第47話 5度目のクリスマス・イヴ⑨

 雪降る夕。


 随分と暗がりになった公園を、天津さんと歩く。


「雪って、いいですよね」


 次第に積もりゆく雪を踏みながら、彼女はポツリと呟いた。


 何がいいのか。


 しんしんと降る雪の中。僕は彼女の言に賛否を送らず、彼女の後をただただついていった。


 ともあれ、データというには、リアル過ぎる。


 発達しすぎた科学は魔法と区別がつかない。とは誰の言葉だったか。


 うーむ……。


 すっかり思い出せないまま歩いていると、ふと天津さんが立ち止まった。


「何か飲みませんか?」


 真っ赤な自販機の前で、彼女が提案した。


「あ、じゃあ……」

「もちろん、おごってくれますよね?」

「えっ。まぁ、これくらいなら」


 意外とちゃっかりしてるよなぁ。


 コインケースから五百円玉を取り出し、自販機に投入する。


「何でもどうぞ」

「ごちそうさまです」


 えいっ。


 天津さんが茶目っ気たっぷりに選んだのは、おしるこだった。


 なぜに?


「飲み物じゃないんですか?」

「おしることカレーは飲み物ですよ~」


 どこのレスラーだよ……。


「カレーは間違いなく、食べ物でしょう」

「では、スープは?」

「飲み物……といえなくもない」

「では、スープカレーは?」

「食べ物でしょう」

「カレー味のスープは?」

「飲み物かもしれない」

「哲学的ですねぇ」

「いや、物理学かもしれません」


 そこで、会話を遮るように、ちゃりんと音が鳴る。どうやら、駄弁っていたせいで、お釣りが返却されてしまったようだ。


 さて、まぁ僕は無難にコーヒーでも――


 と、選ぼうとしたところでやっぱりやめた。


 ここは、おしるこって選択もなくはないか。


 天津さんに釣られておしるこを選ぶと、彼女がクスクス笑う。


「結局、春一さんもおしるこなんだ」

「えぇ。案外悪くないような気がして」


 ガコンッ。


「って! あっつ!」

「そりゃ、『あったか~い』ですからねー」


 危うく火傷しそうになりつつ、受け取り口から熱々のおしるこ缶を取り出す。


「ふー、ふーっ」


 舌が火傷しないよう冷ましながら、おしるこに口をつけると、その異様なに度肝抜かれた。


「あ、甘ェ……」

「そりゃおしるこですからねー」


 粒餡が喉に、なんとも言えない感覚を覚えた。


 あー、どうしたもんかね。


 餡子の喉越しの悪さと、歯切れの悪さに苛立った。


 言った方がいいのか……。


 と、そこでタイミングよくが現れる。


――――――――――――――――――――

※天津叶に……。

▶言う

 言わない


 ここは大事な選択肢なような気がする。


※はい、を選択しました。


※オートセーブします

――――――――――――――――――――


 うん。やっぱり言おう。


 僕はそこで、ずっと気になっていたことを彼女に告げた。


「天津さん、一つ良いですか?」

「なんですか?」


 とぼけたように、彼女が僕の目を見つめる。


 よし、言おう。思い切って、僕は言葉を吐いた。


「天津さんが……僕を最初に人なんですよね?」


 すると、光源の調節ネジを一気に下げたみたいに、辺り一帯の「ルクス」が急に下がった。


 夕闇から夜闇へ。


 と、同じ光景が目の前に広がっている。


 しんしんと振る雪を肩に受け流すと、彼女は屈託のない笑みを浮かべた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る