第37話 √水杷楓⑩

 水杷楓は、とても繊細な子なんだと思う。


 それは泣き崩れる彼女への憐憫ではないし、ましてや同情からの評価でもなかった。


 どこにでもいる、普通の女の子。


 それが水杷の本質で、それが故に、彼女は父母からの期待と重圧に負けたんだろう。


「わたしは……っ。私はっ!」


 涙をボロボロ流しながら、嗚咽する水杷。


 しかし、ここで僕が彼女にかけてあげられる言葉はない。


 本棚に仕舞われることのない参考書、結果の出ない模試、ことのない高校時代の思い出――


 そのすべてを推し量れるほど、僕は彼女と同一の人間ではなかったからだ。


 だが、これがシナリオ通りのゲームだからこそ、のだろう。


 彼女に対する選択から――


――――――――――――――――――

※水杷に声をかけますか?


 はい

▶いいえ


※その選択はできません。


――そうだよな。


※水杷に声をかけますか?


 はい

▶いいえ


※その選択はできません。


――分かってるよ。


※水杷に声をかけますか?


 はい

▶いいえ


※その選択はできません。


――いい加減やめにしないか。


※水杷に声をかけますか?


 はい

▶いいえ


※その選択はできません。


――覚悟を決めろよ……如月春一!!!


※水杷に声をかけますか?


▶はい

 いいえ


――これでいい。この選択だけは――


※はい、を選択しました。


――僕のものなんだろ?


※自動セーブします。

――――――――――――――――――


「水杷。辛かったよな」


 泣きじゃくる彼女に対し、僕は寄り添う。


「はる……いち、くん?」

「一番辛い時に何もしてやれなくてごめんな。でも、これからはさ、いつでも何でも頼ってくれよ」


 水杷を諭すように。


 そして、ように。


 しっかりと言葉をする。


「一度の失敗くらいで、全部がだめになったりしないよ。人間ってのはさ、それこそ宙に浮かぶ星くらい、たくさんいるんだ。失敗したらそりゃ落ち込むし、辛いし、泣きたいし、嫌んなりよな。でもさ、それが人間なんだよ。短い期間だけ見つめてちゃダメだよ。長い時間で考えるとさ、悲劇だって喜劇に見えてくるんだぜ」


 、欲しかった言葉を、僕は水杷に向けて語りかける。


「『あ~、もうダメだ!』 ってなった時はさ、いつでも連絡してこいよ。いつ何時も、僕は水杷の味方なんだからさ。だって――」


 水杷が僕を見つめる。


、なんだろ?」


 水杷がコクリと頷く。


 そして、彼女は涙を拭い、僕に言った。


「なんだよ、気取っちゃってさ~。でも、分かったよ。頼りにしてるよ? 春一部長!」


 気分が晴れやかになるのは何でなんだろうな。


 僕は多分、この時、笑えてたんだろう。


 口角をあげれたような気がする。


 きっとじゃない。これは、確信だ。


 その確信を得てすぐ、僕の視界はブラックアウトした――


――――――――――――――――――

※【√水杷楓】をクリアしました。


※自動セーブします。


※ロード中です。


※ロード中です。


※ロード中です。


※セーブポイントが見つかりました。


※【√天津叶】をプレイします。

――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る