第12話 なんとか誤魔化せました
不意に聞こえてきた第三者の声を不思議がって周囲を見回すオデールに、ティルミオもティティルナも肝を冷やした。
勿論、彼らには声の主が分かっている。飼い猫のミッケだ。しかし猫が喋るだなんてこの役人に知られる訳にはいかないので、ティティルナは咄嗟に側にいたミッケを抱き上げて口を押さえた。そしてティルミオは、自分でも思ってもみなかった事を口走って、強引に事態を誤魔化したのだった。
「きっ、きのせいだにゃ!!さっきのも俺だにゃ!」
そう、彼は声を高くして、語尾ににゃを付けて話し出したのだ。
「えっ……にゃ……?えっ……急にどうされました??」
「語尾ににゃをつけると可愛いにゃ!ティナが猫好きだからにゃ!!」
「そ……そうなのですか……?でもさっきまで普通に話してましたよね……?」
「役人さんと話すから、さっきは取り繕ってたにゃ!こっちが普段どおりにゃ!こう言う話し方だと、ティナが笑ってくれるからにゃ!」
明らかに無茶苦茶な事を言っているティルミオにオデールは戸惑って怪しんでいるが、ここは強引に押し通すしか無かった。
とりあえず話を合わせる為にティティルナも全力で首を縦に振って、腕の中でこれ以上ミッケが余計な事を言わないように抑え込みながら、うんうんと肯定した。
こんな馬鹿な言い訳、自分たちでも通るはず無いと思っていたが、それでも、何もしないでミッケが喋る猫である事がバレてしまうよりかはと、兄妹は強引にこの誤魔化しを押し通そうとしたのだ。
すると、兄妹の予想に反して、意外にもオデールは素直にティルミオの言い分を理解してくれたのだった。
「なるほど……、貴方はご両親を亡くして寂しがってる妹を楽しませる為に、そのような恥ずかしい言葉遣いをしてるのですね!」
「そ、そうにゃ!」
正直、ティルミオは心の中で、(何言ってるんだこの役人は)と思ったが、こちらの都合の良いように勝手に解釈してくれたのだ。
ここは全力で乗っかった。
「素晴らしい!!何て素敵なんでしょう!」
「そ……そりゃ、どうも……」
オデールは妹を思う兄の優しさを勝手に汲み取って、勝手に感動していたのだ。
そんな彼の感動っぷりに、当の本人ティルミオも若干引いてしまっていたが、ともかく、なんとか無事に猫が喋ったことが誤魔化せたようなので、兄妹はホッと胸を撫で下ろした。
そして、この事態を引き起こした元凶はというと、ティティルナの腕の中で身震いをして口元に当てられていた彼女の手を引き剥がすと、とても楽しそうにニャーと鳴いたのだった。
「あ、あの、サーヴォルトさん。それで借金を返す為に、私たち売れる物は何でも売ってお金を作りたいんです。なので、お店の形態をパン屋からよろず屋に変更したいんですが……」
これ以上兄に喋らせない方が良いと察して、ティティルナが兄に代わってオデールに本日のもう一つの目的である売り物の変更について切り出した。
これが認められなかったら、錬金術で作れる利益率が高い紙を売るという計画がいきなり頓挫してしまうのだ。
だからティティルナはミッケを抱いたままハラハラしながらオデールの反応を待った。
「業務形態変更ですか。まぁ、店舗は元から有りますし、きちんと書類を出して手続きして頂ければこちらとしては問題ないですよ。ですが、商業組合にも確認を取った方が良いのでは?勝手に業態変えたりしたら、組合が怒りませんかね?」
「怒りはしない……とは思うけど、でも確かにそうですね。そちらにも相談してみます。ですが、きっと問題ないので手続きをお願いします。今日からでもお店を開けたいので、この場で書類を書きますから、直ぐに手続きして下さい。」
ティティルナたちカーステン家が所属している商業ギルドの長は、良く知る人物であった。両親と仲が良かったので、ギルド長の息子と娘とは小さい頃から良く一緒に遊んでいて家族ぐるみの付き合いがあったのだ。
だから、組合への説明はきっと簡単に片付けられるとティティルナは踏んで、兎に角今は直ぐにでもよろず屋として開店したくて、オデールに半端強引に必要な書類を出して貰うと、その場で変更の手続きを済ませたのだった。
「……本来なら、この後承認のサインを上役に貰わないと手続きが完了しないのですが……」
「そこをにゃんとかっ!!」
ここで再びティティルナの腕の中のミッケが思わず声を上げてしまったが、その声の主はティルミオだと信じきってるオデールは、ミッケの声をもはや全く気にして無かった。
それどころかオデールは、ミッケの発言に対して少し考える様な素振りを見せると、不意にティティルナたちに背を向けて、大きな声で独り言を言ったのだった。
「……私が、ついうっかり承認のサインが必要だと言う事を伝え忘れてしまって、書類を提出した段階で手続きが完了したと思い込んでいたら、仕方がないですよね。今日からよろず屋を開始しても。」
それは言わば、暗に目を瞑ると言っているようなものだった。役人という立場でありながら、オデール個人としては、やはりこの健気な兄妹に手を貸してやりたかったのだ。
「!!有難うございます!!!」
背を向けたままのオデールに、ティルミオとティティルナは深く頭を下げてお礼を言った。
こうして、ティルミオとティティルナの兄妹は、役人オデールを丸め込んで、よろず屋として新しいスタートを無事に迎えたのだった。
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