第35話 √水杷楓⑧

「――ハッ……。ハァ、ハァ、ハァ……」


 ループが起き、扉の前で意識を取り戻す。


――ダメだ。これを開けちゃダメだったんだ。


――――――――――――――――――――

※扉を開ける?

 はい

▶いいえ


※いいえ、を選択しました。


※自動セーブします。

――――――――――――――――――――


 トイレの前で呼吸を整える。


 い、一旦戻ろう。


 どこに「地雷」があるか分からないからな。


 僕は、深呼吸を一つしてから、急いで水杷の部屋へと戻った。


 できるだけ平静を装わないと。


 彼女の帰りを待つと、扉が開いた


「お茶でよかったよね?」

「お、おう。何でも飲むぞー」

「何それ~。あはは」


 水杷が持つ盆の上には、二つのマグカップが置かれていた。


 青と赤のマグカップ――


 彼女は、青の方を僕に手渡した。


「はい。緑茶だから、ちょっとかも」

「あ、ありがと」


 喉を潤すために、マグカップを受け取り、すぐに口を付ける。


――たしかに、ちょっと苦いかも。


 温かい緑茶をズルズル飲んでいると、水杷がいくつか話をし始めた。


「部室でも、よくお茶飲んでたね~」

「そうだっけ?」

「そうだよ~。茶道部から茶器借りてきて、抹茶点てたりしたじゃ~ん」

「あー! 思い出した、思い出した! そんな横暴もしたなー!」


 高校時代の思い出話に花が咲く。


 といっても、あくまでこれは「ゲーム上」の設定。


 リアリティはあるが、それを知っていると、なんとも不毛に思えてくる。


 談笑していると、水杷が不意に「ふぅー」と息を吐いた。


 なんだ?


 何か決意めいた表情の水杷を見て、思わず身構えてしまう。


「あ、ごめん、ごめん。ちょっとした過去の話というかさ……。春一くんは、合宿の時のこと覚えてる?」

「合宿の時のこと?」

「ほら、三年生の夏休み前に、天体観測へ行った時のこと。私たち受験だから、ちょっと早めようって、後輩とか先生が気を利かしてくれた、あの合宿」


 そんな思い出……。ないのだが。


 記憶からすっぽり抜け落ちているのか、あるいは「仕様」なのか、思い出せない。


 ただ、「合宿」に行ったというのは事実だろう。


 それは、彼女の部屋に飾られている、一葉の写真からも明らかだった。


「あれだよな?」

「そうそう! 天の川、綺麗だったよね」


 バツが悪くなり、話を逸らす。


 写真には、天の川と僕、水杷が映っていた。


 彼女の顔は満面の笑みで、僕の顔はシャッターチャンスを逃したのか、水杷の方を向いていた。


 手とか繋いでらぁ……。青春だねぇ。


「この時さ……。何話したか覚えてる?」

「え? あ――」


――――――――――――――――――――

※水杷の話を――


▶覚えてない


――は?


――選択肢が一つしかないんだが……。


――どういうことだ?


※覚えてない、を選択しました。


※自動セーブします。

――――――――――――――――――――


「お、覚えてない……」

「え? 本当? よく思い出してみてよ。あの時のことだよ? ほら?」


 水杷に急かされると、またもや選択肢が現れた。


――――――――――――――――――――

※記憶を辿る?


▶はい


※はい、を選択しました。


※自動セーブします。

――――――――――――――――――――


 選択肢は、今度も一つしかなかった。


 記憶を辿る。


 すると、天の川を前にして、水杷が語った言葉をふと思い出す。



『春一くん――』

『なんだよ?』

『ごめん、急に。でも、ちゃんと伝えておきたいことがあって。私ね――』

『写真撮るぞー!』

『あ、水杷。写真撮るってさ』

『あ、うん』

『もっと寄れー。彦星と織姫みたいにー!』

『先生、それじゃ離れ離れじゃん!』

『あ、わりぃ! そっか!』

『春一くん、ごめん。さっきの話なんだけどさ』

『ん? なんだ? 水杷?』

『私、《《前世で君の妻だったんだよ》』

『は?』

『織姫と彦星って意味さ』

『あ? おぉ?』


 後背には、天の川銀河が煌めいている。


 シャッターの降りる間際、水杷が僕の手を繋いだ。


――


 僕は慌てて、彼女を見つめた。


◆ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る