第41話 5度目のクリスマス・イヴ③

 誰かが何かを奪っていく時のような、そんな胸騒ぎが、僕の心を支配した。


 例えるなら、夕刻間際のぬるい風を浴びたときのような――どうしようもないやるせなさに、思考が溶かされていく。


〇まぁ、俄には信じられねぇよな。


 答えたくない。


 いや、信じたくないと言うべきか。


 どうしてよいか分からず、沈黙を守っていると、お節介なことに、天津さんが僕に返答を促した。


「春一さん? 大丈夫ですかー?」

「大丈夫っていうか……何て言うか」


 ゲームがプレイされてからというもの、僕の心の中はすっかりグチャグチャになっていた。


「春一さん?」

「一つ、聞いていいですか?」

「はい、なんなりとー」

「ゲームがクリアされたら、はどうなるんですか?」


 データである僕は、消えるのか、残るのか。


 重大な質問に対し、天津さんはいとも簡単に答えた。


「はい。その場合は、あなたのデータは無くなります」

「ッ!」


 彼女は、それがどうしたのだと言わんばかりの表情で、僕に言った。


 僕が、春一ぼくじゃなくなる世界――


 そのことを知らせても尚、春一かれは、僕にゲームをクリアするよう迫った。


〇悪いが、ゲームをクリアしてもらう。じゃないと、俺が困るからな。


「何で……」


 頭の中に無理矢理詰め込まれる、メッセージボードを睨み付ける。


〇気持ちは分かるが、時間がないんだ。


「何で僕が!」


 ゲームをクリアしなくちゃなんないんだよっ!


 心の中の言葉を、春一は神のようにすくい取る。


〇それが俺を救うことになり、未来を守ることに繋がるからだ。


 納得がいかない。


「嫌だ」


 僕は春一の言葉を否定すると、彼は辛辣に言う。


〇はぁ……。なら、仕方ない。


「なんだよ――」


 何しようってんだよ……!


 抗議しようとしたところ、春一は強攻策に打って出た。


〇お前が悪いんだからな。


――――――――――――――――――――

※プレイヤー設定中です。


※プレイヤーの権限を委譲しました。


「は?」


※√天津叶をプレイします。


「おい、なんだよ、やめろよ!」


※オートセーブしました。


――――――――――――――――――――


 視界は暗転しない。


 しかし、明らかに変化したことがあった。


『天津ルートは、分岐が二つだったな?』

「えぇ、そうです」


 《僕》が、勝手に喋り始めたのだ。


『とっとと、終わらせちまおう』

「よろしくお願いします」


 天津さんがそう話すと、チャプタースキップしたみたいに、分岐だけが現れる。


※どこにいきますか?

 ショッピングモール

▶自宅


※何をしますか?

 テレビを観る

▶読書


※BADENDです。


 やめろ。


※プレイを再開しますか?

▶はい

 いいえ


 やめてくれ。


※どこにいきますか?

 ショッピングモール

▶自宅


※何をしますか?

▶テレビを観る

 読書する


 そんな雑に……。


※キスしますか?

 はい

▶いいえ


 プレイすんじゃ――


※BADENDです。


※プレイを再開します。


 ――ねぇよ……。


 届かぬ言葉を懸命に投げかける。


 しかし、その言葉が届くことはなかった。


――――――――――――――――――――

※キスしますか?

▶はい

 いいえ


※【TRUE END】


 あ……。


※【√天津叶】をクリアしました。


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


※オートセーブします。


 ガキみたいに遠慮なんてすることなく、ただただ「好きな人」を盗られた絶望をもって、慟哭する。


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!



 なんでだよっ! 


 なんでなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 僕は初めて、心の中から生を渇望した。


 その望みが届いたのかどうかは分からない。


 ただ、が僕を見放さなかったのは確かだろう。


※セーブが正常にされませんでした。


※セーブが正常にされませんでした。


※セーブが正常にされませんでした。


※【√天津叶】をプレイします――

――――――――――――――――――――

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