第13話 開店準備

「……で、俺が何を言いたいか、分かるよな……?」


「ミッケ猫だから難しい事は分かんにゃい。」


 役人のオデールが帰った後、ティルミオは直ぐに逃げ出そうとするミッケを捕まえて、鬼の様な形相でその前に仁王立ちで立ちはだかっていた。


「お前は猫じゃないだろう?!ってか分かってて言ってるだろう?!あんだけ念を押したのに役人さんの前で喋りやがって……お陰で俺が変な誤解を受けたぞ?!」

「あれだけ念を押されたら、振りだって思うにゃ。ニンゲン社会の常識だって聞いたにゃ。」

「そんな常識は無いからっ!!」


 そんな事を言われても、ミッケは納得がいかなかった。


 だっていつもお店にやって来ていた二人組の客が、「オレの振りを見逃すなんてあり得ない!!あれだけやるなと連呼してたらそれはもう、やれって事だろ!!常識だろう!」と、片方がもう片方に怒っていたので、それ通りにしてやったのになんでティルミオにこんなに怒られるのか納得がいかなかったのだ。


 だからミッケはムッとして、不機嫌に尻尾を逆立てると、しつこくガミガミ言うティルミオの手を爪を立てて引っ掻いたのだった。


「に゛ゃぁあああっ!!ティオはうるさいにゃ!!」

「痛っ!!あっ!こら!爪はズルいぞ!爪はっ!!」

「大体、猫がニンゲンの言う事聞き分けられる訳にゃいにゃ!!」

「お前猫であって中身猫じゃ無いだろう?!話通じてるじゃないかっ!!」

「猫は気ままに生きるものにゃ。指図は受けにゃいにゃ。」


 そう言い残すと、ミッケはトンッタタタッと、あっという間にティルミオの手が届かない棚の上に逃げたのだった。


「あっ、こらっ!降りてこい!まだ話は終わってないぞ!」

「……」


 しかしミッケは、棚の上で丸くなると無視を決め込んだ。


 そんな風にティルミオが、ミッケに向かって降りてこいと騒いでいると、すると今度はティティルナが、彼の背後から怖い顔で兄に声をかけたのだった。


「ねぇ、お兄ちゃん!ミッケと遊んでないで、ちゃんと開店準備してよね!」

「お前、これが遊んでるように見えるのか?!」

「少なくとも、掃除してるようには見えないわ。」

「ぐっ……」


 ティルミオは妹の正論に全く反論出来なかった。確かに今まで自分は、ミッケと喧嘩していただけで、箒を持ったまま、何もしていなかったのだ。


「ほらっお兄ちゃん、早く床を掃いてよね。そしてそれが終わったら、店の表も掃いて来てよね。」

「……分かった。」

「あと、窓ふきは私がやるからお兄ちゃんは商品の陳列をしてね。」

「……あぁ。」


 完全に妹であるティティルナが主体になっていたが、ティルミオは先程ミッケの相手をしていて碌に手を動かしていなかった手前、素直に彼女の言う事に従った。


 すると、甲斐甲斐しく掃除をしている彼の頭上から、再びミッケがティルミオを揶揄う様に話しかけたのだった。


「全く、ティオはダメだにゃぁ。ティニャの方がしっかりしてるにゃ。」

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

「自業自得にゃ。」

「……お前、後で絶対に覚えてろよ……」

「我、猫だから覚えてられにゃい。」

「だからお前、猫じゃ無いだろう!!」


 ついミッケの言葉が聞き捨てならなくて、ティルミオは再び手を止めて、ミッケと口論を始めてしまった。


 こうなるともう、先程の再現だった。


 ミッケと熱い言い争いを続けているティルミオの後ろに、鬼の様な形相のティティルナが立ったのだった。


「お兄ちゃん!ミッケ!!いい加減にしなさーい!!!」


 ティティルナの大きな声が、部屋中に響き渡った。いや、店の外にまで聞こえていたかも知れない。


 普段優しくニコニコとしているティティルナでもそんな大きな声を出す位に、流石にキレたのだ。


「お兄ちゃん、私床を掃いておいてって言ったよね?何でまだ出来てないの?!私その間に棚を全部拭いたんだけど、お兄ちゃんは一体何をしていたの??」

「ご、ごめん。悪かったよ。直ぐに終わらせるから。」


「それからミッケ!お兄ちゃんで遊ばないで!掃除の邪魔をするなら暫く外に出ていって!!」

「わ……悪かったにゃ。邪魔をしにゃいにゃ。」


 ティルミオとミッケは、ティティルナの剣幕に驚いて、慌てて彼女に従う事にしたのであった。二人と一匹の中のヒエラルキーが垣間見えた瞬間でもあった。


 こうしてティルミオとティティルナは、店の中を綺麗に磨き上げて、準備は万端に整った。


 しんと静まり返った店内。


 棚に商品は殆ど並んでいない。


 以前は焼き立てのパンで一杯だったその棚には、錬金術で作った丸パンがトレイ二個分だけ陳列していて、その横にバターと、それから試しに作ってみた紙の束が置かれた。


 それは、焼き立てのパンが棚いっぱいに並んでいた以前の光景と比べるとなんとも心許ないが、けれどもこれが、二人に今できる精一杯だった。


 果たして以前のようにお客さんが来てくれるか、お店から客足が離れてしまわないか。


 不安で胸が一杯ではあったが、そんな弱気な気持ちを吹き飛ばすべく、ティルミオが威勢の良い声を上げて、皆の気持ちを鼓舞したのだった。


「よし、それじゃあ、パン屋改めよろず屋の、新生カーステン商店開店だ!」

「おーっ!」「にゃーっ!」


 ティティルナもミッケも、一緒になって元気よく声を上げた。


 こうして、よろず屋カーステン商店は、無事に開店を迎えたのだった。

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