第23話 4度目のクリスマス・イヴ⑧

 竜胆からの暴力は止むことが無く、延々と続いた。 


「何度言えば分かるんだ、ゴラァ!」

「ガハッ……ウぇッ……」

「てめぇみてぇな鈍臭い奴、私しか面倒見てくれねぇんだからよ。分かってるよな。屑?」

「わ、わん……」

「てめぇは、私のなんだっけ?」

「……ぼ、僕は――」

「さっさと言えよ、このうすのろがよォッ!」


 腹を蹴られる。


 その内、痛みに耐えられなくなって、彼女に屈服するようになっていった。


――痛いのは嫌だ、痛いのは嫌だ


「ぼ、僕はご主人様のですっ!」

「うん♡ よく言えたね、春一♡ じゃあ、トイレの躾の続きをしようね♡」

「わ、わん……」

「文句あんのか?」


 肯定以外の時は、首を横に振り続けるのがルールだ。


「よしっ。なら、そこにシートがあるから小便してみろ」

「……ワンッ」


 指定されたのは、檻の中に入れられたペット用トイレシートだった。


「ほら、早くしろよ。ご主人様の時間奪うなよ」

「……ワンッ」


 生理的に、人に見られていると出づらくなるものだ。


 しかし、竜胆――いや、ご主人様はそれが気にくわなかったらしい。


 彼女は僕の髪を力いっぱい引っ張ると、「ほら、飲めよ」と餌皿を口元に近付けた。


「……わ、ワンッ」


 下剤入りの水。


 初めてのトイレでは、大便が出て、屈辱的な思いをした。


――ペチョ、ペチョ、ペチョ……。


 チロチロ水を舐めると、不意に尿意が襲う。


 トイレシートへ戻ると、そのまま僕は失禁した。


「わ、ワンッ!」

「よしよし♡ 春一♡ よくできたねぇ♡ ご褒美に餌をあげるね♡」


 ご主人様の抱擁は、僕というの存在を否定する。


 温かな人肌……。それは、だんだんと僕の心を蝕んでいった。


「餌」


 ご主人様が新しい餌皿を運ぶ。


 中には、汚物のような色をした、ドロドロに溶かされた「何か」が入っていた。


「……わ、ん」

「いらないの?」


 何時間も続いた拷問で、とっくに体力は削られていた。


 空腹だったのだ。


 だから、気付いた時には、「その何か」を食べていた。


「おいしい?♡ 春一?♡」


 ご主人様はしゃがみこみ、ニヤニヤと僕を眺める。


「……ワン」


 ゲロまずだった。


 一体、何を入れて、どう作ればこんな味に仕上がるのが。


 ご主人様に視線を向けると、僕に対し「私の排泄物入り」だから、おいしいに決まってるよね?


 と宣った。


「お、オげぇぇぇぇ」


 思わず吐いてしまうと、「パシンっ」と強烈なビンタが頬に飛ばされた。


「フードロスになんだろ? ちゃんと全部食べろよ。吐いた分も喰え、命令だ。ほら、早く喰え」


 髪を引っ張られ、僕は「吐瀉物」の上に、顔を押しつけられた。


 べちゃり。と、ドロドロのそれが、顔に付着する。


「わ……」


 僕は、ご主人様の目を見て、その瞳に光が映っていないことに気付いた。


 はや、く……しない、と。


――殺される。


 僕は、必死になって、舌を伸ばした。


 くちゃくちゃくちゃくちゃ――


 舌を懸命につかい、「餌」を必死になって咀嚼する。


「よくできたねぇ♡ 春一♡ 偉いねぇ♡」


 強烈なまでの飴と鞭だった。


 自我の維持は、とっくのとうに放棄していた。


 ご飯を食べた後、僕の愚息をご主人様は何度も何度もしごいた。


「あ……っ。あ……♡」

「気持ちいい? 春一?」

「わ、ワンッ♡」


 しごかれ、そして果てる。


 ペット用トイレシートの上に、白濁液が飛散する。


「春一はかわいいねぇ♡ じゃあ、リードと着けて散歩しようね♡」

「ワンッ!」

「かわいい、奴隷だね。春一♡」


 首輪にリード。


 両耳にはヘッドホンを装着する。


 ヘッドホンからは、呪いのような言葉が流れていた。


『春一は、私の奴隷。春一は、私の犬。春一は、人間の屑。春一は、本当にどうしようもない人間。春一はゴミ、カス、役立たず。春一を救えるのは、私だけ。だから、私だけのために生きろ。私に尽くさないといけない。尽くす、尽くせ、尽くせよ。春一は屑、消えろ、死ね。私のために生きなさい。春一は、私のために生きなさい。私のために生きなさい。春一は人格破綻者、恥を知れ。私のためだけに生きろ、私のためだけに生きろ、私のためだけに生きろ。私はかわいい。春一は、私が好き。春一、好き。春一、愛してる。だから、愛して? 私を愛して? 私を愛せるよね? 私を愛すよな? 私だけの春一。春一、好き。今の春一なんて消えろ。今の春一はいらない。春一、消えろ。死ね。私のために死ね、春一、死ね。春一は、私の道具。春一は、私の奴隷、春一は、私の下僕――――』


「あ……っ」


 ご主人様は何かを呟いた。そして、薄目で笑いながら、僕を「外」へと連れ出したのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る