第49話 5度目のクリスマス・イヴ⑪

 もっと早く気づけたんじゃないか――刺された脇腹を必死になって抑え続ける。


「ちくしょう……いてぇ――」


 降り積もった雪が、真っ赤に染まり、イチゴシロップのかき氷みたいになっていた。


 デジャブ、というやつだろうか。


 街灯からの白銀の光に照らされつつ、僕は天津さんを睨む。


「必要なこと……なんでしょう、ね?」


 刺された痛みのせいか、息がし辛い。だが、僕は痛みを押してでも、強引に言葉を紡ぎ出した。


「必要でないと、選択肢は現れませんよ」


 天津さんは笑顔で言う。これが必要でない選択肢なら、刺された僕からしたら、たまったもんじゃない。


「くそが……よう」


 初回に見た「夢」と同じ展開に、思わず悪言が口から出てしまう。


 ただ、今回の場合、前回とは異なる部分もあった。


「どうすりゃいいんだよ――春一」


 意識が遠のき、視界が暗転しゆく中、僕は「春一」に語りかけた。


 すると、彼から返答がなされる。メッセージボードには、手短に……。


◯天津叶を攻略しろ。


 とだけ、記されていた。


 攻略って言っても――


 どうすりゃいいってんだよ?


 怒りを通り越して、呆れが優る。


 釈迦に垂らされた蜘蛛の糸が途切れるように、僕の意識はそこで完全に途絶えた。


――――――――――――――――

※BAD ENDです。


※セーブポイントへ戻ります。


※ロード中です。


※ロード中です。


※ロード中です。

――――――――――――――――


「……が、はっ!」


 気絶後、「何か」を思い出したかのように飛び起きる。すると、想像だにしていなかった痛みが僕を襲った。


「いってぇ!」


 痛みの元は脇腹だった。腹を擦ると、風穴が空いているのを見つけた。


「なん、でっ!」


 なんでここから「リスタート」するんだよっ!


 興奮したせいで、失血の速度がやや早くなる。


「お目覚めですか? 春一さん?」

「くっそ……! まじか!」


 雪降る公園は、既に白銀の世界と化している。顎を上げ、地面を睨むと、そこには血溜まりが。


「なんでこっからなんだよ!」

「それは私に言われても困ります。なんとかクリアしてもらわないと」


 困っているのか、それとも楽しんでいるのか。天津さんの表情からは、そのどちらとも受け取れた。


 やべぇ、どうすりゃいいんだ?


 ハメ技喰らってるようなもんだろ、こんなもん!


 雪の積もる地面を叩きつける。力いっぱい殴ったせいか、拳が痛み、また体温が奪われた。


 妙にリアルなところが、やっぱりムカつく。


「クリアするって言ってもよ……。こんな状態じゃ無理だろ?」

「そうですか。なら、どうします? このままずっと、?」


 ナイフを持っている天津さんは、さも当然のように僕にそう言った。


「死に続けるって……」

「私を攻略しないと、そうなりますよ?」


 ナイフを顔の横に掲げながら、アルカイック・スマイルを浮かべる天津さん。


 攻略を助けてくれる様子は毛頭なく、ただただ「待っている」状態だ。


 やべぇ。


 失血のせいか、またもや目が霞む。


 こうなりゃ、一か八か――


「天津さん」

「なんです?」

「愛してます」


 やけくそで、愛の告白をしてみるも、彼女は渋い顔をした。


「やけくそで言われても、流石に……」

「ですよねー」


 当たり前ながら、告白は失敗してしまった。


 やっぱり、男って余裕だと思うんだよな。


 余裕がない奴が告白とかしても、一切響かないんすわ。


◯同意するが、問題はそこじゃないだろ。


「なんだよ。さっきは、見捨てるようなこと言ったくせに」


 僕の体たらくを見かねたのか、春一が割って入る。


◯見捨ててねーよ。俺にも攻略方法が分かんねーだけだ。


「デバッカーなのに?」


◯そうだ。今回の場合、イレギュラーなことが起こりすぎてるんだよ。


「あぁ、なるほどね」


 納得というか、なんというか。


 竜胆から始まった「バグ」が、ゲームの攻略にまで影響を与えていることは明白だ。


 とはいえ、このまま死に続けるわけにも行くまい。


 逡巡していると、春一がメッセージを打つ。それは、意表を突くアドバイスであった。


◯経験でしか語れないが、バグってのはが原因だ。そうなると、バグへの適応は二つしか無い。


「なんだよ、バグへの適応って?」


◯諦めるか。もしくは、最後までもがきつつけるかだよ。


 アドバイスでもなんでもない言葉に、思考が止まる。


 ただ、それが良かったのかもしれない。僕は囚われていた固定観念から、脱却することに成功した。


 そうだよな。対峙する必要はないんだよな。


「ぐ……っ!」


 脇腹を押さえながら、なんとか立ち上がる。


「春一さん? 立ち上がれるんですか?」

「そりゃまぁ。あくまでですから」


 僕は大事なことを失念していた。ここは【エンドレス⇄スノウ】というゲーム内だということを。


 なら、損だよな。


 立ち上がったついでに、僕は公園の外を目指して歩き始める。


「どこへ行くんです?」


 明後日の方向へ歩き出す僕に不安になったのだろう。天津さんがそう問いかけた。


 痛みを押し、歩む先はもちろんただ一つ――


「いや、一旦、帰ろうかなって」

「帰るって?」

「そんなの決まってるじゃないですか」


 ポタポタと血が垂れて、まるでヘンゼルとグレーテルみたいに、道標ができる。


 それを追う天津さんを無視し、僕は宣言した。


へ帰るんですよ」


 端的な答えに反応したのだろうか。


 二度目の救いの糸が、僕の前に垂れ落ちた。


――――――――――――――――

※公園を出ますか?

▶はい

 いいえ


 こんなもん、答えは一つだ。ここで「いいえ」なんか選ぶやつがどこにいるってんだ。


※はい、を選択しました。


※オートセーブします。

――――――――――――――――


「あ」

「それは流石に、許せませんよ?」


 公園を出ようとしたところ、僕はまたもや天津さんに刺された。


 ざっくりと、しかも深々と。痛みなんてもう閾値を通り越していた。


「いやもう、無理ゲーでしょ……」


 攻略に対して匙を投げる。ただし、彼女の言葉は辛辣なものであった。


「攻略放棄は許されません。やり直しです」


 雪降る世界を閉じることは、まだ許されないようだった――

 




 







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