第53話 地雷系少女から逃げ切れ②
「小さい時から、ほんと呆れるくらい癖っ毛だねー」
水吹きで髪を濡らしながら、さくらさんは快活に笑う。
「悪かったですね」
「まぁ、遺伝よねー。お父さんそっくりだもん」
そういう設定だと分かりつつも、そう言われるとむかつくのが不思議だ。
〇エディプスコンプレックスとかいうあれか?
母親を取り合うでもなし、馬鹿馬鹿しい。
春一が打ったメッセージを無視し、さくらさんとの会話に集中する。
「さて、どんな感じにする?」
「前と同じでいいですよ」
「刈り上げ? 美容室に来てその注文はナンセンスでしょ。床屋じゃあるまいし」
そんなに否定されることなのか……?
「ツーブロックにしようか」
「結局刈り上げじゃないですか」
「全然違う!」
はて。
そんなに違うのか。お洒落に疎くて申し訳ない。
「ツーブロックは、短い部分と長い部分にメリハリをつける髪型のこと」
「へぇ」
「分かった? じゃ、バリカンいれるよ。2ミリね」
「2ミリって、どんな感じになるんですか?」
「地肌が見えるくらいだよ」
「え……」
それ、ちょっと嫌なんですけど。
注文をつけようとするも、バリカンは既にこめかみに生えていた髪を刈り上げていた。
「動かないでね」
「……」
鏡に映る自分を見つめる。
なすすべなしとはこのことだろうか。
ただ、バリカンを終え、ハサミが入るとやはり美容室に来たって感じがする。
ジョキジョキとこぎ見よい音を聞くと、自然と眠くなってきた。
あー、気持ちいい。
目を閉じハサミの感触を味わっていたところで、問題が起きた。
「おかーさん。ここにタオル置いとくよ」
――え?
目を開け、鏡に視線を移す。
すると、そこにはいつの間にか竜胆がいたのだ。
〇バグか?
春一がすぐさま反応するも、身動きがとれない状況のため、「何も起こらないよう」祈ることしかできない。
「ありがと。昼食べてきていいよ」
「うん。じゃあ、そうしようかな。あ、でも――」
竜胆は平坦な声でそう語るも、明らかに不自然な動きをとっている。
鏡にわざと映るよう、先ほどからずっとチラチラと見切れているのだ。
しかも、鏡に映る彼女はニタニタと頻りに口角を上げていた。
「どうしたの? 竜胆?」
「――春一がせっかくいるみたいだし、一緒にご飯食べようかなって♡」
「お、なんだ、なんだ春くん。ウチの娘といつの間にそんな関係に?」
「いやー……ははは」
「お? もしかして、教えないつもりかー?」
無理に話を合わせるも、本当は今すぐ逃げ出したくて仕方なかった。
ていうか、ゲームの趣旨としては、竜胆でなくさくらさんを攻略しなきゃいけないのに!
まじで何考えてんだ? こいつ?
「早く終わらないかなー」
「あと、20分くらいはかかるよー」
「そっか」
「私も美容師になろうかなー。ね、お母さん?」
そう言いつつ、徐に鋏に手をつける竜胆。
鋏を持つな! 怖いだろ!
「んー。その辺はあんたに任せるよ」
「じゃあ、いっぺん真剣に考えてみようかなー♡」
竜胆はまた鋏で空を切りながら、ジッと僕を見つめる。
……ホラーすぎんだろ。
真意は読めないが、竜胆はその後、髪を切り終えるまでずっと、僕のことを観察していたのだった――
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