に入りだったのだ。


 レジ横に陣取って、お気に入りのクッションの上に大人しく座っているミッケに、買い物客が可愛い、可愛いと構っていく光景。これは、両親が健在の時によく見たお店の風景だった。


(あぁ……前と同じ、いつものお店の光景だなぁ……)


 ティティルナは、ミッケと笑顔で戯れるご婦人の様子に、両親が生きていた頃の店の様子の幻影が重なって見えた気がして、少しだけ涙ぐんだ。


 再オープン前は、お客さんが戻って来てくれるか不安で、今だってまだお客さんが一人来ただけだけれども、それでも、たった一人お客さんが来てくれただけで、この店が生き返ったんだなと十分実感できたのだ。


 それは、ティティルナのやる気に火を付けるには十分な成果であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る