第36話 √水杷楓⑨

「ようやくよ」

「え――?」


 回想が終わると、僕は「別室」に


 つくづく、ゲームの世界ってのはご都合主義的だ。


 時空を歪ませるような事態であっても、それが「ゲーム」だからという理由だけで、話を済ませてしまえるのだから。 


「春一くん。私たちは運命の糸で結ばれてるんだよ」

「いや、水杷……。どう見ても、僕しかないようなんだけど」


 結束バンドで両手足が縛られた状況に、僕は困惑した。


 あぁ、なんで毎回こんなことになるんだ……。


 地面に頬をつけながら、この世界がクソゲーであることを呪う。


「もう逃がさないようにだよ。フォボス星人に攫われたらコトだからね」

「……そのフォボス星人ってのは、なんなんだ? 本当に実在するのか?」

「あ、そっか。春一には分からないよね。説明するとね、フォボス星人ってのはね、この銀河文明を統べる巨悪なんだよ。10年前の大災害も、水害も火山噴火も全部、フォボス星人の陰謀によるものなんだよ。大事件の裏側には必ずフォボス星人がいてね、私たち人間文明を滅ぼそうとするんだ。だから、フォボス星人は退治されなきゃいけない存在なんだよ。分かるでしょ?」


――まったく分かんないんですけど……。


 いかれた電波発言に、心がゾワゾワする。


 戦慄ってのは、こういう時に起こるんだな。一生、知りたくない感情だったわ。


「そのフォボス星人ってのを、水杷は見たことあるのか? 本当はいないんじゃないのか?」


 目を覚ませよ。


 そう言ってのける気持ちで語りかけるも、水杷からの返事は残酷なものだった。


「いるよ。ほら、春一くんの隣にも」

「え?」


 顎を浮かし、反対方向を見やる。


 すると――


「ウッ……!」


 ――そこには、深い眠りについた、女性がいた。


「大丈夫、死んでないよ。から眠らせたの。なんだよ」


 水杷の言葉で、僕は彼女のな行動すべてを理解した。


「あ……? お前、まさか……実の両親に手をかけようとしたのか?」

「まさか。に手をかけるわけないでしょ?」

「じゃあ、なんでこんなところに……」

「違うよ」

「何が違うんだ?」


 話が食い違う。


 しかし、その理由は至極簡単なものだった。


 水杷は言う。


「こいつらは、フォボス星人だから。私のお母さんやお父さんじゃない」


 真剣な表情で、あまりにも間違ったことを吐く水杷。


 ただ、彼女が殺めようとしているのは、間違いないようだ。


「水杷、僕をどうする気だ?」

「……どうって?」

って聞いてんだよ」

「なんで? 殺したりしないよ? だって、春一くんはフォボス星人じゃないし。それに、春一くんは私の旦那さんだもん♡」


 水杷が僕に近付く。そして、彼女は僕を力いっぱい抱きしめた。


「愛してるよ♡」


 空虚な言葉に目眩がしそうだった。


――じゃあ、お前、これは……。


 眠りについた、水杷の母親の姿をもう一度見やる。


 水杷の母親なんだろうか。彼女の胸元には、「月」のペンダントがかけられていた。


 この人ももしかしたら、宇宙が好きだったのかな。


 大切に育ててきたんだろう。


 彼女は、を持っていた。


 そんなことを考えていると、心の奥底からフツフツと「怒り」がこみ上げてきた。


 許せない。


 それは、場当たり的な彼女の「行動」すべてに対してだった。


 ギリッと、歯を食いしばる。


 すると、そこで選択肢が現れた。


――――――――――――――――――

※水杷を――


 愛している

▶愛していない


――そんなもの、決まっている。


※愛していない、を選択しました。


※自動セーブしました。

――――――――――――――――――


「僕は、お前を

「えっ――?」


 結束バンドに繋がれたまま、僕は水杷に宣言した。


「お前は間違ってる。フォボス星人なんていない」


 理路整然と、彼女の論理を破壊していく。


「人間なんだ。僕もお前も――それから、お前のお父さんもお母さんもっ!」

「ち、違うよっ? フォボス星人はいるよ?」

「いない。そんなものはいない!」


 怒りがこみ上げる。


 幻想で塗り固めた彼女の妄想を覚まそうと、僕は語り続けた。


「この銀河に文明だとか、宇宙人だとか、織姫だとか、彦星だとか! そんなものは一つたりともないんだよっ!」


 大好きな星々を汚された分、僕はありったけの感情を込めて、彼女を怒鳴りつける。


「い、いるよ! フォボス星人も、銀河文明も、火星人も――」

「いねぇって……言ってんだろぉがっ!」


 結束バンドを怒りにまかせ引き千切る。


――おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!


 腕力なんて関係ない。


 で大結構!


 ここがシナリオ通りに進むゲームであるなら、僕はやらなきゃいけないことがある!


「水杷ッ! お前ッ!」


――目ェ、覚ませッ!


 彼女の胸ぐらを力いっぱい掴む。


 そして、僕はありったけの思いを込めて言ってやった。


 みんなッ! 嫌なことも、うんざりすることも、投げやりになることも、死にたくなることもあるけれどっ! それでもみんな這いつくばって、懸命に、命の灯火燃やしながら、歯ァ食いしばって生きてんだッ! だから、お前も!」


――


 僕は、彼女の母親が握りしめていたの結果を手にとって、彼女に突き付ける。


 そして、彼女のこれまでのな行動を指摘した。


――学習机の参考書、本屋で未だに読んでるといった、首都にある、実家暮らし。

 

「お前、してんだろ? だったら、いつまでもしてんじゃねぇよ!」

「うっ……。あっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 僕の言葉に、彼女は泣き崩れた――

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