√天津叶

第39話 5度目のクリスマス・イヴ

 目を開け、直ぐに視界に飛び込んできた、LED電球が目に留まり、少しだけホッとしたのは何故だろうか。


――あぁ、またこの部屋に帰ってきたんだな。


 温々の毛布を払い、起き上がる。


 六畳一間のワンルーム。


 家賃4万円の格安物件のくせに、実家並みに落ち着くのは何故だろうか。


「8時……か」


 きっかり8時に目覚めるのも、これで何度目のことだろう。


――芸の無いシナリオだよな、ほんと。


 風呂に入る前に、テレビをつけると、また例の「モーニング・ビュー」のアナウンサーたちが、妙な掛け合いをしていた。


『今日はクリスマス・イブですね、上屋敷さん! 何かこの後、ご予定とかはあるんですか?』

『クリスマス・イブですね、鳥家さん! し、かし! 私のクリスマスイブの予定は、今のところありませんっ! 絶賛募集中です!』

『上屋敷さんとクリスマス・イブを過ごされたい方は、番組まで!』


 通算、のクリスマス・イヴ――それにしても、一度目から一言一句同じというのも、ここまでくれば職人芸だろう。


「上屋敷って名前、珍しいよな」


 今更、そんなことに気づくも、誰も聞いちゃいない。


 シャワーを浴びに風呂場へ行くと、鏡に映った自身の顔のやつれ具合が気になった。


「バイトし過ぎなのかね。ひでーツラだな」


 髭が生えてるのもあるんだろうけどさ。


 それにしても、大学生にしちゃ老けてる気がする。


 先に、髭剃っとくかね……。


 シェービングクリームを掌に溜め、頬へと刷り込む。


 サンタクロースみたいに真っ白な顔になってから、四枚刃の剃刀で、ショリショリと髭を刈り取っていく。


 上から下。


 下から上へと縦横無尽に剃刀を滑らせてから、温かい湯で顔を洗う。


――ま、ちょっとはマシになったかね。


 原人みたいな顔から、ブラック企業の社員程度には見違えた顔を見て、シャワーを浴びる。


 あいにく、江戸っ子でもなんでもないため、湯は43度と決めている。


 ただ、その日は何故か45度に設定されていたようで、思わず「アチッ!」と叫んでしまった。


――これも何度目なんだろうな……。


 変わらぬ朝がやってくる不毛さに、嫌気がさす。


 しかし、の行動に差異があるだけ、今回はマシだろう。


「12時まで、家で待機……か」


 風呂から出ると、朝ごはんの準備にとりかかった。


 朝は食べないことも多いが、一応ご飯派だ。


 保温された炊飯器を空けると、一応、茶碗一杯分の白米が残されていた。


「味噌汁くらい作るかね」


 一口コンロに水を入れた鍋を置き、火を焼べる。


 ぼつぼつと沸騰し始めるのを見計らい、粉末の煮干し出汁を投入――その後、カットワカメを一つまみだけ入れる。


 ワカメが若干ふやけたら、おたまひと掬い分の味噌を入れる。しばらくかき混ぜると、惰性で作った味噌汁の完成だ。


「あー、染みるわ」


 味噌汁と白ご飯を交互に口に含みつつ、テレビのチャンネルを変え続ける。


 朝だからか、ニュース番組しかやってないが、そこで「あるニュース」が目に飛び込んだ。


『今朝明け方、雪山寺公園内で包丁を持った不審者がいると、110番通報がありました。通報した女性によると、包丁を持っていたのは身長160センチ前後の女性。服装は、桃色の服を着ていたとのこと――』


「雪山寺公園? それってこの近くじゃねーか?」


 ローカル放送局のニュース番組を見て、驚愕する。


 あ、なるほどな。


 、と。


 ゲームを始めてから、初めて見る情報に感動すら覚えた。


 こういうのを伏線って言うんだろうな。


 その後、テレビのザッピングをし続けるも、目新しい情報は入ってこないまま、刻々と時間は過ぎていくのだった――

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