第15話 ティティルナの失敗

 結果から言うと、新生カーステン商店の出だしはとても順調であった。


 お客さん第一号だった婦人を皮切りに、常連だったお客さんたちが一人、二人と店に様子を見に来てくれたお陰で、用意していた丸パンは、開店から僅か二時間足らずで残り一個となっていたのだ。


「ね、ミッケ。これは追加でパン作った方が良いよね?」


 お客さんが丁度途切れた時に、ティティルナはミッケにこっそり話しかけた。彼女は、波が来ている今、売れるだけパンを売りたいと思ったのだ。


「商機ではあるけど…でも、ティニャの魔力はまだまだ少にゃいにゃ。今日の所はこれ以上は止めておいた方がいいにゃ……」

「私は大丈夫だよ!ほらっ、こんなに元気だし。それに使わなきゃ魔力って増えないんでしょう?」


 扱える魔力量は、経験によって増やせるものだと、昨日ミッケに聞いていた。だからこそティティルナは昨日より多い量の錬金をして、自分の魔力を伸ばしたいと言う思いもあったのだ。


 今朝は既に昨日と同じ量の錬金を済ませているが、今のところ体調に異変は無いし、これなら追加で錬金術を使っても、きっと大丈夫だろうと、ティティルナは目一杯、自分がすこぶる快調である事をアピールして見せた。


 しかしミッケはそれでも彼女が再度錬金術を使う事を渋ったのだった。


「けど、ティオに言われてるにゃ。ティニャが無理しないように見張れって……」

「もう、お兄ちゃん心配性なんだから。」

「我だって心配だにゃ。」


 ミッケは、耳と尻尾を下げながら全身でティティルナの事を心配している様を表していた。


 するとティティルナは、そんな様子のミッケを優しく見つめると、そっと抱き抱えた。ミッケの気持ちを嬉しく思って、彼女はミッケに頬擦りをしながら、優しい声で告げたのだった。


「心配してくれて有難うミッケ。……でも、きっと大丈夫だから。」


 彼女はそう言うと、ミッケを抱き抱えたまま、錬金術でパンを作る為にスタスタと店舗の奥の部屋に戻ってしまったのだ。


 ティティルナは、意外と頑固で一度決めたらそう簡単には折れなかった。


「ティニャ!!我の話を聞けにゃーーーっ!!!」


 ミッケがそう叫んでも、お構いなしにティティルナは裏に戻って準備を始めた。水・小麦粉・卵・塩・砂糖・酵母菌・粉ミルク・バター……


 兄から教わった分量をキッチリ測ってボールに一纏めに入れていく。丁度丸パン二十個分の分量だ。


「……その量のパンを作るのか?ちょっと多すぎにゃいか??」


 もはやティティルナを止めるのは無理だと諦めたミッケであったが、それでも側で彼女の事を心配し続けていた。

 がしかし、何を言ってもティティルナは根拠のない「大丈夫!」の一点張りだった。


「大丈夫、これだけお客さんが来てくれているんだもの、直ぐに売れちゃうよ。」

「そうじゃにゃくて!錬金術で作成する質量が多いとその分魔力も多く使うにゃ!ティニャが倒れちゃわにゃいか?!半分に出来にゃいのか??」

「うーん、でもきっと大丈夫だよ。それに、お兄ちゃんが居ないから、細かい量の変更出来ないし。」


 明るく前向きなのは彼女の良い所ではあるが、



生産錬金マニュファルケム


 もう既にすっかり見慣れた光景になっていた。ティティルナが呪文を唱えると、ポールの中が光って次の瞬間にはボール一杯の丸パンが錬成されているのだ。


 しかし、ボール一個分の錬成が終わると、ティティルナはその場にしゃがみ込んでしまったのだった。


「ティニャ?!」

「え……えへへ……」


 ミッケの心配した通りに、彼女は昨日と同じ、魔力切れを起こしてしまったのだ。ティティルナは申し訳なさそうに笑ってみせるも、その顔色は物凄く悪かった。


「あっ……どうしよう。ちょっと動けない。」

「だから言ったにゃー!無理するにゃって言ったにゃーーっ!!」


 するとカランッという店の扉が開く音が聞こえた。どなたかお客が来店したらしい。

 しかし、来客を知らせる鐘の音がなっても、ティティルナはその場から動けないでいた。


「ミッケ、ごめん。ちょっと様子見てきて。私も……直ぐに行くから……」

「分かったにゃ、任せるにゃ!ティニャは無理するんじゃにゃいにゃ!」


 そう言ってミッケはティティルナをその場に残して、店の方へと急いで戻った。


 果たして本当にお客さんが来ていたとして、猫一匹では接客も出来ないけれども、でもティティルナが表に戻ってくる迄の時間稼ぎ位にはなるだろうと、ミッケはしなかやに店舗へと舞い戻った。


 案の定、店にはお客さんが来店していて、冒険者風の身なりの、少年とも青年とも言えそうな年齢の黒髪の若者が棚に陳列してあった最後のパンをじっと見つめていたのだった。

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