第32話 √水杷楓⑤

 担々麺をすすろうとすると、水杷に「ちょっとちょうだい」とせがまれた。


 まぁ、このために「担々麺」を選ぶことが「正解」になってたんだろうと、テーブルにあったとりわけ皿でそれをよそう。


「こんなもんでどうだ?」

「お〜。上出来、上出来! お礼に、私の麻婆豆腐ちょっと食べる?」

「そうだな。ちょっと分けてくれ」

「おっけ〜」


 結局、彼女が頼んだのは麻婆豆腐だった。


 しかも、この麻婆豆腐、辛さの調節ができるのだが、水杷は迷いなく「激辛」を選んでいた。


――あんまり、辛いのは得意じゃないんだが……。


「いただきます――


 恐る恐る口にすると、予想通り、独特な花椒の辛味に悶絶してしまう。


「かっら! み、水! 水っ!」

「あはは〜。大げさだなぁ〜。ん〜、おいし〜」


 水杷は、激辛麻婆豆腐をパクパク食べる。


 いやはや、ゲームとはいえ、精巧に作り過ぎだ――


 40分後、なんとか飯を食べ終えた。


 辛味を誤魔化すために水を飲みすぎた。腹がぎゅるぎゅるなってやがらぁ……。


「ごちそうさま。さ、次いこっか」

「おー」


 水杷は麻婆豆腐をペロリと平らげた。あれだけの辛さのものを平気で食べるとは、味覚がバグってるとしか思えない。


 店を出て、今度は服屋へ。


 結局、服屋かよと思ったが、水杷のそもそもの目的は「春服」を買いにきたのだと思い出し、二つ返事で了承した。


「女性用の服屋って、どこ行っても多いよなー」

「そりゃそうだよ。女の子はおしゃれするもんなんだから」


 ジャコモ内にあるアパレルだけでも、10店舗はくだらない。


 どれも似たような雰囲気だが、水杷が入ったのは、「ルート・ルート」という名のアパレルショップだった。


 店では、うぐいすみたいな甲高い声で、女性店員が「いらっしゃいませ」とひっきりなしに声を上げている。


「服って、いつもここで買ってるのか?」


 カラフルな服を着せられたマネキンを眺めつつ何気なしにそう問いかけると、彼女は首を振った。


「ううん。初めて入ったよ〜」

「その割には、手慣れてるな」

「服屋なんて、大体同じようなものだからね〜。春一くんも、知らない本屋で本買ったりするでしょ?」

「ふぅん。そんな感覚なのか」


 服の系統からして、ここにある店は清楚というか、純朴というか。


 水杷が今着ているものとは、趣向が異なり過ぎている。


 パステルカラーのワンピースの値札を確認していると、今度は水杷が僕に問いかけた。


「そんなことよりさ、これとこれ、どっちが似合うかな?」


 彼女が手に持っていたのは、黄と緑、2種類の服だった。


 どちらも型紙は同じようだ。


 さてさて、セオリー通りに「選択肢」がやってきたわけだが、どっちを選ぶべきかね……。


――――――――――――――――――――

※どちらの服を選びますか?

▶黄色

 緑色


――ま、春らしいといえば、黄色か。


※黄色を選択しました。


※自動セーブします

――――――――――――――――――――


「黄色がいいんじゃないか?」

「そうだよね〜。の色だもんね!」


 彼女の言葉を聞き、妙に納得してしまった。


 なるほどね。いろいろなところに「伏線」があるとは。


――奥が深い。


「試着してこようかな〜」

「じゃあ、外で待ってるよ」

「だめだよ〜。すぐ見てほしいから、前までついてきて〜」

「……了解」


 服屋の、しかも女性服専門店の試着室前で待つことにためらいはあるが、あくまでこれはゲームだ。


 彼女が着替え終えるのを大人しく待とう。


 水杷が試着室に入ってから数分後、カーテンが開けられると、そこには「可憐」な姿の水杷がいた。


 地雷系ファッション以外だと、こうも違うのか――僕の前にいたのは、「高校」の頃の水杷だった。


「どう……かな?」

「お、おー……」


 どこぞの国のお姫様みたいだ――とまぁ、そこまでは言わなかったものの、照れくさくなって「かわいいよ」とだけ声をかける。


「あはは! ありがと〜。じゃあ、これ買おうかな」

「出そうか?」

「ううん。悪いし、いいよ〜。それに自分で買えるしね〜」

「そっか」


 ルートが違えば、見え方も変わってくるもんだ。


 常識的な対応をする水杷を見て、僕はそう思った。


 その後、デザートを食べたり、食品店売り場で食料を買ったりして、有意義な時間を過ごした。


「あ、もうこんな時間だ」


 水杷がスマホを見て、驚く。外に出ると、日もくれており、珍しいことに雪が降り積もっていた。


「さむっ。てか、もう5時か。早いな〜」

「楽しい時間はあっという間だよね〜。もうちょっと居たいけど、晩ごはんの時間もあるし、今日はこの辺にしよっか〜。楽しかったよ〜! 春一くん!」

「お、おー……」


 やけにあっさり終わるな。


 そう疑問に思いつつも、僕たちはジャコモで別れた。


 帰るか……。


 帰途につこうとしたところ、視界が暗転した。


――は……?

――――――――――――――――――――

※ルート【水杷楓:「いつもの休日」】をクリアしました。


――え?


※自動セーブします。


――


※ロード中です。


※ロード中です。


※正常にロードされました。


※セーブポイントに戻ります。

――――――――――――――――――――

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