第40話 5度目のクリスマス・イヴ②

 正午丁度。


 ジャミングにも飽きてきて、いよいよすることも無くなった矢先のことだった。


 ドンッ、ドンドンドンドンドンッ!


 玄関扉が、猿みたいに何度も叩かれる音がした。


「おいおい……」


 誰がやって来るから分かっている。


 だからこそ、扉の先の人物に僕はドン引きした。


 ドンドンドンドンドンッ!


「いや、叩きすぎでしょ……天津さん」


 扉を開けつつ声をかけると、予想通り、玄関前には天津叶さんが屹立していた。


「あ、すみません。インターホン壊れてるみたいでしたから……。つい」

「……壊れてはいますけどね。流石に、一回で分かりますよ」

「左様でしたか。すみません」

「ま、いいです」


 どうぞ。


 中へと迎え入れ、煎餅座布団に彼女を座らせる。


「なんか飲みますか?」

「じゃあ、お茶をくださいな」


 急須に沸かしていた湯を注ぐ。緑茶しかないが、十分だろう。


 湯吞みを差し出すと、天津さんは「ありがとう」とだけ述べた。


 ズズズ……。


 互いに茶を飲みつつ、様子をうかがう。


 さて、どうしたもんか。


 そう警戒していたところ、彼女が徐に話を切り出した。


「今日、私が来た理由を伝えたいんですけどね」

「そうしてもらえると助かります」


 金色の髪を梳きながら、天津さんは重要な事柄を話し始めた。


「今日、ここに来たのは、ためなんです」


 前回話していた話だ。


 しかし、その内容に中身が伴っていないことが気がかりだった。


「攻略って言われても……話が見えませんね」

「そうですよね。でも、話は単純なんです。私を攻略すると、春一さんがこの世界から出られる確率が上がるんですよ」

「確率が上がる?」


 なんで?


 このゲームをクリアしたら、出られるんじゃないの?


 湯吞みの茶を飲みながら、首を傾げていると、天津さんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「確証をあげられず、すみません。でもね、あなたがこのゲームから出られない理由は判明してるんです」

「その理由って?」

よ」


 彼女が口にしたのは、あの狂気的な女のことだった。


 結城竜胆。


 正直、今、彼女の名前を聞いただけでも手が震える。


「春一さん。あなたには本当に申し訳ないことをしました。けれど、こちらで確認したところ、竜胆についてはこのゲームのプレイ前、あなたもしていることが分かったんです」

「おいおいおいおい! ちょっと待ってくれ!」


 テーブルから身を乗り出し、天津さんに迫る。


 あんなサイコ女のことを了承するなんて有り得ない――


 そう言おうとしたところで、彼女はこのゲームについての話をした。


「気持は分かります。ただ、この【エンドレス⇄スノウ】というゲームは、まだなんですよ」

「はぁ?」


 話が一気にこんがらがる。


 【エンドレス⇄スノウ】が発売前だってんなら、なんで僕がプレイできてるんだよ?


 疑問に思っていると、天津さんが聞いてもないのに、僕の問いに答えた。


「【エンドレス⇄スノウ】は発売されてはいませんが、はしてるんです」

「いや、よく分かんないですよ。発売されてないけど、完成? 何が言いたいんです?」

「春一さんは、デバッグ作業という段階を知っていますか?」

「デバッグ作業?」

「あ、いや、すみません。さんは知らないかも知れません。ただ、このゲームをプレイしているなら、分かりますよね?」


 天津さんにそう尋ねられると、突如、選択肢が現れた。


――――――――――――――――

※デバッグ作業を知っていますか?


▶はい

 いいえ


※はい、を選択しました。


※【ゲームマスター】から【メッセージボード】の解放が行われました。


※以後、メッセージボードを使用することができます。


※自動セーブ中です。

――――――――――――――――


――デバッグ作業というのは、ソフトウェアのソースコードにエラーやミスがないかを見つける仕事のことだ。場合によっては、そのエラーやミスを修正する。フルダイブ型シミュレーションゲームを作る業界では、とくに【ブレインロック現象】を防ぐために、テストプレイを行うことも指す。


「……なんだ、今の?」


 突然、「アイデア」が振って湧いたように、デバッグ作業についての知識を


 呆然としていると、天津さんが僕のスマホを手に取った。


「ちょっと!」

「すみません。ただ、重要な作業ですのでお許しを」


 天津さんはそう言うと、僕のスマホを凄まじい速度で弄り始めた。


 あまりの手つきに、固唾を呑む。


 しばらく見守っていると、彼女が「ふぅ」と溜め息を吐いた。


「お待たせしました。これで、大丈夫です」

「大丈夫?」


 こちらに差し出されたスマホを受け取る。


 そして、訝りつつディスプレイを確認すると、そこには【メッセージボード】と書かれた、見覚えのないインスタントメッセンジャーが開かれていた。


「……メッセージ、ボード?」


 見慣れぬアプリに困惑していると、メッセージボードに「誰か」からのメッセージが入った。



〇ようやくコンタクトがとれたぜ。とはいえ、説明するのが難しいな……。ま、いいか。簡潔に言うぞ。俺はデバッグ作業をしていた、「プレイヤー本人」だ。いや、それじゃ分かりづらいか。と言った方がいいのかね。



「本体? 本人?」


 頭が混乱していると、天津さんが僕に言った。


「あなたはとしての、如月春一なんです。プレイしているのは、別の人間なんですよ」

「え?」




〇俺が、現実世界のだ。本名でプレイしてたのは、ちゃんとコードが作動するか確認するため。何度も死んで悪かったな。ただ、緊急事態なんだ。互いに力を合わせて、クリアを目指そう。



 血の気がひく感覚に陥る。


 しかし、それを否定する者は誰もいなかった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る